110 ぬりかべ令嬢、断罪を知る。

 少し話が脱線してしまったので、改めてお義母様達の事を教えて貰った。


 お義母様は辺境の監獄へ収監される事になったらしい。死刑ではないものの、元貴族だった女性にはかなり過酷な環境に置かれるそうだ。


 そんなところへ行く事になるなんて……贅沢三昧だったお義母様には死刑より辛い罰なのでは……。思わずお義母様のこれからの事を心配しかけ、慌てて思考を切り替える。

 これは因果応報なのだ。人を殺すという事は、自分も同じ目に会うぐらいの覚悟と、罰を負わなければならないのだから。お義母様にそんな覚悟が有ったかどうかはわからないけれど。


 ──でも、お義母様は殺したいぐらいお母様の事を、本当に憎んでいたのだろうか……? そう言えば、お母様とお義母様ってどんな関係だったのかな?


「お父様、お母様が<呪薬>を食べるきっかけとなったお義母様のお見舞いですが、どうしてお母様は断らなかったのですか?」


 お母様を嫌っていたお義母様が、お見舞いに来たなんて碌な事にならないのは予想出来たはずなのに、どうして迎え入れるような事をしたのだろう……?


 私の質問にお父様は、その時の事を思い出しながら答えてくれた。


「当時のジュディはね、伯爵令嬢でありながら社交界の令嬢たちの最大派閥の中心人物だったんだ。昔から気は強かった様だけど……シュグネウス伯爵家の影響力が強かった時期だしね。だから突然社交界に現れたリアを『どこの馬の骨かわからない下賤の者』と言って毛嫌いしていたそうなんだけど」


 ……うわぁ。あのお義母様なら言いかねない。


「もちろん、リアは全く取り合わず飄々としていたけどね。それが却って気に食わなかったんだろうね、ジュディは夜会やお茶会で会う度に嫌味を言ってきたそうだよ。でも、ジュディは何時も正面から突っかかって来たらしくてね。他の令嬢は笑顔で擦り寄りながら失脚させるネタを探って来たり、陰口を叩いて悪い噂を流したりと陰湿だった分、内容はともかく正々堂々と挑んできたジュディのそういう気質に、リアは一目置いていたんだと思うよ。元騎士の気質なんだろうね」


 お母様はお義母様を嫌っていなかったんだ……。だから突然の訪問も受け入れたのね。


「結局、こんな結果になってしまったけれど、リアはジュディへの恨み言は一言も言わなかったよ。薄々犯人がジュディだと気づいていただろうに」


 お母様の「夢見」は自身の事はわからないけれど、私の未来を垣間見て、自分はもうあと少しで死ぬのだろうと予想したそうだ。


「リアはこれも自分の運命だから、と静かに受け入れていたよ」


 それからお母様は一切泣き言を言わず、残された時間を全て私のために使ってくれたそうだ。


 ──お母様……なんて気高くて、なんて強い人なんだろう……私もお母様みたいになれるかな……。


「お母様の事とお義母様の罪は分かりました。では、グリンダはどうしたのですか? ここに居るのですか?」


 お義母様が罪人になってしまったのだから、かなりショックだろうし、もしかして寝込んでいるのかも。

 そう思っていたら、ハルもお父様も何だか気まずそうな雰囲気に……あれー? 何だろう?


「あのね、ミア……グリンダは王族に<魅了>を使ったことで、罰を受ける事になってね、修道院へ行く事になったんだよ。本当なら厳罰が下るところを、マティアス殿下が恩情を下さったんだ」


「修道院……グリンダが……!?」


 以前マリカが言っていた事は本当だったんだ……! 珍しくマリカが断言していたっけ。

 でもマティアス殿下が恩情を……殿下は本気でグリンダが好きなんだよね?


「マティアス殿下がグリンダに恩情を与えて下さったと言う事は、<魅了>が解けてもなお、グリンダを想っているって事ですよね? グリンダも殿下を想っていたし、そんな二人を引き裂いてしまうなんて……!」


 お互い両思いなのに、離ればなれになるなんて……。確かに王族へ<魅了>等の魔法を行使すれば厳罰になるとは言え、何か回避方法は無かったのかな。

 きっとグリンダも殿下が好きすぎて<魅了>を使ったのかも。


 私の言葉にハルもお父様も相変わらず気まずそう。お父様はハルの方をチラチラ見ているし。


「……ミア、ビッ……グリンダ、は、確かに無自覚で<魅了>を使っていたけどな、両思いだからと言って無罪や軽罰には出来ないんだよ。下手すると王国の存亡に関わる事だしな。再発防止の意味もあるんだ。だからミアの気持ちも……まあ、分からなくは無い、けど……」


