56 波乱の予兆(マリウス視点)

 王国の宰相候補エリーアス・ネルリンガーから緊急の通信が届いた。

 以前、王国で秘密裏に協力関係を結んだのだが、その時に何かあった時用にと、通信用の魔道具を渡しておいたのだ。


 この魔道具は帝国の始祖、「天帝」が残した禁書に記載されていた、異世界の道具を復刻した物だ。

 だが、未だ完全に再現が出来ておらず、お互いのメッセージを声で確認するだけの性能しか無い。

 それでも魔導国が手に入れたがっていると言う噂を耳にする程、画期的な魔道具なのだが、ハルは満足出来ないようで、魔道具同士で会話出来るという「スマフォン」をどうにか作りたいらしい。


 魔導国有数の研究機関である、国立魔道研究院のトップレベルの人物が禁書を参考にすれば、もしかしたら再現出来る可能性は高い。

 しかし残念ながら、魔導国と帝国では魔道具技術の相互利用に関する条約を締結していないので、研究院からの応援は望めないだろう。

 研究院院長は稀代の天才と言われるほど優秀らしいが、それほどの頭脳の持ち主はこの帝国に居ないのが現状だ。帝国国民の学力をもっと向上させる必要があるかもしれない。


 そう言えば王国に天才魔道具師がおり、魔導国がしつこく勧誘していると聞いた事があったが……。

 今度王国に行った時に少し調べてみるか、と思いながらエリーアス殿からのメッセージを紙に書き起こすべく準備をする。


 この魔道具は一度メッセージを聞くと、二度聞くことが出来ないので、忘れないように記録して置かなければならない。

 この魔道具に保存出来る術式を組み込むことが出来れば、利便性は一気に跳ね上がるのだろうが……贅沢を言ってはいけないな、と思い直す。


 そしてエリーアス殿のメッセージをハルの側近の一人、フランに読み上げさせ、俺が紙に書き留めていく。

 書き進めていくに連れ、その内容にペンを折りそうな程の怒りが湧いてくる。


 その内容とは、ユーフェミア嬢とアードラー伯爵という人物の婚姻届が、王国の諮問機関「元老院」に提出されたという。

 この元老院は各行政に関する機関からの諮問に応じて意見を述べる機関で、公爵位などの高位貴族などの重鎮たちで構成されている。その意見には法的な拘束力はないが、できるだけ尊重すべきものとされており、この時代に於いては正直言って老害でしか無い。


 しかし、もしこの元老院でユーフェミア嬢の婚姻許可が降りていたら、いくら王族でも覆すことが出来なかっただろう。

 そう考えれば婚姻届に気付いたエリーアス殿とその部下には感謝しか無い。何かの謝礼を考えなければ。


 更にエリーアス殿からのメッセージを聞いて行くと、如何に相手のアードラー伯爵という人物が危険なのかが理解できる。


「王国はよくこんな人物を野放しにしていますね」


 内容を一緒に確認していたイルマリが呆れている。


 ……コレはさすがに無いだろうと俺も思う。

 帝国にその様な人物が居なくて本当に良かった。まあ、もし居たとしても皇帝とハルが許さないだろうが……その点、王国の王族にそんな強制力が無い為に、アードラー伯爵のような人物がのさばっているのだろうが。


 帰国してから連日の執務に追われ、そろそろハルも限界だろうと自由時間を与えたばかりだと言うのに間が悪いと言うか何と言うか。

 とにかく早くハルに伝える必要があるので、今すぐハルを探さなければいけないのだが……この広大な宮殿の何処にいるのやら。


 この宮殿には対魔法用の防御結界が幾重にも張り巡らされており、外にいる時の様に探知魔法が使えない為に、自分の足で探さなければならない。


 しかし、それは普通の人間であれば、の話だ。


 言わずもがな、ハルは普通の枠から外れているので、宮殿内なら簡単に見つけることが出来る。

 ……ただ、敷地が広いから見つけてもそこへ行くまでに時間が掛かってしまうのだが……。

 俺は空に向かって声を掛けた。


「レオンハルト殿下の居場所を教えてくれ」


 すると、何もなかった空間に豆粒ほどの光が現れ、俺の頭上で何回かくるくる回り、空気に溶けるように消えると、頭の中に花が咲き誇る宮殿の中庭の映像が浮かぶ。


「……中庭か」


 ハルの居場所がわかった俺は、何人かの側近と共に中庭へ向かう。


 ちなみに先程の光の正体は風の精霊だ。

 俺にはエルフの血が流れている為、こうして精霊たちの力を借りることが出来る。しかしエルフの血が流れているとは言え、その血はかなり薄くなっており、ハルツハイム家の人間でも精霊と意思が交わせるのは最早俺だけだ。

