58 燻る闇2(エフィム視点)
何か良い方法はないかと僕が謀略を巡らしていると、部屋のドアが開きイリネイ副院長が入ってきた。どうやら用事から戻ってきたようだ。
「ああ、戻っていたかエフィム」
「イリネイ副院長! 聞いて下さい! あのマリカが──……?」
僕が先程店であった事を説明しかけたのだが、イリネイ副院長が手で制したのを見て僕の言葉は尻すぼみになる。
「わかってるよ。例の眼鏡の男が断ってきたのだろう?」
「そうなんです! マリカにも断るとはっきり断言されてしまって……! しかも、もう二度と面会はさせないと、ディルクという奴が院長と副院長に伝えろと言って来たのですよ!! ただの店員のくせに生意気ですよね!! 副院長から是非抗議をお願いします!!」
僕は未だ収まらない怒りをどうにかディルクにぶつけたくて、イリネイ副院長の持つ権力で何とか出来ないか言い募った。
イリネイ副院長は「やれやれ……お前でもダメだったか」と残念そうに呟いた。その様子と言葉に、僕は酷くプライドを傷つけられる。
──くそっ! ディルクめっ……!! 絶対に許さないっ!!
そんな僕にイリネイ副院長が声を掛けてきた。
「エフィム、今から出かけるぞ」
お互い、先程帰ってきたばかりだと言うのに、一体どこへ行こうというのか、僕は困惑した。
「あの、一体どちらに……?」
「黙って付いてくれば良い」
イリネイ副院長の言葉に逆らえる訳もなく、僕は黙って付いて行く事にする。
そして宿から出るとそのまま馬車を預けている場所へ来たので、イリネイ副院長は馬車で移動するつもりなのだろうと推測する。
僕たち二人は魔導国から馬車に乗ってやって来た。だから僕はその乗ってきた馬車で移動するものだとばかり思っていたが、何故かイリネイ副院長は全く別の馬車を用意するよう御者に伝えている。
そして用意された馬車を見て僕はギョッとする。
何故ならその馬車は装飾など一切無く真っ黒で、しかも窓も小さいため、まるで罪人を運ぶ様な──もしくは遺体を運ぶような、不吉な雰囲気の馬車だったからだ。
僕は一瞬戸惑ったものの、イリネイ副院長が馬車に乗り込んだ為、仕方なく後に続いて乗り込んだ。
馬車の中も真っ黒で落ち着かないものの、大人しく馬車に揺られていると、ようやくイリネイ副院長が口を開いた。
「今からとある人物に会いに行く。そこで見聞きした事は他言無用だ。わかったな?」
「……はい、誰にも話しません。しかし一つだけ教えて下さい。今から会う人物とはどの様な方なのですか?」
勿論僕はイリネイ副院長がその人物の名前を教えてくれるとは思っていない。余程の大物だろうと言う事が簡単に予想出来るからだ。そんな権力を持った人間の正体を暴こうなんて恐ろしい事をするつもりは全く無い。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか、イリネイ副院長は硬い声で言った。
「これから会う人物には、研究院からあるモノを注文していてね」
「注文……?」
「そう、魔導国に必要なモノだ。我々が王国に来た理由だよ」
イリネイ副院長の言葉に僕は驚いた。
「注文と言うのはまさか……!?」
「まるで生きているのかと錯覚しそうな程、良く出来た人形だよ。我々だけでは中々手に入らなくてね、とある人物なら仕入れられると聞いて注文したのだよ」
僕はイリネイ副院長の言葉の意味を理解した。
「本当は五体満足が望ましかったが、持ち主が拒絶するなら仕方がない。頭さえ有れば手足など無くても良いだろう?」
イリネイ副院長は頭脳さえ残っていれば、他はどうでも良いらしい。僕はその言葉と考え方にゾッとする。
そして僕はイリネイ副院長が何故馬車を変えたのか、その理由に気付いた。
これから会いに行く人物は確実に、この王国の闇部分に深く関わっている人物なのだろう。もしくは元締めかもしれない。
そんな人物と研究院が繋がっているとは……! 自分はとんでもない事に関わってしまったのではないかと不安になる。
だが、もう馬車に乗ってしまった。ならば自分の身を守るためにもイリネイ副院長に付いていくしか無い。
──それに、これはあの少女を手に入れられる最後のチャンスなのだ──
そう考えると、自分の不安だった心が少し楽になったような気がして来たから不思議だ。
