59 燻る闇3(エフィム視点)

 ソファに座っている男にイリネイ副院長が声を掛ける。どうやら二人は面識があるらしい。


「こちらこそ、お楽しみのところお邪魔してしまったご様子。用件が済めばすぐ退散させていただきますので、どうかご容赦を」


 ソファで寛いでいる男に、イリネイ副院長が恭しく挨拶をする。イリネイ副院長が王国の一貴族相手にこんな下手に出るなんて。


「いやいや、どうぞお気になさらず。して、そちらの方も研究院の方ですな? 随分とお若い様だ。さぞや優秀な方なのでしょうなぁ」


 こちらを一瞥したこの屋敷の主が僕の事に触れてきたので、取り敢えずペコリとお辞儀をしておく。


「仰る通り彼は優秀ですよ。でないとここへ連れて来たりはしませんからね。それはさておき、注文していたものは何時手に入りますか? 彼に様子を見に行かせてみれば、変わりない様子だったそうですが」


 今日店に行かされたのは様子見の為だったのか、と僕は初めて知った。


「いやいや、ご心配をおかけして申し訳ない。それが予想外に厄介でしてな。昨日手の者を放ってみたのですが、どうやら消されたようでして」


「消されたと言うことは、殺されたという事ですか?」


 何だか物騒な話になり、イリネイ副院長が質問した答えが酷く気になってしまい、僕は思わず聞き耳を立てる。


「いやはや、まあ言葉の通りですな。文字通り『消された』のですよ。ここだけの話、闇のモノを送りこみましたら<浄化>されてしまいましてねぇ」


 主は「いやいや、お恥ずかしい。この話は内密に願います」と、全く恥ずかしくなさげにニヤニヤ笑っているが、僕は聞き逃がせない言葉が出てきて驚いた。


 闇のモノって……! この主はそんなモノを使役できるというのか……!?


 主が言う闇のモノとは恐らく、法国の暗部と言われている武力組織が、殲滅させるべく世界中に使徒を放ち、追い続けているという「穢れを纏う闇」の事だろう。


 法国は異形の者には容赦なく、一度狙いを定めたものは地の果てまで追いかけ、滅ぼすまで諦める事は無いと聞く。

 どの様な理屈なのかは不明だが、法国には発現した異形のものをいち早く察知できる術があるらしい。

 だからこんな王都のように目立つ場所で、「穢れを纏う闇」のようなモノを使役するなんて自殺行為以外の何物でもない。


 しかしここで思い当たるのは、法国が「穢れを纏う闇」を黙認している可能性だ。


 法国も一枚岩ではない。異形を制御し、使役している組織があると一時期噂になった事があったが、その時は一笑に付されていたのを思い出す。

 しかし本当にそれが実在しているのなら……。


 この屋敷の主は、法国とも繋がっている──!?


 もしそうだとしたら、イリネイ副院長が知らない筈が無い。彼は知っていて主と取引しているのだ。


 ……という事は、もしかして魔導国と法国は裏で……!?


「あの商会に法国の関係者が居るという事でしょうか?」


 イリネイ副院長が主に問いかける声でハッと我に返る。


「うーん、それがこちらにはその様な情報は入って来ておらんのです。困った困った。闇のモノは便利だったのですが……まあ、幾らでも補充は出来ますし……ああ、数で攻めるというのもアリですなぁ」


 まさか「穢れを纏う闇」を複数使役するつもりなのだろうか……だとしたらこの主はかなり高位の術士という事だ。

 その術士が複数の「穢れを纏う闇」を使役すれば、イリネイ副院長の言った通りマリカは五体満足では済まないかもしれない。


「あの、失礼を承知で発言をお許しいただきたいのですが、なるべくマリカを傷付けずにお願い出来ないでしょうか?」


 僕は思い切って主に直訴した。どうしても彼女を壊すのが憚られたからだ。


「なるほどなるほど……。聞くところによるとその『マリカ』と言う人形はとても美しいそうで。ならばその願いも当然の事でしょうなぁ」


 咎められるかと思いきや、意外な事に主は僕の願いに理解を示した。


「では……!」


 マリカを無事に引き渡してくれるのかと期待した僕を「まあまあ」と主が手で制した。


「研究院から『マリカ』を所望されておりますが、こちらとしてもランベルト商会と揉める訳にもいきませんで、納品に条件を付けさせて貰ったのですよ。『頭が無事であれば状態に文句は言わない』とねぇ」


 馬車の中でイリネイ副院長が言っていたのはこの事だったらしい。


「……して、その条件を撤廃するに当たり、その分対価をいただかないといけない訳ですが……参考までに貴方の得意分野をお聞かせいただいても?」


 対価と言われ、てっきり金銭を要求されるのかと思いきや、得意分野を聞かれるとは思わなかった。


「僕は術式を開発するのを主としています。今は失われた術式等を調査し、復元させる為に研究していますけど……」


「なんとなんと! それは丁度良い! 貴方の希望を聞く代わりに、一つ術式を作って欲しいのですが……如何です?」


 術式を作れと言われてハイそうですか、と返事する事は出来ない。何故なら術式を理解するのに普通であれば半年は掛かるからだ。


「いやいや、全く新しい術式を作れとは言いませんのでご安心を。ちょっと古い本を手に入れましてね。その本に載っている術式を参考に作る……と言うか再現していただきたいのです」


 古い本の術式を再現……なら、僕の得意とするところだ。内容にもよるが、全く出来ないという事は無いだろう。

 そう判断した僕は、それでマリカが綺麗な状態で手に入るのなら、とその条件を飲むことにした。


「わかりました。僕が出来ることなら、やらせていただきます」


「おお! そうですかそうですか。それは良かった」


「それで、再現したい術式とは一体どのような物ですか?」


 僕の質問に、屋敷の主は薄気味悪い笑いを浮かべ、心底嬉しそうに言った。


「いやはや、貴方もご存知ですよね? <呪術刻印>! 脳に直接介入出来るから、法国では『禁呪』指定されていますがねぇ」


 ──呪術刻印!? 禁呪!?


 主が要求するものの内容に僕は頭が真っ白になった。


「知り合いから魔導書を譲り受けましてね。一度使ってみたかったんですよ、身体の損傷なく自分が思う通りの苦痛や快楽を相手に直接与える事が出来る術式! それがあれば長く楽しめると思いませんか? 思いますよね? 貴方には期待していますからね? よろしくお願いしますよぉ!」


 茫然自失としている僕を全く気にすること無く、楽しそうに話し続ける様は異様の一言だ。


 ──世の中の不浄を寄せ集め、無理矢理ヒトのカタチを作り上げたなら、きっとこういう姿をしているのだろう、


「……ああ、楽しみですなぁ……!」


 邪悪な笑みを浮かべる悪魔が、そこにいた──。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


屋敷の主とは一体誰なのか……!?

その謎は62話で明かされる!!(すっとぼけ)


次のお話は

「60 ぬりかべ令嬢、練習する。」です。


久しぶり(?)のランベルト商会です。


毎年恒例ランベルト商会新春かくし芸大会に

大トリで出場することになったミア!

失敗が許されない大会のために、ミアは必死に練習する!

果たして、ミアのかくし芸の評価はいかに!?(嘘予告)




近況ノートにも書きましたが、この「ぬりかべ令嬢」が10万PV超えました。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございます!!


10万PVお礼に、67話までは毎日更新させていただきます。(出来れば)

休む休む詐欺ばっかりですみません!

もうすぐ77話書き終わるし……ストックはまだ有る……はず!(震え声)


これからも楽しんでいただけるようがんばりますので、

今後とも、どうぞよろしくお願いします!

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