55 怒り(ハル視点)

 俺とマリウスが王国から戻って来て一週間が経った。


 不在の間に溜まった執務の処理に毎日忙殺され、今日ようやく自由時間が出来たのだ。

 せっかくの自由時間、と言っても息抜きぐらいの時間しか無いから、馬で遠出とかは出来ないし、騎士団に行って模擬戦闘訓練するほどの元気も無いので、俺は珍しく宮殿の中庭でボケーとしていた。


 お空きれい……。


 青い空を見上げながら、ミアのことを考える。

 ミアを想う、ただそれだけで、俺は生きる意味を持つことが出来る気がする。


 今、ミアは何をしているんだろう? 元気にしてるかな? ビッチにいじめられていないだろうか?

 もしミアがビッチにいじめられていたら100万倍にして返してやろう。産まれて来たことを後悔させてやるのだ。


 王国でミアの手がかりを掴んだものの、結局俺はミアに会うことすら叶わず、帝国に戻らざるを得なかった。

 今は正直、皇子と言う身分が邪魔で仕方がない。「皇環」も無いし、マジで皇位返上できねーかな。


 七年前に俺が死にかけた事がきっかけで親父が頑張ってくれたから、今の俺には歳の離れたアデルベルトと言う可愛い弟がいるし、俺が居なくなっても大丈夫だと思うんだよなー。

 まあ、こんな俺に付いて来てくれたマリウスやイルマリ達側近連中には申し訳ないんだけどさ。


 ──出来ればもう一度王国へ行きたい。今度こそミアをこの手で抱きしめたい。


 ……いや、出来ればじゃなく今すぐにでも飛んで行きたい。今行かなければもうミアは永遠に手に入らないのではないか、と言う焦燥感が募ってくる。


 俺はミアが笑顔でいてくれたらそれだけで嬉しいのに。それすらもわからない自分に腹が立つ。


 さすがに俺のミア不足が深刻になって来た。もう七年もミアに会っていないのだ。そろそろ限界かもしれないな。


 俺の脳内に保存している「ミアとの思い出」フォルダを開き、ミアを抱きしめた感触をリプレイしようと思ったその時、高揚していた気持ちが萎える声が聞こえて来てゲンナリする。


「お兄様! こちらにいらしたのですね!」


 この声の持ち主は俺の叔父上──イメドエフ大公の娘、ヴィルヘルミーナだ。


「わたくし、お兄様とお茶をご一緒したくて執務室までお迎えに参りましたのよ? ずっと王国に行ってらして、やっとお帰りになったと思ったら、今度は執務室に閉じこもってしまわれて……。わたくし、お兄様にお会いしたくてたまりませんでしたのに! なのにわたくしを置いて居なくなってしまわれるなんて! 酷いですわ! 冷たいですわ!」


 あーうるせー。何か面倒くせー奴に見つかっちまったなー。ミア気分が台無しじゃねーか。


 このうるさい女、ヴィルヘルミーナ──長いから俺はミーナと呼んでるが──は、何故か昔から俺に懷いており、事有る毎に俺に纏わり付いてくる。


 お前の親父、俺を殺そうとしていたんだぜーって大声で言ってやりたいが、叔父上と違いミーナは悪い奴じゃないから逆に扱いに困る。


 叔父上に似て性悪だったら邪険にしても、良心の呵責を感じないのに。


「俺はお前の兄じゃねえ」


 何度言っても「お兄様」呼びをやめないミーナに半分諦めてはいるものの、このセリフもお約束みたいなものだ。ある意味挨拶代わりかな?


「そ、それはそうですけれど……! お兄様をお兄様と呼ぶのはわたくしだけですし……! ……あら? アデルちゃんがそろそろお兄様と呼ぶのかしら?」


 弟のアデルベルトは育ち盛りの三歳児だ。お喋りも達者になって来たお年頃……でもさすがに「お兄様」呼びはまだ出来ねーだろ。せいぜい「にーたま」だ。でも面倒くさいので指摘はしない。


