109 ぬりかべ令嬢、呪薬を知る。
私はお父様の本当の気持を聞いて、誰よりも両親に愛されていたんだと実感出来た。
お父様は私を抱きしめ頭を撫でてくれていたけれど、少し落ち着いたのか、少し体を離すと、私の顔を覗き込むように言った。
「ミア、君の義母達……ジュディとグリンダの事だけど、話を聞きたいかい?」
あ、そうだった! 今日お父様に会いに来た理由の一つがお義母様達の裁判の事だった!
お母様の過去話のインパクトが強かったのと、ダニエラの無事も確認できたから忘れかけてたや……。
「……はい。お話を聞かせて下さい」
お父様との抱擁を解いた私は再びソファーに座り直し、エルマーさんが淹れ直してくれたお茶を一口飲むと、気持ちがだいぶ落ち着いてきた。
気持ちが落ち着いてくると、今度は周りの事が気になってきて……。
そろ〜っとハルを見ると、とてもいい笑顔でこちらを見ていた。「うんうん、良かったな!!」と言う心の声が聞こえてきそうな笑顔だ。
そしてこの部屋に控えていたエルマーさんは……ハンカチで目頭を押さえていた。
……うわー! すっごく恥ずかしいっ!! 私は人前で何という事を……っ!
羞恥で悶える私とは反対に、お父様は涼しそうな顔をしてお茶を飲んでいる。……なんか悔しい! これが年の功なのね……!?
……でもお父様をよく見ると口元がニヨニヨしていて、完全に嬉しさを隠しきれていない。
──それは、いつも完璧に表情を作れるお父様にしては凄く珍しい事なのだと、エルマーさんが後からこっそり教えてくれた。
そうして、カップを置いたお父様が真面目な顔をして私を見る。さっきまでの父親の顔とは違い、今度は侯爵としての顔付きになっている。
「ミア、もう落ち着いたかな? 話の続きをさせて貰ってもいいかい?」
私も気持ちを切り替えて、姿勢を正してお父様に答える。
「はい、もう大丈夫です。お義母様達のお話をお聞かせ下さい」
私の言葉にお父様が「うん」と頷いて、裁判の内容をざっと教えてくれたけれど、その内容に私は驚愕する。
「……っ! お義母様が、お母様を殺した……?」
ダニエラや公文書偽造の事はハルから聞いていたけれど、まさか人を殺めていたなんて……!!
「法国に昔から伝わっている<呪薬>を飲んだリアは、幸せを感じると身体──特に心臓に痛みが走っていたみたいでね……とても辛そうで、見ていられなかったよ。リアもそんな姿を見られたくなかったんだろうね。僕に領地へ行けと、事ある毎に言っていたから」
そうだったんだ……だからお父様は、王都を不在がちだったんだ……。
……私の前では、お母様はいつも優しく微笑んでくれていたから……。まさか<呪薬>に身体を蝕まれていたなんて……全く気付かなかったよ……。
「ミアの前では痛みを堪えていたんだろうね。騎士団で培った経験がそれを可能にしていたんだろうけど」
騎士団員に怪我はつきものとは言うけれど、案の定お母様も毎日のように怪我をしていたらしい。将来有望でもあったお母様は、団長から良くしごかれたと言う。
でも、だからと言って痛みに平気な訳が無く、身体はどんどん衰弱していったそうだ。
──そんな身体なのに、お母様は私を厳しく教育してくれていたんだ……。
「あの頃、私がお母様から知識や教養を引き継いで行けば行くほど、衰弱していくような気がしていたのは……」
「それはきっと、ミアの成長がとても嬉しかったんだろうね。自分の子供が成長していく様は、親にとって幸せそのものだから」
……でも……結局、私がお母様の寿命を削ってた事に変わりは無いんだ……。お母様に喜んで貰いたくて頑張っても、それがかえってお母様を苦しめていたなんて……! そんな人を不幸にする<呪薬>が、まだこの世界に存在しているのだろうか。
「それでもリアが七年も生きていられたのは、ミアがお腹の中にいた頃から少しずつ<呪薬>を浄化してくれていたからだと、リアは言っていたよ。本来ならそんなに長生き出来る筈がないからね」
えっ! 私が!? お腹の中で、浄化を……!?
