64 闇を暴く者(ハル視点)

 マリウス達に命じて王国の貴族であるアードラー伯爵を調査させた結果、様々な事実が判明した。


 結論から言うと、件の伯爵──エレメイ・アードラー──は存在していなかった。


 正確にはエレメイ・アードラーは、アードラー家の当主だった人物なのだが、二十年ほど前に亡くなっている事が判った。享年四十歳だった。

 当主が結婚しておらず、後継ぎも居ないアードラー伯爵家は襲爵する事が出来ない為に、爵位が絶えるはずだった。

 しかし、今現在アードラーを名乗っている人物は、当時起こった国王暗殺事件のどさくさに紛れ、爵位を不当に取得し、成りすます事に成功したのだろう。


 しかし平民ならまだしも、貴族位の成りすましは普通であれば通用しない。

 王族はもとより貴族、上流階級の名家など多数の人々が集い、社交する場である社交界で、今までアードラー伯爵と交流して来た人達が気付かない訳がない。

 なのにいつの間にか入れ替わりが成功し、誰もが疑わずにアードラー伯爵だと認識している。


 その後、アードラー伯爵は社交界にほとんど姿を現さなくなったが、それと同時に伯爵について不穏な噂が飛び交う様になった。


 ──そして、アードラー伯爵と言う名は、王国に蔓延る悪の代名詞として称される事となる。


 伯爵位を手にするだけならそう難しい事ではない。伯爵家の養子に入るか、爵位を金で買うなど方法はいくらでもあるからだ。なのに、何故わざわざそんな手の込んだ事をしたのか……何か理由が有るのだろうか……?


 親戚でも無い全くの他人が貴族位──しかも伯爵ともなれば、何かしらの反発もありそうなのにそう言った事が起こったという記録は無い。

 そうなると、アードラーを名乗る人物が何かの方法を使い、社交界で自分をアードラーだと認知させた、と考えるべきだろう。

 そこで考えられるのは、ビッチが使っている<魅了>の様な魔法……いや、そんな生易しいもんじゃ無い、精神干渉……闇属性魔法の可能性だ。


「王国の現国王が即位したのは何年前だっけ?」


 俺は側近の一人、フランに声を掛ける。コイツは外交関係が得意なやつで、世界情勢にも詳しい為とても重宝する人材だ。


「二十年前です」


 やはりか……偽アードラーが入れ変わった時期と丁度合致するな。

 通常、国王が崩御したとしても、すぐ新国王が即位する事は稀だ。最低でも一年は喪に服するからだ。

 なのに王国は戴冠式を執り行った、それは何故か。何かやむを得ない理由があったのだろうか。


 偽アードラーは、王国中の王族や貴族たちが集まる戴冠式で<精神操作>を行い、自分がエレメイ・アードラーだと言う情報をその場にいる人間全員に刷り込んだのだろう。

 そう考えれば、何故社交界で騒がれなかったのかの説明がつく。


 しかし、王族や貴族たち一部の上流階級のみとは言え、国中から集まるとなると、かなりの人数になるだろう。


「王国の戴冠式に詳しい者はいるか?」


「ある程度の流れなら知っています」


 帝国の戴冠式は独特の為参考にならないので、詳しい人間に教えて貰おうと思い声を掛けたら、ヴィートと言う執務官が知っていると言うので簡単に教えてもらう。


 王国の戴冠式は、王都近くのアルムストレイム教大神殿で行われる。

 これは王国の国教がアルムストレイム教である為だ。


 初めは大司教が至上神に祈りを捧げ、国王は宣誓した後、戴冠式の椅子に着く。

 大司教は、国王の額と胸、両手のてのひらに聖油を注ぐ。

 国王は紅の法衣をまとい、宝剣と王笏、王杖、指輪、手袋などを授けられ、大司教の手により王冠をかぶせられる。

 国王は椅子に戻り、列席の貴族たちの祝辞を受ける

 ……という流れらしい。


 この流れの中で偽アードラーが闇魔法を効率良く使う場面は何処だろうと考える。こういう時は自分ならどうするか、と考えれば案外わかりやすい。


 ……となれば、やはり祝辞の時だろうが……何かが引っかかる。


 俺が何か見落としがないか考えていると、イルマリが思い出すように話しだした。


「そう言えば二十年前って、まだ俺達は生まれて無いですけど、色々と事件が有った年ですよね」


「あー、そう言えばそうだよなあ……。波乱の年? みたいな?」


 イルマリの話にフランも同意する。


 ふーん。二十年前ねえ……。

 そう言えば何が有ったっけ? 俺はキョーミ無いことはすぐ忘れるタイプだしなー。こういうのは得意なやつが一人居れば良いのだ。


「フラン、参考までに二十年前のことをざっと教えてくれ」


「はい、俺でわかる範囲で良ければ」


 そう言ってフランが教えてくれた事によると──


 ナゼール王国の国王が暗殺された件から始まり、ベルマン国が深刻な干ばつに苦しんだり、ストランド共和国で疫病が蔓延したり、タリアン連邦で大地震が起こったり、法国の名誉を傷つけるような不正事件が発覚したりと、天災だけでなく人災も色々起こったらしい。