 何だかハルが言いにくそうだけど……そっか、また同じような事があったら駄目だものね。


「……そうだよね……個人間の話じゃないもんね。グリンダは可哀想だけど、仕方ないか……」


 そしてお義母様とグリンダは近いうちにそれぞれの収容場所へ移送されるらしい。もし許されるなら、最後に一目だけでも会えたらいいんだけど……無理かなあ。


 もう二人共居なくなるんだと思ったところで、私はふと気が付いた。


「そう言えば、お義母様もグリンダも居なくなるのなら、このお屋敷はしばらく主人不在になるのですか?」


 それともお父様がここに帰って来る事になるのかな?

 犯罪組織の一掃で領地の治安も安定したみたいだし、あり得るかも。


「……その事だけどね、僕は侯爵位を返上する事にしたんだよ。今回の一件はウォード家の人間が引き起こした事だからね。当主として責任を取ろうと思っているんだよ」


「……えぇっ!? 侯爵位を……!?」


 ──ああ、そうか。この屋敷に入った時の違和感はこれだったんだ。出奔前日に見た屋敷と雰囲気が違ったから、何かおかしいとは思っていたけれど。


「この屋敷を手放すのですか? だから、屋敷に有るものの整理を?」


「おや。ミアは目聡いなあ。そうだよ、僕はもうただの平民になるからね。そんな人間にこの屋敷は必要ないだろう?」


 えぇ……。お父様が平民……? すっごく似合わないと言うか……貴族の代名詞のようなお父様が……? 失礼かもしれないけど、大丈夫なのかな?


「正直、お父様が平民というのはもの凄く違和感があるのですが、お父様は大丈夫なのですか? かなり生活レベルが下がるのでしょう?」


 生まれてからずっと貴族生活を送っていた人間がいきなり平民生活出来るのかな?

 

「ははは。その点は大丈夫だよ。僕はこれでも冒険者をしていた事があるから、野宿だって平気だよ。爵位を継ぐために冒険者を引退したけれど、もう一度冒険者になってみるのもアリかなって。久しぶりに魔物退治をして、ストレス発散したいしね」


「冒険者!? お父様が!?」


 魔導国の冥闇魔法騎士団に居たぐらいだから、強いんだろうな、とは思っていたけれど! 意外と世間慣れしているみたいで驚いた。


「まあ、冒険者の件は追々考えるよ。趣味みたいなものだしね。取り敢えずはアールグレーン領に屋敷を用意しているから、使用人の希望者を募って皆んなでその屋敷に移住するつもりなんだ」


 もう屋敷を用意しているの!? 随分用意周到だなあ。これはもしかして……。


「お父様は随分前から爵位の返上を考えていたのですね?」


 私の問いかけにお父様は眉を八の字にして苦笑いしている。やっぱり!


「ははは。ミアには敵わないなあ。どっちにしろ、跡継ぎもいないし、養子を取るつもりもなかったし、いい加減自由に生きたいと思っていたからね。この件が終わるまではと我慢していたんだよ」


 お父様曰く、領地も安定してきており、後任の領主の選定と引き継ぎも済んでいるから、後は国王と元老院の許可が出れば晴れて平民になれるそうだ。

 ……平民になれると喜ぶ貴族も珍しいけれど……って、私も人の事言えないや。


「……じゃあ、私も平民に……」


 お父様が平民になるのだから、当然私も平民になるのよね。それは全く構わないと言うか、むしろその方がいいんだけど、そうなると問題が……。


 ──平民の私では、帝国の皇太子であるハルと釣り合わないよね?




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


☆や♡、フォローに感想、有難うございますー!感謝感激でございます!

近況ノートにも書きましたが、おかげさまでお星様が憧れの1,000個になりました!(∩´∀`)∩ワーイ

お星様をくださった皆様、本当に有難うございます!

これからも楽しんでいただけるよう更新頑張りますので、今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。タイトル回収してないし……(自虐的)


ちなみに説明回?おさらい?みたいなのは今回で終わりです。


次のお話は

「111 ぬりかべ令嬢、将来に悩む。」です。


意外なところから二人の仲を引き裂く事案が発生!二人は愛を貫くことが出来るのか!?そんな中、ミアが提案した事とは……?みたいな。(一部嘘です)


次回の更新は近況ノートかTwitterでお知らせします。

どうぞよろしくお願いいたします。

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