108 ぬりかべ令嬢、理由を知る。
「──ミアが、自分から屋敷を出るまでは、ミアとは一切の関わりを持たないで、とね」
お父様の言葉を聞いて驚いた。
お母様はどうしてそんな事をお父様にお願いしたのだろう?
私の未来を壊さないために……?
「……そんな、どうして……そんな願いを……」
理由なんて、頭では何となくわかっているけれど、どうしても心が追いつかない。
だから、ちゃんとお父様から説明して欲しかった。
「ミアが一番幸せになる方法があるのなら、何を犠牲にしても叶えたかったんだよ……僕もリアも。大事な娘だからね。だからと言って、本当に関わりを断つ事が、ミアにとって最善の方法だったかどうか分からなくて……もしかすると違う方法も有ったかもしれない。けれど……」
きっと、お父様もお母様も、私の幸せを壊さない道をたくさん考えて、探してくれたのかもしれない。
「夢見では正確な日時はわからないんだ。だから何がきっかけで未来が変わるか予想できなくて、下手に関わるよりは一切の接触を断つ方が確実だからってね。だからリアが……泣いた顔なんて見せた事がないリアが、泣いて僕に謝る姿なんて見てしまうと……僕はもう『わかった』としか言えなかったんだ」
お母様は私にも最後のその瞬間まで涙を見せなかったのに……そんなお母様が涙を見せるなんて、この願いはお母様にとっても余程辛いお願いだったんだろう。
「せめてミアに、ずっと愛してると伝えられれば良かったけれど、それすら関わりになるのかと思うと言えなくて……。だから、ミアにはずっと辛い思いをさせてしまっていたのは分かっていたよ。けれど……ミアの幸せと、リアの願いを叶えるにはそうするしか、無力な僕には出来なかったんだ」
「もし、侯爵がミアを放置せずに守っていたら、未来に影響が在ったのでしょうか?」
「そうですね……僕が傍に居たらきっと、リアの分も甘やかしていたでしょうね。ミアの欲しいものや望みは何だって叶えていたかもしれません。実際、僕はミアを甘やかし過ぎだとよくリアに怒られていましたから」
お父様の言葉を聞いて想像してみる……望みは何でも……? ハルと一緒に居る事ぐらいしか望みがないや。でもそれは、放置されていたからこそ在った出逢いであって……。
それに私が五歳になるぐらいまで、お父様はよく絵本を読んでくれていたっけ。それより昔になると記憶が朧気だけど、いつも笑顔で優しかったお父様が、私は確かに大好きだった。
──そうか、もし私がお父様にずっと甘やかされていたら、ハルとは出逢えなかったんだ。
あの時、お義母様にお使いに出されたから、ハルと出逢えたんだし。
それに、もし別の形で出逢っていたとしても、きっとこんなにお互いの事を好きになっていなかったかもしれなくて……いや、そもそもハルと出逢えていなかっただろう。それぐらい帝国と王国とは関わりが薄いのだから。
「ミアの母君が『夢見』をしたのはいつ頃なのでしょうか? ミアがお腹の中にいる時からですか?」
考え事をしていたらハルが何かに気付いたのか、お父様に確認するように質問する。
「いえ、ミアが五歳になる辺りかと。その時に『夢見』だと自覚したようです。時々、夢が現実になる事があったらしいのですが、ずっと既視感かと思っていたそうです」
「……なるほど。大体の事は理解しました。七年前のあの時に、ミアと出逢っていなかったら、俺は死んでいたという事ですね」
「えっ!?」
ハルの言葉に驚いた。まさかハルが死んでいたなんて……!!