 その中で俺はふと、法国の不正事件が気になった。


「フラン、法国の不正事件とは何だ?」


「はい、アルムストレイム教は純血主義で、獣人や亜人を忌み嫌い、排斥していたことが有るのはご存知ですよね?」


「ああ、そのせいで優秀な人材が他国に流れ、法国が衰退する原因にもなった一因になったやつか」


「はい。今でこそ法国も純血主義を表に出さないようになり、差別も少なくなりましたが、裏では未だ多種族を迫害している者が居たそうです」


「復古主義の一派だな」


 復古主義とは、現在よりも過去の方が優れていると正統化し、その当時の状況に戻そうと言う考え方だ。

 要は獣人や亜人は「穢れし者」として滅ぼすべきと思っているのだろう。


「法国の諜報部に、容疑者から有益な情報を得る為に、専門の尋問官が配置されていたのですが、どうやらその人物が拷問紛いの事をしていたそうです。無実の亜人に冤罪を着せては拷問していた事が発覚し、各国……主に獣人国からはかなり批判されたとの事です」


「なるほどな……。それでその尋問官はどう処分されたんだ?」


「それが、法国からは該当の人物を処刑したと各国に通達が有ったそうなのですが、真偽は不明の様です。噂ではその尋問官は暗部として活動する特殊部隊の一員で、今も存命しているのではないかと言われています」


「拷問好きねぇ……そんな厄介な人間が何人も居たら物騒……ん……?」


 まさか──!?


 俺は一つの可能性に辿り着く。


 二十年前に処刑された諜報部所属の人物。

 ──二十年前に突然現れて貴族位を乗っ取った謎の人物。


 拷問好きだという残虐性。

 ──何人もの妻と死別し、その遺体が酷く損傷させられていた程の異常性癖。


 有益な情報を得る為の尋問専門の人物。

 ──精神操作をし、闇魔法で情報を引き出せる人物。


 暗部として活動する特殊部隊の一員。

 ──法国の闇を知り尽くした人物ならば、下手に処刑は出来ないだろう。

 だから別人として王国に潜り込ませたのだろうが……他にも何か理由がありそうだな。


「間違いない、エレメイ・アードラーを名乗る人物とその尋問官は同一人物だ」


 俺が断言した言葉の内容に、執務室の空気が凍りつく。


「それは……!! 本当ですか!?」


「殿下が断言したなら、信憑性は高いだろう」


「そんな人物がミアさんを狙っているなんて……!」


「殿下! 早く王国へ行く準備を!」


「ミアさんに何かあったら……王国が滅亡しますよ!」


 マリウス達のミアの身を案じる言葉に、俺も今すぐミアの元へ駆けつけたい衝動に駆られる。しかし──。


 俺は奥歯を噛み締めて自分の荒ぶった精神を鎮める。


「……まだ準備が不十分だ。今行くのはヤバイ」


 何とか絞り出した声は側近たちの耳にも届いたようで、慌ただしかった執務室も落ち着きを取り戻した。


「ハルも我慢を覚えたんですね」


 仮にも(仮じゃないけど)一国の皇子を、まるで「待て」が出来ない犬みたいに言うな!


「俺は何がミアにとって最善なのかを考えて、それを最優先しているからな」


「一応、帝国の皇子なんですから、自分の身も案じていただかないと困ります」


「そうですよ。殿下に何かあったらそれこそミアさんが悲しみます」


 ……ミアの泣き顔……それはそれで見てみたい気もするが……。


 思わず想像してしまった俺を側近たちがジトーッとした目で見ている。


「悪いか! 想像ぐらいさせろってんだ!」


「はいはい、想像はいくらでもして下さって結構ですが、それは今後の方針を決めてからでお願いします」


 ぐぬぬ……!


 マリウスめ生意気な! ビッチの事をまだ根に持っていやがるな!


 しかし、マリウスが言うことも尤もなので、今後の動きをどうするか考えないといけない。


「至急、ランベルト商会に連絡を取れ。会頭に宮殿まで来るように伝えろ」


「はい!」


 俺の伝令を伝えに、イルマリが執務室から出て行く。

 他の側近たちにも、残務の洗い出しや予定の確認をする様に指示を出す。


「……それで、何がヤバイんです?」


 マリウスに聞かれ、やはりこいつは俺の事を良く解っているな、と感心する。普通なら準備が出来ていないからヤバイと言ったと思うだろう。


「俺の勘では偽アードラーと法国はまだ繋がっている」


 マリウスから息を飲む気配がするが、俺は構わず話し続ける。


「偽アードラーがいくら強力な術士だとしても、何千人も洗脳できる程の魔力を持っているとは思えない。しかし、貴族一人ひとりに魔法を掛けるよりは、戴冠式の様な式典で情報の刷り込みを行うのが一番手っ取り早い。俺なら協力者を募るけどな」


「まさか、大司教が……?」


「脅されたか、報酬が良かったか……。どっちにしろ、法国の腐敗っぷりがよく解るな」


 もしかすると、ナゼール王国国王暗殺にも関係有るかもしれないな。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


何だか恋愛カテゴリから逸れてきてますが……このお話は恋愛なんですよー。


次のお話は

「65 懐かしいもの(ハル視点)」です。


ハル視点が続きますが、お付き合いくださいませ!


誤字修正しました!ご指摘感謝です!

どうぞよろしくお願いします!

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