65 懐かしいもの(ハル視点)
ランベルト商会の会頭、ハンス・ランベルトが宮殿へ謁見のためやって来た。
ハンスとは七年前の取引からずっと懇意にしており、お互い良い関係を築けていると思う。
今回の謁見は重要事項も含まれるため、俺の執務室で行っている。
防音結界もあるので誰かに盗聴される心配が無いから気楽に話が出来る。
「レオンハルト殿下におかれましてはご機嫌うるわしく」
恭しく挨拶をしたハンスは、帝国一の商会の会頭らしく、そこら辺の貴族よりも余程迫力があり威厳を感じさせる。
流石に以前ほどの刺すような鋭い目つきは鳴りを潜めたが、相変わらず隙が無く油断できない人物だ。
「急に呼び出して悪いな、ハンス」
「何を仰います。我が商会の業績が順調なのは殿下のおかげです。この七年間で支店も随分増やす事が出来ました。改めて感謝を」
「それは俺の手柄じゃないだろう。しかし、俺もここまでランベルト商会が大きくなるとは思いも寄らなかったぞ。余程優秀な人材が居るらしいな」
王国の王都に在る店を見た時にも思ったが、とにかく良い品を揃えており、店員の質も高かったので、人気が出るだろうとは思っていた。
それが今や帝国と王国だけに留まらず、法国や魔導国を除く多くの国に支店が在るという。
下手をすると、小国の王より余程権力があるかもしれない。
「勿体無いお言葉ありがとうございます。商会の方はここ最近、愚息に任せる事も多くなりましてね。今は王国で修行させていますが、そろそろ本店に呼び戻そうかと思っているのですよ」
「ああ、そう言えば王都の店は息子が企画した店だと言っていたが……今も王都に居るのか」
「はい、最近息子が王都で発売しましたとある商品が爆発的に売れておりまして。発売して間もないのに、今や我が商会一番の人気商品なのですよ」
「へえ、それは凄い。何の商品なんだ?」
「まあ、化粧水なのですが、女性たちに絶大な人気なのです。今は入手困難でして、半年ほど予約待ちになっております」
化粧水か〜。さすがに俺には不要だな。俺の肌モッチモチだし。もしここにミアが居て欲しがったのなら、何とかして手に入れたかもしれないが。
「こちらにその商品をお持ちしておりますので、宜しければお受け取り頂ければと思います」
ハンスはそう言って、例の化粧水が入っているであろう箱を差し出してきた。
「入手困難な商品だと言っていたが良いのか?」
「はい、勿論ですとも。是非皇妃様やイメドエフ大公令嬢にお使い頂ければ」
……コノヤロウ。ミアの事を知ってやがるくせに! 俺が無茶振りしたからその仕返しのつもりかよ!
「……一応感謝しておこう。それで、例のものは用意出来たのか?」
ハンスに用意を依頼した例のものと言うのが、今回無茶振りした案件だ。
本来なら用意するのに早くて一ヶ月は掛かるところを無理を言って用意させたのだ。
「勿論、用意させていただきましたよ。おかげで職人が五名ほどぶっ倒れてしまいましたがね」
……すっごく恨めしそうな目で睨まれた。
不眠不休の突貫で頑張ってくれたのだろう職人たちに、心の中でそっと手を合わせておく。
「……その辺りの保証はキチンとさせて貰おう。職人たちにも労いの言葉と感謝を伝えておいてくれ」
「ありがとうございます。そう仰っていただけると頑張ったかいがありますな」
「報酬と保証の話はマリウスと相談してくれ」
俺がそう言うとハンスは満足そうに頷いた。その様子に内心ホッとする。
ハンスの機嫌を損ねると厄介だからな。
しかし、化粧水がそんなに人気とはねぇ……。そんなに凄い効果が有るのかな?