「ミア、あの時俺はね、もう後一時間も経たない間に死んでいたんだ。魔力は枯渇していたし、三日以上飲まず食わずだったからね。でもミアが俺を見つけてくれたから、俺は死なずに済んだんだ。だからミアは俺にとって……いや、帝国にとっても恩人なんだよ」
「そんな……!」
「そういう意味では、侯爵とミアの母君も俺にとっての恩人ですね」
ハルがお父様に感謝の気持ちを伝えているのを聞いて、そういう考え方も出来るのだと気が付いた。間接的にお父様とお母様はハルを助けてくれた事になるんだ。
もしハルが死んでしまっていたら、別の出逢いがどうとかそれ以前の問題になるものね。どうしたってハルとは出逢えないのだから。
「レオンハルト様……勿体無いお言葉です。でも……それでも僕は、ミアが一番苦しんでいる時に助けようとしなかった、薄情な人間なのですよ」
お父様はそう言って微笑んでいるけれど、それは無理矢理笑顔を貼り付けた様な表情だった。ずっと私の事で後悔していたのだろうか……お父様のそんな顔を見ていると、とても苦しそうな心の声が聞こえて来る気がする。
「……でも、時々私の様子を見に来てくれたり、お義母様達がやり過ぎないようにエルマーさんやデニスさんに言いつけてくれていたんでしょう? 直接では無いけど、間接的に私を守ろうとしてくれていたのは知ってます……!」
──そうだ、私が屋敷を出奔する前の晩に、屋敷の皆んなから教えて貰ったのだ。
『旦那様はいつもユーフェミア様の事を想っていらっしゃいましたよ』って。
確かにお母様が亡くなってからの七年間は辛かったけど、その辛さがあるから今の幸せがあるのなら──それはこれからの人生に必要な、通らないといけない道だったのだ、きっと。
だから何故私を放置したのか、その理由がわかった今は、お父様に対して恨む気持ちが無くなってしまった。自分でもお人好しで馬鹿だなあとは思うけれど。
──ただ、あの頃の私は、お父様から貰いたいものが一つだけあった。もしも今、それが欲しいと言ったら、お父様は叶えてくれるのだろうか。
「お父様の事情は分かりました。お母様のお願いを叶えるために……私のために我慢してくれていたのですよね? だからその事についてはもう、お父様を恨むつもりはありません。でも、だからと言って許す許さないは別の話です」
私の言葉に、お父様は複雑な表情をして頷いた。
「……ああ、わかっているよ。ミアが僕を許せない事は。恨むつもりはないと言って貰えただけでも、感謝しないとね」
お父様はそう言うと、口元に笑いの形を作り、悲しげに微笑んだ。
そんなお父様に構わず、私はソファから立ち上がり腕を組んで睨みながら、お父様に言い放った。
「だから、私が貰えなかった七年分の愛情に利子を付けて、その分これからいっぱい甘やかして貰います! そして私が充分満足したら──その時は許してあげます!!」
あの頃の私が欲しかったもの──それは、お父様からの愛情、ただそれだけ。
……うーん。ちょっと偉そうだったかな? 上から目線過ぎだったかも。でも、もう言ってしまったものは仕方がない! 一度出た言葉はもう戻らないのだ!
「え……」
そんな私の偉そうな態度に驚いたのか、お父様がぽかーんとしている。
ハルは私の横で笑いを堪えているのか、震える肩が目の端に映っているけれど。
「えっと……そんな事でいいのかい……? 僕にとってはご褒美以外の何物でも無いんだけど……」
お父様は自分にとって都合のいい事を私が言い出したものだから、逆に困っているようだ。
「お父様は、私の事を少しは愛してくれていた……?」
私はこのどさくさに紛れて、一番聞きたかった質問をする。
ずっとずっと聞きたかったのだ──お父様の本当の気持ちを。
そんな質問をした私に、お父様は勢いよく立ち上がると、私の傍までやって来て、まるで宝物を扱うかのように、優しく抱きしめてくれた。
「ミア……! もちろん愛してるよ! 少しなんてものじゃない、ミアは僕の最愛の娘だ! 本当は一緒に領地へ連れて行きたかった……! 出来る事なら僕の傍で、成長する君を見守りたかったんだ……! 君がリアに宿った時からずっと──今までもこれからも、ずっとずっと君の事を大事に想っているし、誰よりも何よりも君の幸せを願っているよ。君は僕とリアにとって一番大切な、愛しい娘なのだから!」
「お父様……!」
私はお父様の背中に手を回し、ぎゅっとお父様を抱きしめ返す。
朧気な記憶の中に、小さい頃こうしてお父様が抱きしめてくれた事を思い出す。
──確かに私は愛されていた。だけど、突然訪れた孤独に、小さかった私は愛されていた事を忘れる事で、心を守っていたのだろう。
でも、お父様の気持ちがわかった今、もう迷う必要も不安になる必要も無いのだ。
そしてこれから、失った日々を取り戻していこう──お父様と一緒に。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
☆や♡、フォローに感想、本当に有難うございますー!とても嬉しいですー!(語彙力)
初めから一気に読んで下さっている皆様、お疲れ様です!有難うございます!
次回は
「109 ぬりかべ令嬢、呪薬を知る。」です。
次回の更新は近況ノートかTwitterでお知らせします。
どうぞよろしくお願いいたします。
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