 とは言っても、会話出来る訳ではなく、今のように思念のようなものを視ることが出来るだけなのだが……ある意味ハルと同じ先祖返りの一種なのかもしれない。


 精霊は基本エルフ以外の人間に関心は無いのだが、何故かハルには好意的で、時々こうして居場所を教えてくれるのだ。


 そう言えば「天帝」も精霊と良く交流していたと聞く。異世界にも精霊とよく似た存在が居たらしいので、精霊に好かれる素養が有ったのだろうと言われている。


 エルフは帝国の外れにある精霊の森で暮らしているが、その数は徐々に減っており、後数百年もすれば滅んでしまうかもしれないと懸念されている絶滅危惧種だ。

 帝国でも種族維持の為に尽力しているが、余り上手く言っていないらしい。


 そうこう考えているうちに中庭に着いたのだが、これまた間が悪いことにハルの従妹であるヴィルヘルミーナ様も一緒だった。


 このヴィルヘルミーナ様と言う方はイメドエフ大公の娘では有るものの、父親のように性根が腐っておらず、素直な性格をしている。

 昔からハルに懷いており、事有る毎にハルに関わろうとしているところをよく見掛けるのだが、いつも邪険に扱われている姿は侍女たちの涙を誘っているとか。


 なので案の定、今も絶賛泣かされ中だ。


「お兄様の意地悪ー! わたくしも名前で呼びたいのにー!!」


 ヴィルヘルミーナ様が前からそう思っていることは知っていた。

 だが、「ハル」と言うのはただの渾名ではない。誰もがそう簡単に呼んで良い名前ではないのだ。

 それに、ヴィルヘルミーナ様には可哀想だが、ハルがミア以外の女性に名前呼びを許すとは到底思えない。


 だからハルがヴィルヘルミーナ様を必要以上に冷たく扱うのは、ミアと言う存在がいる以上、ヴィルヘルミーナ様の好意を受け取れないが故のけじめなのだろう……きっと。……恐らく。……多分?


 そして、ハルがこちらに気付いたのだが、俺達の緊張した空気を察して眉を顰める。


「……何が有った?」


 ハルに問いかけられたが、ヴィルヘルミーナ様に聞かせる訳にもいかず、声を潜める。


「火急の用件です。至急執務室にお戻りを」


 不穏な空気を感じ取ったハルは早々に執務室へ戻ろうと、ヴィルヘルミーナ様を女の扱いが上手いイルマリに押し付けて行った。

 ヴィルヘルミーナ様はすごく不満そうにしていたが仕方がない。


 イルマリは百戦錬磨の女たらしだ。

 それに何だかんだとヴィルヘルミーナ様の扱いが上手いから機嫌を取っといてくれるだろう。


 そしてハルと執務室へ戻ると、俺は防音の魔道具を起動させた。

 執務室は防音仕様になっているので、必要ないと思われるかもしれないが念の為と、更に防御結界を重ね掛けしておく。

 ……そうして置かないと、絶対ハルは暴走するだろうから。


「王国のエリーアス殿から緊急の連絡がありました」


 ハルが俺の言葉にはっとするが、その顔がみるみる険しくなっていく。


「話せ」


 正直話したくはなかったが、意を決して報告すれば予想通りにハルがキレた。


「ミアが結婚だと……?」


 その瞬間、ハルの身体から暴れるように膨大な魔力が溢れ出し、念の為に掛けていた多重結界が軋んでいく。


「ちょっ……!! ハルッ!! 落ち着けっ!! 結界が壊れる……!!」


「俺のミアに手を出そうとしている奴は誰だ? なんて名前? 今からそいつ滅ぼしに行って良い? 良いよな? 俺のものに手を出そうとしているんだからさあ……!!」


 ハルの声に呼応するように、目に見えない何かが「バキンッ!!!」と音を立てる。


「ハルッ!! 待てっ!! ミアを助けたいのなら落ち着いて話を聞けっ!!」


「────っ!!」


 ミアと言う言葉に反応したのか、ハルの溢れ出した魔力が徐々に落ち着いていく。どうやら結界はギリギリ保つことが出来たようだ。

 この宮殿の防御結界は一度壊れると修復・復元にかなりの時間と費用を要するので、ハルが暴走しそうになると、いつもこうして注意しなければならないので苦労する。


「……すまん、マリウス」


 次期皇帝として教育を施されて来ただろうに、こうして自分の非はちゃんと認めて謝る事が出来るのは偉いと思う。

 皇族の中にはプライドだけ立派な人間も存在するし。


「……まあ、お小言は後でじっくり言わせてもらいますから覚悟して下さい。今はミアさんの件についてです」


 俺はエリーアス殿から得た情報をハルに簡潔に述べた。


「エリーアス殿曰く、その婚姻届に書かれたユーフェミア嬢のサインは偽造の可能性が高いらしいです。恐らく彼女の義母が手を回したのかと」


「……ったく! 母娘揃ってクズかよ! 救いようがねえな!!」


 さすがに今回のことでハルの堪忍袋の緒が切れた。それでもかなり我慢した方だと思う。


 ああ、あの母娘死んだな……。


 かと言って同情する気は一切ないが。ヤツラはやりすぎたのだ。


「しかしエリーアス殿曰く、ウォード家の母娘より、その結婚相手のアードラー伯爵という貴族の方がかなりヤバイらしいです」


 あの母娘の事はともかく、問題はその貴族だ。

 エリーアス殿が教えてくれた伯爵の情報をハルに伝えるが……正直気分が悪い。


「……そのアードラーと言う男の身辺、生い立ち、経歴を全て特務に探らせろ。勿論探っている事に気付かれないよう、重々注意するよう伝えてくれ。……コイツは腹を括ってかからないとかなりヤバイ奴だ」


 まさかのハルの言葉にここに居る全員に緊張が走る。

 どうやらハルの動物並みの野生の勘が働いたらしい。厄介な事に、こういう時のハルの勘は的中率100%だ。実際、この勘のおかげで命拾いした人間は多い。


 そして俺達「天輝皇竜騎士団」は、直ちに行動を開始した。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


相変わらず苦労人なマリウスです。

どうやら鬼畜眼鏡コンビは主人に苦労させられる運命のようです。


次のお話は

「57 燻る闇1(エフィム視点)」です。


エフィム視点が三話あります。

すみませんが、しばらくお付き合いください。


予約投稿するのを忘れていてギリギリの投稿です。

間に合ってよかった……。(;´Д`)

でも嘘予告書く時間無いので今回はお休みします。


次話もどうぞよろしくお願いします!

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