「じゃ、じゃあ、遂にわたくしもお兄様を、そ、その、『ハル』とお呼び出来るチャンス! なのですわね! これからはわたくしも『ハル』と呼んでもよろしくて?」


「断る」


 赤い顔してモジモジしてんじゃねーぞ。俺を『ハル』と呼んで良い女はミアだけだ。


 即答で断られたミーナの顔がみるみる歪んで泣き顔になる。コイツは昔から泣き虫だから嫌なんだ。


「ひ、酷いですわ……! わたくしはお兄様をずっと前からお名前でお呼びしたかったですのに……!」


「無理」


 更に即答すると、どうやらトドメだったらしく、子供のようにわんわん泣き出した。


「お兄様の意地悪ー! わたくしも名前で呼びたいのにー!!」


 もうコイツ置いといて執務に戻ろっかなーと思って腰を上げたら、向こうからマリウスと、イルマリ、フラン達側近がやって来るのが見えた。

 もしかして時間間違ってたとか? もう少し時間は残ってる筈だけどなー、と思いながらマリウス達の方に向かうと、緊張した空気に気付いて眉を顰める。


「……何が有った?」


 マリウスに問いかけると、マリウスがチラリとミーナの方を向き、声を潜めて言った。


「火急の用件です。至急執務室にお戻りを」


 何か嫌な予感がした俺は、取り敢えずミーナをイルマリに任せて執務室に戻る。

 イルマリは女の扱いが上手いから、上手く機嫌を取っといてくれるだろ。


 慌ただしく執務室へ戻ると、マリウスが防音の魔道具を起動させた。

 ただでさえ防音仕様になっている執務室に防音の魔道具を使うとは、かなり重要な問題かもしれない。


「王国のエリーアス殿から緊急の連絡がありました」


 俺はマリウスの言葉にはっとする。


 エリーアスには王国滞在中、何か有った時のために、お互い連絡を取り合える魔道具を渡しておいたのだ。

 それは主にミアが見つかった時のための保険のようなものだったのだが……。


 しかし、マリウス達の様子を見る限り、ミアが見つかったという吉報ではない事は確かだろう。

 ならば、何かミアに良く無い事があったのかもしれない。


「話せ」


 険しい顔をした俺に少し怯んだ様子のマリウスだったが、意を決して報告したところによると、どうやらミアに婚姻の話が出ているとの事だった。


「ミアが結婚だと……?」


 想像するだけでもキレそうになるその報告に、俺の身体から箍が外れる様に魔力が溢れ出し、怒りで目の前が真っ赤に染まる。


「ちょっ……!! ハルッ!! 落ち着けっ!! 結界が壊れる……!!」


「俺のミアに手を出そうとしている奴は誰だ? なんて名前? 今からそいつ滅ぼしに行って良い? 良いよな? 俺のものに手を出そうとしているんだからさあ……!!」


 俺の声に呼応するように、何も無かった空間にひびが縦横無尽に走り「バキンッ!!!」と音を立てる。


「ハルッ!! 待てっ!! ミアを助けたいのなら落ち着いて話を聞けっ!!」


「────っ!!」


 必死なマリウスの声を聞き、頭で言葉を理解すると、真っ赤に染まった視界が元に戻っていき、荒れ狂いそうになった心が少しずつ落ち着いてきた。


「……すまん、マリウス」


「……まあ、お小言は後でじっくり言わせてもらいますから覚悟して下さい。今はミアさんの件についてです」


 マリウスの話によると、病のため公の場に姿を見せないユーフェミア嬢だったが、王国のアードラー伯爵という中年の男との婚姻届が王国の元老院に提出されかけたという。

 その婚姻届は発見後すぐ、エリーアスが入手し、今は手続きを保留させているらしい。


「エリーアス殿曰く、その婚姻届に書かれたユーフェミア嬢のサインは偽造の可能性が高いらしいです。恐らく彼女の義母が手を回したのかと」


「……ったく! 母娘揃ってクズかよ! 救いようがねえな!!」


 俺のミアに不当な扱いをしただけでも万死に値するというのに……。余程苦しんで死にたいらしい。


「しかしエリーアス殿曰く、ウォード家の母娘より、その結婚相手のアードラー伯爵という貴族の方がかなりヤバイらしいです」


 そのアードラー伯爵は王国でも悪の代名詞と言えるような人物で、エリーアスから齎された情報だけでも下衆の極みで最低最悪な男なのだそうだ。

 王国で発生する凶悪犯罪には必ず関与しているとされていると言うのに、毎回証拠不十分のため未だに貴族籍に居座っているらしい。


 まあ、あの日和見な王国でなら、いくらでも誤魔化しが効くのだろう。


「……そのアードラーと言う男の身辺、生い立ち、経歴を全て特務に探らせろ。勿論探っている事に気付かれないよう、重々注意するよう伝えてくれ。……コイツは腹を括ってかからないとかなりヤバイ奴だ」


 俺の危険センサーとも言える第六感が警鐘を鳴らしている。これはかなりの強敵かもしれない。


 俺の言葉にマリウス達もただ事ではないと判断したのか、直ぐ様警戒を強めて行動に移す。


 そして俺が統括する特務機関──帝国皇室禁秘機関、正式名称「天輝皇竜騎士団」は厳戒態勢に入ったのだった。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


前回のミアが見た空と、今回のハルが見た空は繋がってます。

二人が早く再会できればきっと世界は平和……なはず。


それにつけてもハルの女の扱いひどすぎワロタ。


次のお話は

「56 波乱の予兆(マリウス視点)」です。


怒り狂った大魔神ハルの前に立ちはだかったマリウス。

実はレオンハルト皇子の側近マリウスというのは世を忍ぶ仮の姿。

彼の本当の正体は、正義のヒーロー鬼畜眼鏡1号だった!?

次回、大魔神ハルと鬼畜眼鏡1号、運命の対決!!(嘘予告)


関係ないけど、2号はあの人です。


どうぞよろしくお願いします。

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