66 欲しかったもの(ハル視点)

 ──ミアの魔力を感じる。


 王国で視たビッチに残された魔力ではなく、正真正銘ミアの魔力だ。

 まるでミアそのものの様な、温かい魔力に、不遇な境遇にいても腐らず、真っ直ぐ成長した事がわかる。


「…………ミア」


 俺の様子に驚きすぎたのか、しばらく固まったままの側近達とハンスだったが、俺が出した名前を聞いて驚愕する。


「え!? ミア? ミアさんがこれを!?」


「新しい従業員があの時のお嬢さん!?」


 マリウスとハンスが化粧水の入った瓶をまじまじと見ている。

 ハンスは本当に知らされて無かったのか……息子恐るべし。


 俺は濡れた顔を袖で拭い、もう一つの箱を手に取った。

 さっきこの箱から感じた気配もミアのものだったんだな、と思う。


「会頭、開けるぞ」


「はい。是非とも御覧ください」


 会頭に確認を取った後、改めて箱を見ると、何かの術式が込められた箱だということに気付いた。


 これは封印……いや、隠蔽の魔法か……? 一体何が入っているんだ?


 わざわざ箱に術式を組み込んで隠蔽するなんて、普通なら罠を疑うべきだろう。しかし、そこにミアの気配を感じるのなら、躊躇う必要は一切ない。

 俺が箱を開けた途端、中から途轍もない魔力が溢れ出てきた。


 ──いや、これはもう魔力とは言えないだろう……これはそう、<聖気>だ。


 そんな<聖気>が溢れるようなものとは何なのか、ついいつもの癖で身構えた俺の目に飛び込んできたのは、天色の魔石で出来たブレスレットで──。


 その魔石は色こそ青いものの、その性質は皇家に伝わる秘宝の中でも伝説級の奇跡の石──天輝石──!!


「この石はどうやって手に入れた!? どうしてミアの魔力が籠もっている……!? 一体どういう秘術を使えばこんな事が可能なんだ……!!」


 いや、石だけじゃない。この編み込まれた紐の模様の一つ一つが意味を持っていて、まるで<祈り>の様じゃないか!


「愚息からの手紙では、『大事な人を守るために作らせた』と書かれておりました。手紙だけ読むと意味不明でしたが……それを見たら納得しましたよ」


 会頭の息子がミアに作らせたという事か? 天輝石を?

 もしかして、ミアが天輝石を作ることが出来る存在だという事を俺に伝えたかった……?


「ミアの情報を漏らさないために、敢えて遠回りして伝えてくれたのだろうな」


 会頭にすらミアの存在を明かさなかったぐらいだ。余程ミアの存在を隠したかったらしいが、ここに来て俺に知らせたのは、何か不測の事態が起こったという事か。


 しかし、<聖気>が込められた天輝石に<祈り>を具現化したブレスレットとはまたとんでもないものを作ったもんだ。

 これはもうお守りとかそんなんものじゃなくて「聖宝」だろう。


 ブレスレットを箱から取り出してみると、俺が触れた瞬間、天輝石が強く輝きだした。

 そして光が虹色の光輪となって魔法陣に変化した後、魔石に吸い込まれていく様に光が収まっていく。


 今のは何かの術式が発動した合図みたいなものだろうか……?


 天輝石に何か変化が起こったのかと思って石を見ると、蒼い天輝石の中に無数の光が煌めいていて渦を巻いていた。

 眇眇たる数の星々が集まり、まるで輝いている雲の様だ。


 しかし、先程の溢れるような<聖気>はすっかり鳴りを潜め、今はパッと見るだけだと、ただの格好いいブレスレットにしか見えない。

 まあ、さっきのような<聖気>を垂れ流しにしていたら、流石に大騒ぎになるだろうから非常に助かるけども。


 だが、<聖気>が収まっただけでその性質は何一つ変わっていない。


 俺はブレスレットを左手に着ける。

 すると、ミアの魔力に身体が包まれるような感じがして、今までささくれ立っていた心が安らぎ、幸福感に満たされる。


 ──ああ、ミアが俺のすぐ側にいる……。


 それは、俺がずっと探し求めていたミアの存在を示すもの。

 七年前、俺を死の淵から救ってくれた時と、何一つ変わらない優しい魔力。

 夢じゃなくて、幻でもない、ミアが今、この世界で生きているという証──。


 そう思うともう無理だった。今はミア以外の事を考える余裕が全くない。


「直ぐに王国へ向かう。ミアを迎えに行くぞ」


「「「「「「はい!」」」」」」


 俺の事をよく理解してくれている側近達は俺を諌めること無く、直ぐ様同意してくれた。

 そんな側近達が頼もしく、誇らしい。


 会頭の息子がわざわざ早便を使ってまで、ミアの存在を知らせてきた意味を考えると、一刻も早く王国へ行く必要がありそうだ。


 もしかするとミアが偽アードラーに捕まったかもしれない……!!


 ミアが危険にさらされていると考えると、凪いていた心が荒ぶり魔力が溢れそうになる。

 思わず最悪の想像をした俺の魔力が暴走しそうになった時、ミアに貰ったブレスレットが淡く光りだした。

 その優しい光を見て、俺の心が落ち着いていく。


 暴走寸前だった俺の魔力が落ち着いていくその様子を見たマリウス達側近が、感嘆の声を上げる。


「さすがミアさん! ハルを上手くコントロールするとは……!」


「もしかして、もう殿下の魔力暴走に怯えなくて良いの!?」


「やったー!! ミア様ありがとうございます……!!」


「あの殿下が尻に敷かれている……だと!?」


 ……………………こいつら……!! さっきの感動を返せ!!


「では、私も予定より少し早いのですが、ご一緒させていただきましょう」


 どうやらハンスもミアが気になるのか、同行する事にしたらしい。


 俺はミアが作ってくれたブレスレットをそっと触り、もう一度ミアの存在を確かめる。


 ──ミア、今から逢いに行くからな……!!





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ハルが欲しかったものは、ミアが無事に生きているという確かな証でした。

今日七夕なので、再会していたら丁度良かったのに…惜しい!


次のお話は

「67 守りたいもの(ディルク視点)」です。


どうぞよろしくお願いします!

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