102 ぬりかべ令嬢、現状を知る。
ハルとひとしきり抱きしめ合い、何とか落ち着いてきたところで正気に戻る。
積年の想いが溢れてきて、つい我を忘れてしまったけれど……。
恐る恐る、視線をハルからずらしてみると、私達をじっと見ているマリカと目が合った。
「マ、マリカ……!! あ、あのっ!! ご、ごめんっ……!!」
とんでもないところを、ずっとマリカに見られていたと気付いて慌ててハルから離れようとしたけれど、今度は私を離してくれず、逆にもっと抱きしめられた。
う、うわーっ!! う、嬉しいけどっ!! でも、でもマリカがっ!!
「私は気にしない。平気。むしろ眼福。良いぞもっとやれ」
マ、マリカあああああぁっ!! な、なんて事を言うのーっ!!
「……ずっと、ミアが我慢していたのを知っているから……。だから、もう我慢しないで。それにミアが幸せそうで私も嬉しい」
マリカはそう言うと、その言葉通り、嬉しそうに微笑んでくれた。
そんなマリカを見て、いつの間にこんなに大人っぽくなったんだろう……と思ったけれど、今回の事でマリカも色々と考えることが有ったのかもしれない。
「……ありがとう、マリカ」
マリカにお礼を言ったものの、このままでは埒が明かないので、ハルの背中をぺちぺち叩いて離れるようにお願いした。
「ハル、取り敢えず今は離してくれる? 私が眠っている間のお話を聞かせて欲しいの」
私がそう言うと、ハルはとてもとても名残惜しそうに、ゆっくりと身体を離してくれた。
「……まだ、全然足りないけど、今は我慢する」
初めて見る、ちょっと拗ねたようなハルの顔と言葉に、私の身体を衝撃が貫いた。
……っ!! くっ……!! 苦しいっ……!! ハルが可愛くて苦しいなんて……っ!!
取り敢えず落ち着こうと、深呼吸したり、赤くなった顔を手で扇いでみたりして、無理やり誤魔化す。
何とか落ち着いたところで、二人に何があったのか聞いてみた。
「ミアが眠っている間に、アードラー伯爵と仲間の貴族達、それと……ミアの義母の裁判が行われたんだ」
ハルの話を聞いて驚いた。アードラー伯爵達はともかく、お義母様が……?
「ど、どうしてお義母様が裁判を……?」
「それは──……」
ハルが言いにくそうに話してくれた事によると、お義母様は私への虐待やダニエラへの暴行、王家への虚偽の申告に、公文書偽造などをやっていたらしい。
「ダニエラは!? 暴行って大丈夫なの!?」
まさかダニエラにそんな事が起こっていたなんて……! 怪我は大丈夫だろうか……。
「ああ、階段上から突き飛ばされて、落ちた時に頭を強く打ったらしくてな。一時は意識不明になったらしいんだけど、ミアが使用人に渡していたポーションで無事に回復したらしい」
階段から落ちた……!? あの階段、かなり高さがあるのに!
「でも……そっか、無事だったんだ……回復して本当に良かった……!」
意識不明になるなんて余程の怪我だったんだろうな……。
まさかお試しで作った治療薬が役に立つなんて。世の中何が起こるかわからないものだなぁ。
「ちなみにアードラー伯爵は俺預かりで帝国行きに、仲間の貴族達は鉱山送りになった」
「お義母様は……?」
お義母様の罪状はどうなったのだろうと聞いてみたけれど、ハルもマリカも口ごもってしまった。
「ミア……ビッ……義母は、他にも大罪を犯しているんだ。でも、その内容は俺達からでは無く、ミアの家族から話を聞いて欲しい」
「私の、家族から……?」
ハルが言えないような、私の家族が関係している罪って事……?
一体お義母様は何をしたのだろう。
「……それはつまり、お父様から話を聞けって事?」
「ああ、そうだ。ウォード侯爵は今王都に滞在していてな、ミアが目覚めたら連絡する事になっているんだ」
「お父様が…………」
長い間、会うどころか会話すらした事が無いお父様と……?