「まさか胎児が……!? では、ミアは生まれつき聖属性だったという事ですか? だったら、魔力測定で聖属性の判定が出なかった理由は? 胎児の時に<呪薬>を浄化した影響で、一時的に聖属性が弱まってしまったとか? もしくは──……」
ハルも私と同じ様に驚いていたけれど、お父様に詳しく話を聞きたいらしく、次々と質問している。
「まあまあ、レオンハルト様も落ち着いて下さい。リアの話では、レオンハルト様の推測通り、胎児の時の魔力の酷使で聖属性を失ったかもしれない、と」
お腹の中にいた私が母体の異常を感じ取り、無意識で浄化の力を使ったものの、身体も出来上がっていない不安定な状態だったから、聖属性の力を使い切ってしまったのだろう、との事だった。
「リアはミアが聖属性を失って安心したとも言っていましたよ。神殿にその事を知られるとミアを取り上げられてしまいますからね」
そう言えば、法国は聖属性の人間を探しているって言ってたっけ。
「法国はどうして聖属性の人間を探しているんだろう……?」
「あの国はやたらと秘匿しようとするからなぁ……俺も詳しくは知らないんだよな。今のミアも聖属性が失くなっている状態とは言え、いつ魔力が戻るかわからないから、法国に見つからないようにしないとな」
そうか、聖属性が使えないだけで、まだ失ったと決まった訳じゃないんだ!
「うん、気を付けるよ。神殿に行かなければいいのかな?」
神殿の近くや、神官に近づかなければいいのなら楽なんだけど。
「ミア、この国は国教がアルムストレイム教だからね。王宮には結構な頻度で法国の人間が出入りしているんだ。だからもし、王宮に行く事があるのなら重々気を付けるんだよ」
お父様の言うにはアルムストレイム教絡みの行事が意外と有るようで、何かと神官やら司祭がやって来るそうだ。しかし、それは国としてはとても良くない状態らしい。
「もしそれが本当なら、王国の内情は法国に筒抜けって事か……それは不味いな……」
国の情報が他国に流れているって事だよね。もし法国が敵対する国家だったら……あっという間に王国は失くなってしまうのでは……?
「現国王もそこを危惧していてね。今回のヴァシレフの件もあるし、王宮では法国に対する不信感が高まっているから、もしかすると改宗する可能性が有るだろうね」
国教を改宗するなんて……今回の事はそれだけ国にとって重要な問題なんだろうな……。
「あ、そう言えば、お母様がお世話になっていたウォーレン大司教様って、今も王都の神殿にいらっしゃるのですか?」
もし可能なのであれば、一度お会いしてみたいなあ。でも大司教なんて高位の人に会うのって難しそうだし。
私の質問にお父様は、少し悲しそうな顔をして、「もうウォーレン大司教はいらっしゃらないんだ」と教えてくれた。
私はてっきり、もう法国へ戻られたのかな、と思ったけど、実際はそうではなく。
「ウォーレン大司教はね、十八年前に亡くなられたんだよ。もうお歳だったというのもあるけれど、国王暗殺に巻き込まれた時の怪我が原因でね」
「──っ!!」
「あの事件の……!?」
お父様の口から出た物騒な言葉に驚いた。二十年前に当時の国王が暗殺されたという事はチラッと知っていたけれど……。でも他国の事なのにハルも知っていたんだ。流石……!
「たまたま国王と一緒に居たウォーレン大司教が巻き添えになってしまったと、当時はすごく騒がれていたけれど……本当はウォーレン大司教が狙いだったんじゃないか、と影では噂されていたんだよ」
「えぇ!? どうして大司教を暗殺する必要が!?」
お父様から聞いた話ではとても良い方で、暗殺されるような人じゃないのに。
「……まさか、ヴァシレフを告発した人間って……」
ハルが何かを思い出すかのように呟いた。ヴァシレフって、アードラー伯爵の本名だったっけ。
「レオンハルト様はよくご存知で。ええ、ウォーレン大司教がヴァシレフを告発した本人ですよ。彼は法国の古い体制や純血主義を憂いていましたから。それに高潔な精神の持ち主でしたし、正義感も強かったのでヴァシレフの行いが許せなかったのでしょう」
「しかしそのせいで法国は各国──特に獣王国から強く批判される事になってしまった、と。法国の一部の人間にとってはさぞや屈辱だったでしょうね」
「その通りです。法国の一部の者は『穢れし者』から高圧的な態度を取られてかなり憤慨していたらしく、下手をすると戦争の一歩手前だったとか」
ひえぇ! そんな大変な事になっていたの!?
でも結局戦争は回避できたんだよね。良かった……! と、その時の私はのんきに考えていたのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
☆や♡、フォローに感想、有難うございますー!本当に嬉しいですー!
伝われこの思い!+。:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚ァリガトゥ
初めから読んで下さっている皆様、お疲れ様です!( ´・ω・`)_且~~ イカガ?
次回は
「110 ぬりかべ令嬢、断罪を知る。」です。
次回でミアへの説明が終わり、この後は身辺整理や閑話を挟んで帝国行きへシフトしていくかと。
タイトル回収までもう少しです。と言っても130話辺りですが……(;´Д`)
次回の更新は近況ノートかTwitterでお知らせします。
どうぞよろしくお願いいたします。
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