67 守りたいもの(ディルク視点)

 僕がジュリアンのおかげでマリカへの気持ちを自覚した後、マリカが何者かに狙われるという事件が起きた。


 今回は本当に偶々、ミアさんのおかげで難を逃れたけれど、またいつ何時襲われるかわからない。


 僕からマリカを奪おうとした者に、言葉に表せないほどの怒りを覚えたが、皆んなのいる前で感情を顕にすると引かれそうなので、何とか平静を保つ努力をする。


「もしマリカが何時も通りあの部屋に居たかと思うと……恐ろしくて血の気が引く思いだよ」


 強がってそう言ったものの、血の気が引くどころではない。


 何か一つでも欠けていたら、今頃マリカは……。


 ミアさんも僕と同じ様な考えに至ったのか、身体が小刻みに震えている。

 そんなミアさんの手を、マリカがぎゅっと握って安心させるように声を掛けている姿を見て、僕は心の底からマリカが好きなんだと、改めて自覚する。


 辛い境遇にあっても、歪むこと無く真っ直ぐ生きてきた彼女が、やっと幸せになれると思っていたのに……。


 ──マリカの幸せを壊そうとするものを、僕は絶対に許さない。


 しかし、そうは思っても僕一人で出来る事は限られている。

 いっその事、マリカを連れて帝国へ戻ろうか……。


 以前から、王国で過ごすことに限界を感じていた。

 帝国で店を開かず、わざわざ王国で店を開店したのは、親父とランベルト商会と言う名前が及ぼす影響がそれ程でも無かったからだ。

 僕が帝国で店を出して成功させたとしても、正当な評価は得られなかっただろう。

 その点、まだ王国では「帝国の商会」ぐらいの認識しか無かったから、王国での商売はとてもやりやすかった。


 有り難いことに僕の店は人気を博し、王都一の人気店にまで上り詰める事が出来たのは人材に恵まれたのも大きかったと思う。

 その最たるものがマリカだ。


 当時の僕は、マリカがここまで才能豊かだと思いもしなかったので、その事は嬉しい誤算だったけれど。


 もうこの「コフレ・ア・ビジュー」は僕が居なくても十分やっていけるだろう。今まで店長の仕事を押し付けていた副店長も報われて然るべきだ。

 それにリクやアメリア、ジュリアン達だって居る。彼らにも運営を手伝ってもらえれば、もう心配することはないだろう。


 王都の店の運営などは副店長に任せっきりだったけど、僕だって買取カウンターで遊んでいた訳じゃない。

 ランベルト商会で取り扱う商品は全て僕が取り仕切っていたのだ。だからお金の流れなどの大筋は把握している。

 後は親父の業務や人脈、コネなどを上手く引き継げれば、僕が会頭に就任するだろう。

 その準備はもう出来ている。後はいつ行動に移すかだけだったから、このタイミングは丁度良い切っ掛けだったのかもしれない。


 しかし、このまま何も対策せずに帝国に戻るのも癪に障る。

 僕に喧嘩を売ってきた相手に、倍返しで報復し、後悔させてから帝国に戻りたい。


 ……どうやら僕は自分で思っていたより、余程性格が悪かったらしい。


 不浄なる闇のものである「穢れを纏う闇」に囚われれば、良くて廃人、最悪魂を未来永劫縛られて、輪廻の輪から外される。


 しかし相手が「穢れを纏う闇」ならば──「穢れを祓う光」がここにいる。


 不浄なる闇のものに唯一、対抗できる存在。それが聖属性を持つ人間だ。

 しかし聖属性の人間は、一生に一度逢えるかどうかと言われるぐらい希少な存在なのだ。

 そんな存在が今、ここに居る……そんな確率、刹那──いや、涅槃寂静より低いのではないだろうか。


 僕はこの状況に運命的なものを感じて仕方がない。

 目に見えない何かに導かれているような……大いなる意志を感じる。


 ──ならば、僕はその意志に従おう。それがマリカ達を救う道標だと言うのなら。


 その為に僕は、利用できるものは全て使うことにする。


「ミアさん、もう使うなと言っておいて申し訳ないんだけど、もう一度ここに<聖域>を掛けて貰って良いかな?」


「はい! わかりました!」


 純粋にマリカを心配してくれたミアさんは、これでもかと言うぐらい牢固たる結界を張ってくれた。


 まあ、うん……ミアさんのやる事だから、ある程度は予想してたけど……コレ、「火輪の恩恵を受ける聖域」だよね……。


「……うわぁ」


 思わず心の声が漏れてしまった。


「でも、これはこれで安心だね。お化けどころか悪魔や魔王でも侵入が難しそうだよ」


 研究棟が荒らされる心配が無くなったのは助かる。本当は店や寮にも結界を張りたいけれど、其処までしてしまうと法国に嗅ぎつけられてしまう。


「商会の従業員に『護符』を持たせるのは?」


「なるほど。それならまだ大丈夫かな」


 マリカが提案してくれた「護符」を作る案は、結果を言うと大正解だった。さすがマリカと言わざるを得ない。


 何故かお化けというものに過剰反応するミアさんのおかげで、立派な……いや、立派過ぎる「護符」が完成したのだ。


「もう驚かないつもりだったけど……! 今度は『聖眼石』か……!」


 正直、またすごいものを作ってくれるだろうと期待していたのは確かだ。だが、ここまでのものを、いとも簡単に作ってしまうミアさんに畏怖の念を抱く。


 もし彼女が本気を出した場合は一体何が出来てしまうのか……怖いもの見たさで一度見てみたいかも。


 そうして、大量の「聖眼石」が出来上がり、これをどう従業員に持たせるかなのだが、僕には考えがあった。