ずっと俯いて無言のままの私に、ハルが優しく声をかけてくれる。
「……ミア、目が覚めたばかりなのにこんな話してゴメンな。ウォード侯爵に会いたくなければ無理に会う必要は無いよ。会う会わないはこれからゆっくり考えて、ミアの気持ちの整理が出来てから決めればいいんだ」
「……お父様…………」
私はお屋敷で過ごした時間を思い出す。
お母様が亡くなってからの八年間は、お義母様やグリンダに使用人のように扱われて、毎日クタクタになるまで働かされていたけれど、それは慣れていなかった頃の事で。
お屋敷の皆んなが効率が良い方法を教えてくれたり、影から助けてくれていたから、使用人の仕事もそのうち苦にならなくなっていた。むしろ貴族令嬢の生活より余程性に合っていた……と思う。うん。
だから、仕事に夢中でお父様の事も思い出さずに済んだのだ。
……いや、きっと私は思い出したくなかったんだ……。
──自分が、お父様に愛されていないという事を。
でも、お屋敷を出奔する前日の、エルマーさん達が言った言葉を思い出す。
『旦那様はいつもユーフェミア様の事を想っていらっしゃいましたよ』
エルマーさん達は嘘を言わない。きっと本当の事なのだろう、でも、どうしても信じられないのは、お父様から聞いた言葉ではないから。
私はあの時、一度お父様とお会いしなければ……そしてきちんと話し合おう──そう思ったのを思い出す。
きっと今この時が、お父様とお話する良い機会なのだろう。
「私、お父様と会うよ。お義母様や今までの事、たくさん聞きたい事があるから」
私がハルに向かってそう言うと、ハルは目を細めて、嬉しそうに「そうか」と言って微笑んだ。
ハルの微笑みを間近で、しかも直視してしまい、そのキラキラオーラに目が……! 目がー!! ……ハルの笑顔に慣れる気がしない……!
さっきまで微笑んでいたハルが、今度は神妙な顔になって言った。
「俺、ウォード侯爵と会って話をする機会があって、その時侯爵にお願いしたんだ」
私はハルの真剣な様子に、思わずベッドの上で姿勢を正した。
ハルがお父様にお願い? 何だろう……?
「ミアが眠っている間に勝手な事をして悪かったと思っている。でも、何時目覚めるか分からなかったし、ミアを手放したくなかったから、眠ったままで構わないからミアと結婚させて欲しいって」
「ええっ!? け、結婚!?」
そりゃ、私だってハルとずっと一緒にいたかったから、結婚できるならしたいけど……! でも、眠り続ける女と結婚なんて……!
「俺がそう言ったら、侯爵に『ミアが目覚めた時に突然結婚させられていたら驚くだろうから、今は結婚は許可できません。ミアが目覚めたら、二人で一緒に私のところへ来て下さい』って言われたんだ」
えっ……それって、まるで私が目覚める前提みたいな話だなあ。
「お父様は、私が目覚めるってわかっていたのかな……」
「どうだろう? でもこうしてミアは目覚めてくれたし、改めて今後の事について話はしないといけないとは思ってるんだ」
「うん、そうだね。私もそう思う。それに私からもハルと一緒にいたいって、お父様に伝えたいし」
お父様は私がハルの事を好きだって知らないよね? ならちゃんと気持ちを伝えなきゃ!
「良かった……! じゃあ、ウォード侯爵には俺から伝えておくよ」
「うん、よろしくお願いします」
ハルと二人でえへへと笑い合っていると、ずっと黙っていたマリカが口を開いた。
「……ミア。ハルの指輪を見せて」
「「あ!」」
ハルと同時に声が出た。
お互い再会が嬉しくて、指輪の事をすっかり忘れてしまっていたみたい。
──そうだ、ハルに指輪を返さなきゃいけないんだ……。
この七年間、ずっと肌身離さず持っていたから、いざ返すとなると、とても寂しく感じてしまう。
私は服の中から指輪を取り出すと、お母様のネックレスから外してマリカに差し出した。
そう言えば、どうしてマリカは指輪を見たいんだろう?
私が差し出した指輪を、マリカはじっと見ているけれど……魔力を視ているのかな?
「……っ! やっぱり…………」
マリカが驚いたように呟いた。え? 何々? どうしたの?
「俺の『皇環』、大事に持っていてくれたんだな……! 嬉しいよミア!」
……? ん? 皇環ってなあに? これ普通の指輪じゃないの……???
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
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