イリネイ副院長は頭さえ有れば良いと言っていたが、自分は綺麗なままの彼女が欲しい。手に入るのであれば状態は良い方が有り難い。
「イリネイ副院長、出来れば綺麗な状態で手に入れられませんか? 僕が協力出来ることなら何でもしますから……!」
僕の言葉にイリネイ副院長は少し意外に思ったようで、片眉を上げて「ほう」と呟いた。
「何だ、エフィムはそんなにあの人形が気に入ったのか……。ならば一度交渉してみれば良い。何を要求されるかはわからんがな」
イリネイ副院長に交渉する許可を得ると、燻っていた不安が更に和らぎ、少し落ち着く事が出来た。交渉の余地がある人物だと知って安心したのかもしれない。
黒い馬車は王都を走り、貴族街の方へ足を進める。しばらく貴族街を走ると、段々邸宅は少なくなっていき、道行く馬車の数も減って行った。
そして目的地へ着く頃には日もすっかり沈み、窓の外の風景はすっかり闇に塗りつぶされていた。
貴族街の区画の外れの位置で、ようやく馬車が止まった。
馬車の小さい窓から屋敷を見ると、今まで見た屋敷の中で一・二を争うのでは、と思うほど立派な屋敷がどんと建っており、かなり高位の貴族の邸宅だとわかる。
しかしその屋敷は、他を圧するがごとき豪勢な屋敷なのだか、どことなく不気味にも感じられたのは気の所為ではないのだろう。
馬車から降りるのを躊躇っている僕をよそに、イリネイ副院長はさっさと馬車を降りて行ってしまい、僕は慌てて追いかける。
もう日も暮れたというのに、屋敷には必要最低限の灯りしか灯されておらず、広さの割に薄暗いその様子に、より一層恐怖を掻き立てられる。
屋敷の玄関前に、黒い何かが置いてあるのが見えた。
近づくに連れ、それは執事服を来た人間だと言う事に気付いたのだが、まるで闇に潜む黒蟲が人の形を取ったような、不気味さを醸し出しているその姿に僕は思わず息を呑む。
その執事はもう慣れたものなのか、僕の様子を気にすること無くお辞儀をすると、玄関の扉を開いて僕たちを招き入れた。
広い玄関ホールは外の不気味さとは違い、意外にも普通の貴族の屋敷の様相だったので少し安心したが、それでも全体的に薄暗い。
執事が案内してくれるのだが、一言も声を出さないし、イリネイ副院長も無言なので、僕も黙って付いて行く。
しばらく歩くと、広い屋敷の最奥であろう部屋の前へ案内された。
執事がノックの後ドアを開くと、ムワッとした空気に混ざり、濁った匂いが鼻につく。
部屋の中はかなり広く、奥の方には天蓋付きの巨大なベットが鎮座している。そのベットの上には何人かの女が全裸で横たわっており、それぞれピクリとも動かないので、もしかして精巧な人形なのではと勘違いしそうになる。
よく見るとかすかに呼吸しているのがわかるのだが、どの女も虚ろな表情をしており、口が半開きのため涎が垂れている様は、とても正気には見えなかった。
「これはこれは、わざわざお越しいただき申し訳ない」
ベットの横から突然声がして驚いた。全く気配が無かったので人がいるとは思わなかったのだ。
声がした方へ顔を向けると、豪奢なソファに一人の男がガウン姿で悠々と座りワインを飲んでいた。
その人物は、残り少ない白髪混じりの髪の毛を無理矢理撫でつけた髪型に、身体中の脂肪が弛みきった中年の男で、いかにもな雰囲気を纏っていた。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
エフィムおねだりするの巻。下衆の極みな困ったちゃんです。
でももっと下衆いのは副院長かもしれません。
次のお話は
「59 燻る闇3(エフィム視点)」です。
引き続き胸糞注意かもです。すみません。
今日はもう更新しないと言ったな。あれは嘘だ!
…と言うわけで、明日の更新をもって今度こそお休みします。
仕事の方も立て込んでまして、なかなか時間が取れず申し訳ないです。
次回更新は7月上旬を予定しています。
再開しましたら、またご愛読いただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!
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