 それは紐を使った装飾技術でブレスレットを作る事だ。

 神聖な結び目や編み目というのは、祈りや願いが組み込まれた呪術として使われると聞いた事がある。

 古来より、紐を結んだことで出来る紋様を豊穣の祈りや魔除け、呪術具などに使用して来たことからも、その有効性は明確だ。


 ならば、この「聖眼石」を更に呪術的技法で結べば、効果は絶大なものになるだろう。


 実際ニコ爺もしばらく忙しい様子なので、紐で編んでいく事を皆んなが賛成してくれた。


 それぞれが思い思いに紐を編んで行く。

 こうして皆んなで同じ作業をしながら過ごす時間は、とても楽しくて得難い経験になった。


 ある時、僕はふと、マリカにブレスレットを贈りたくなった。


 今まではマリカが望むものをとばかり思っていたけれど、僕からマリカにものを贈りたいと思ったのは初めてかもしれない。


 微妙に違う色の石の中から、マリカに似合いそうな石を選び、編んでいく。時々装飾石を編み目の間に入れて編むと、女性らしく可愛いブレスレットになった。

 ちなみにちゃんと編み目に意味を持たせるのも忘れない。


「je te protègerai」──我は汝を守り給わん──と言う意味だ。


 いつこれを渡そうかと思っていると、マリカが僕の所へやって来て、ブレスレットを差し出してきた。


「ディルク、私が編んだブレスレットだけど付けてくれる?」


 二人して同じ事を考えていた事に嬉しくなる。

 マリカからの贈り物を僕が拒否する筈もなく。


「ありがとう、嬉しいよ。大切にするね。お礼というか交換になるけど、マリカには僕が編んだブレスレットをあげるよ。ちょっと他とは編み方を変えてみたんだ」


 まさか僕から貰えると思っていなかっただろうマリカは、余程驚いたのか、真っ赤な顔をして受け取ってくれた。

 そしてマリカはブレスレットを眺めると、珍しそうに指で編み目をなぞっている。


「嬉しい……絶対大切にする」


 そう言って微笑んだマリカは、花が咲いたように綺麗だった。

 僕は思わずその微笑みに見とれてしまう。


 ミアさんのおかげで、マリカは日々成長している。何か彼女にお礼をしてあげたいのだけれど……。


 チラッとミアさんを見ると、何やら真剣に紐を編んでいた。あれは多分、ハルにプレゼントするためのものだろう。


 ここで僕はふと思いついた。ミアさんのお守りをレオンハルト殿下に届けたらどうだろう……?


 本来であればすぐにでもミアさんの事をレオンハルト殿下に伝えるべきだったのだろう。しかし敢えてそれをしなかったのはミアさんの身の安全を第一に考えたからだ。


 ──恐らく、帝国の宮殿上層部には法国や魔導国の息がかかった人間がいる。しかもかなり殿下に近しい位置に、だ。


 ミアさんの能力に気付かないにしても、彼女は殿下の弱点とも言うべき存在だ。奴らが狙わない訳がない。

 親父が王国に来る時に同行する護衛達はかなり練度が高いから、ミアさんを帝国まで安全に届けてくれるだろう。

 それにランベルト商会の会頭に喧嘩を売る度胸がある人間はそう居ない。


 だから僕は親父が王国に来るタイミングに合わせて、ミアさんを帝国に連れて行こうと予定していたのだが……どうやら僕の予想以上の速さで事態は変化しているようだ。


 レオンハルト殿下はミアさんの魔力を知っているはず。ならば、彼女の魔力が籠もったものを届ければ、ここに彼女がいると気付くに違いない。


 ミアさんがハルの為に作っているブレスレットを取り上げるのは忍びないから、新しく作ってもらう事にしよう。


 そして後日、レオンハルト殿下の瞳の色に似た魔石を用意して、ミアさんに魔力を籠めてもらった。

 ミアさんに「ハルの為に作って」と言う訳にはいかないので、「守りたい人」に贈るつもりで作ってくれるようにお願いした。

 すると予想通り、ミアさんはハルのことを想って魔力を籠めたようだ。

 まあ、ハルを連想させるような魔石を用意したのはこの為だったけど、上手く行って良かった。

 

 まずはミアさんの化粧水でここに居ることを教えて、このブレスレットを見れば彼女の状況を理解して向こうから駆けつけてくれるかもしれない。


 今、狙われているのはマリカだけど、いつミアさんに矛先が向くかわからない。

 今回の敵には間違いなく魔導国が絡んでいる。

 ならばこんな商会ではとても太刀打ちできないだろうから、レオンハルト殿下の力を借りるしか無い。マリカも一緒に殿下の庇護下に入れて貰えれば万々歳だ。

 ……ついでに親父にも一肌脱いで貰おう。


 そして僕はミアさんの化粧水とブレスレットに手紙を添えて、帝国の本店に送り出したのだった。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ディルクさん色々動いていましたの巻。

でもまだ朴念仁なので、マリカのブレスレットの反応に対する感想がミア視点と違います。(笑)


次のお話は

「68 ぬりかべ令嬢、闇に襲われる。」です。


ここで一旦休憩入りまーす!結局ストックできなかった…(´;ω;`)

現在79話まで書けていますが、もうちょっと溜めたいので、次回更新までしばらくお待ち下さい。

更新の時は近況ノートで報告させていただきます。

どうぞよろしくお願いします!

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