俺は会頭が持ってきた化粧水を見てみようと箱に手を伸ばす。
その様子を見ていたハンスが「おや、やはり興味を持たれましたか」と笑った顔に何故かイラッとした。
「その商品は最近、王都の店に雇い入れた者が作りましてね。かなり優秀な人物だそうですよ」
「へぇ……」
「同じ店には魔道具作りの天才も居ましてね。魔導国からの勧誘もしつこいから、息子もその魔道具師と共に本店に戻ろうかと悩んでいるようで」
その話を聞いたマリウスが「えっ!」と言って超反応した。
「会頭! その魔道具師とは魔導国研究院院長に匹敵すると言われている例の!?」
マリウスが身を乗り出し、ハンスに喰い付き気味に質問をしている。余程興味があるのだろう。
「ええ、その人物で間違いないかと。術式の簡略化や魔石に複合魔法を付与する事に成功したと言う功績を挙げておりまして。魔導国以外からも引き抜きの打診が多いそうで、愚息の方も王国に居るのはそろそろ限界だと感じているようです」
「ならば王国より帝国の方が安全だろうしな」
俺がそう思っていると、マリウスがコソッと耳打ちしてきた。
「天才魔道具師が帝国に来てくれれば。『スマフォン』の改良をお願い出来るかもしれませんよ」
……ああ、なるほど。確かにそれは有り難い。
「もしご子息とその魔道具師が帝国に戻られるなら、一度会わせて貰えないか? 場合によっては俺の庇護の下で守る事が出来るだろうし」
「……おお! 本当ですか!? それは何とも有り難い! 是非、お願い致します!」
帝国に居れば煩わしい魔導国も手が出せないしな。俺の庇護下に入れば、他の商会や組織からも守ってやれるだろう。優秀な人材は手厚く保護せねば。
「さすがに今すぐ、という訳には行きませんが、移転の準備を始めるよう伝えておきます。いやあ、本当に殿下がそう仰ってくれるとは……」
ハンスも息子が心配だったのだろう、心底ホッとした様子だったのだが……一つ気になった事がある。
「ハンス、”本当に”とはどういう事だ?」
俺がそう聞くと、ハンスがわざとらしく「おや。しまった」と言って、めちゃくちゃヘタな演技をする。
「いやいや、さすがですなあ。殿下の前では隠し事が出来無くて困りますよ」
「……おいコラ。嫌味か? 嫌味言ってんのか?」
横でマリウスが「まあまあ、いつもの事じゃないですか」とか言ってるけどさー! アイツ顔ニヤついてね? 俺バカにされてね? むかつくー!!
「これは申し訳ありません。どうかご容赦を。実は愚息から特急便で手紙と荷物が届きましてね。」
そう言うとハンスはまた別の箱を取り出し、丁寧に机の上に置いた。
しかし特急便か……わざわざ高い金を払ってまで送ってくる手紙とは、随分重要な事が書かれているのだろうな。
この世界の物流システムはまだまだ発展途上で、今一番早く連絡を取り合えるのは飛竜種を使った運送方法だ。
だが、あまりにも高額なため、帝国の貴族でも上位の貴族が急務の時のみ使用するに留まっている。
そんな飛竜便を使用出来るランベルト商会はかなり潤っているのだろうな。うらやま。
天帝が残した「トラノマキ」に書かれた異世界のシステムをこちらにも再現できればいいのだが……。
そんな事を考えながら置かれた箱を見て俺は驚いた。
──何だ……!? この箱から何か妙な気配が──いや、この懐かしい気配は一体……。
「まず、こちらの箱を開ける前に、先程お渡しした化粧水を一度ご確認下さい」
箱の気配が気になって中を見ようとしたけれど、そう言えばさっき化粧水を見ようとしていたんだっけ、と思い出して思い留まる。
俺は先ほどの箱を開け、中に入っていた瓶を取り出してみる。
「そちらの化粧水は原液だそうでして。店で販売しているものは、その原液を百倍薄めたものらしいのです」
ハンスの言葉を聞きながら瓶の中の化粧水を見ると、中で光が煌めいている様に見える。
「……これ、本当に化粧水か?」
俺の疑問にハンスがくっくと笑い、「私もそう思います」と言ったので、恐らく化粧水を超えた何かなのかもしれない。
「それを作った人物のことを愚息に聞こうにも、『直接会うまでは言えない』と言われましてね。それでも気になったものですから、王都の副店長に確認したのです。そしたらあの愚息、店全体に緘口令を敷いていましてね。その人物の事を会頭である私にも教えない徹底ぶりなのです」
会頭の息子が其処までして隠したい人物とは一体……? 天才魔道具師の事は普通に知られているし、別人だろうけど。
「化粧水を作る……となると女性か……?」
「そうそう、愚息から殿下に伝言が有りましてね。『その化粧水をよく見て欲しい』と、一言だけ書かれていたのですが……」
恐らく、「よく見て」という事は魔眼を使えって事だろう。
会頭の息子が何を伝えようとしているのか知りたくなった俺は、魔眼を発動して化粧水を視る。
すると、この化粧水はほぼ魔力だけで作られているのが解った。
この化粧水からまるで最上級の聖水のように、温かくて優しい魔力を感じたけれど……俺はこの魔力を知っている……!
そう思った瞬間、俺の胸に懐かしくて愛おしい魔力が水のように流れてくる。
──その魔力が誰のものか理解した瞬間、俺の頬を一筋の涙が流れた。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
ついにハルがミアの存在に気付いたようです。
次のお話は
「66 欲しかったもの(ハル視点)」です。
どうぞよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます