57 燻る闇1(エフィム視点)
魔導国の国立魔道研究院の研究員である僕は再びランベルト商会の店「コフレ・ア・ビジュー」へやって来た。
目的は勿論、国立魔道研究院院長に匹敵するほどの才能を持った天才少女──マリカを魔導国へ連れて行くためだ。
先日の面会で見たマリカの様子に手応えを感じた僕は、今日の面会でマリカにとどめを刺してやろうと意気込んでいた。
同伴していたイリネイ副院長も、あの様な反応のマリカを見たのは初めてだと言っていた。自分の魅力でもう後一押すれば、あの少女は陥落するだろう。
──ああ、楽しみだ。早くあの美しい少女を思う存分味わいたい……。
僕は逸る気持ちを抑え、マリカに面会を申し込む。
今日の面会にイリネイ副院長は用事の為同伴しておらず、僕は一人でやって来ていた。
いつもの部屋に通されしばらく待たされた後、ノックの音と同時に二人の人間が部屋に入って来たのだが……。
その二人を見て、僕は一瞬誰だか解らなかった。初対面の人間が来たのかと錯覚するぐらい、マリカともう一人の男は雰囲気が違っていたのだ。
もう一人のその男は、背丈や髪の色などからいつも同席している人物だろうと推測したものの、あの冴えないと思っていた男と結び付かない程──本当は全くの別人かもしれないと思う程綺麗な顔をしており、垢抜けていた。
そして肝心のマリカだが……僕は驚きすぎて挨拶するのも忘れて見惚れてしまった。
前回会った時は無機質で人形めいた美しさだったが、今の彼女は美しい人形に命を吹き込んだら、きっとこうなるのだろうと思う程生命力に溢れているように見えた。
固く閉じた蕾がゆっくりと咲き誇るような、生命の輝きを具現化したような美しさ……。
──一体この数日で彼女達にどの様な変化が起こったのか。
研究員である僕はその辺りも気になりつつ、ようやく口を開くことが出来た。
「……ああ、すみません。ついボンヤリしてしまって……。ええと、マリカさんと……その……」
僕は今になって、男の名前を知らなかったことに気付いた。
その様子を察した男は、ふっと表情を和らげると、まるで何も知らない子供に教える様に自己紹介した。
その態度に少しイラッとしてしまったが、表情に出ないように自分を諌める。
「名乗り忘れていたようで申し訳ありません。僕はディルクと申します」
「いえ、こちらこそ大変失礼を。ディルクさんは眼鏡を外されたのですね。一瞬誰か解りませんでしたよ」
「ああ、あれは伊達眼鏡ですよ。もう僕には必要が無いので外したんです」
ディルクが僕にニッコリと微笑んだ。
しかしその微笑みには得も言われぬ迫力があり、僕はたじろいたものの、何とか言葉を絞り出す。
「そうですか……。えっと、それでですね、その、マリカさんには是非我が国立魔道研究院で、その才能を発揮していただきたく、改めてお願いにお伺いしたのですが……」
何故だか僕は前回のように雄弁に話すことが出来なかった。自分でも訳がわからず、さっきまでの意気込みがまるで嘘のように弱気になってしまう。
「研究院の申し出はお断りする。私はここから離れるつもりは無い」
僕の耳に凛とした声が響いた。
一体誰が……と思ったが、ここには三人しか居なくて……と思ったところで気が付いた。
僕が声のした方向へ向くと、自分をじっと見つめる紅い瞳があった。
先程の言葉を発したのはマリカだと頭では理解していたものの、心が追いつかない僕は思わず確認せずには居られなかった。
「……マリカさん……? 本気なのですか……?」
マリカは僕の問い掛けに頷く事で答えた。
前回のように熱の篭ったような瞳ではなく、冷たい眼差しを向けられた僕は思わず声を荒げてしまう。
「な、何故貴女ほどの人がこんな所で……!? せっかくの才能を生かさずしてどうするのですか!? 僕と一緒に研究院へ来れば、地位も名誉だって手に入るんですよ!? 貴女は僕と一緒に来るべきだ!! 貴女はその男に騙されている!! それとも、弱みでも握られているんですか? だったら僕が貴女を救ってあげます!! だから僕を選んで下さい! 研究院に認められた僕こそが──!!」
──貴女に相応しい、と言いかけたものの、僕は最後まで言葉を発する事が出来なかった。
何故ならマリカの隣から凄まじい威圧を放たれ、金縛りのように身体が硬直してしまったからだ。
僕は、目に見えない何かに体中が圧迫されている恐怖に震え、身体中の汗が一気に吹き出した。
「……それ以上口を開かない方が良いですよ」
いつもの穏やかな口調と同じはずなのに、それは全く異質な響きだった。
「マリカ本人が行かないと明確に意思表示していますので、今後一切の面会はお断りさせていただきます。その旨、院長と副院長にお伝え下さい」
「……っ!」
ディルクの言葉から有無を言わせぬ圧倒的な力を感じた僕は、逃げるようにその場から立ち去った。
「何だあいつは──!?」
僕は大通りの人混みを避けるように足早に駆けていく。一刻も早くディルクから離れねば、と心が焦るのだ。
しばらく王都の道を走るように移動して、やっと今回の滞在に利用している宿を見つけると慌てて中に入る。
駆け込むように部屋に入ると、やっと一息つくことが出来た。
そして僕は少し落ち着いたことで自分の身体が汗まみれであることに気付く。
よほど自分は我を忘れてしまっていたのかと冷静になってみれば、今度は先程の事を思い出して激しい怒りが湧いてきた。
「くそっ!! たかが買取担当の分際でっ!! よくもこの僕に恥をかかせたなっ!!」
僕は着ていた灰色のローブを脱ぐと、そのまま床に叩きつけた。
「マリカもマリカだっ!! 僕が折角迎えに行ってやったというのに、断るなんてっ!!」
てっきり従順で大人しい性格だろうから自分の言いなりになると思っていたのに、とんだ計算違いだったと怒りと屈辱で五臓六腑が煮えくり返る。
しかしマリカにはっきり拒絶されたとはいえ、諦めるには余りにも惜しい逸材だ。どうにかして彼女を手に入れたい。
あの美しさを目の当たりにし、僕の劣情は更に燃え上がってしまったのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
エフィム鬱陶しいかもですが、しばしお付き合いの程を。
ディルクさんの眼鏡は一種の封印みたいなものなのかもしれませんね。
次のお話は
「58 燻る闇2(エフィム視点)」です。
マリカに拒絶されたエフィムは悔しさの余り燻製ベーコンを作る。
しかしスモーク臭で食欲を刺激された闇のモノが、燻製ベーコンをつけ狙う!
エフィムは無事、ベーコンを守れるのか!?
(嘘予告です。でも意外とタイトルに合ってるかも)
お話のストックが74話までしか無いので、ちょっと更新お休みさせていただきます。20話分はストックしておきたいので。
次回更新は7月上旬を予定しています。
再開しましたら、またご愛読いただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!
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