29 ランベルト商会緊急「裏」会議

 ディルクがミアに用事を頼み、わざわざ研究棟から席を外してもらったのは先程の会議で発覚したアレコレな情報を、一旦整理したかったと言う全員の意思があったからだ。


 そして全員で会議室に戻ると、誰からともなくため息が漏れる。


「「「「はぁ〜……」」」」」


 一息ついて落ち着いたニコ爺とリクがディルクを問い詰める。


「オイ、ディル坊! 一体どういうことじゃ? 何故ミアちゃんが皇環を持っとるんじゃ!?」


「あ〜、やっぱりアレ皇環だったんだ〜。も〜先に言ってよね〜」


「いやいや! 僕もそこまでは知らなかったよ!! ミアさんから聞いた話ではレオンハルト殿下と関わりがありそうだな、とは思ってたけど!」


「ミアちゃんはあの指輪を皇環じゃと知っとる……訳無いわな。きっと訳も分からんと大事に持っとったんじゃろうなあ……」


「七年間も良く無くさなかったね〜」


「それだけ大切にしていたんだろうな。それこそ肌身離さず」


 ミアがハルとの思い出をどれだけ拠り所にしていたのか痛感し、全員がしんみりとしてしまう。


「ニコ爺、あの皇環を作ったのって……」


「うむ。ワシの兄じゃな。筆頭皇室金銀細工師じゃからの。あの皇環は兄が作ったものじゃわい」


「ニコ爺、お兄さんいたんだね〜」


「そういや、もう随分会っとらんのう」


 ニコ爺とリクが会話する中、ずっと黙り込んでいるマリカが気になったディルクは彼女に声を掛けた。


「マリカはどうしたの? 皇環を見てびっくりした?」


 マリカがこくりと頷いた。しかし目がキョロキョロしている。これはマリカが何かを言いたい時の癖だ。


「何か言いたい事が有るの? マリカは皇環を見て何か気付いたとか?」


 マリカが再び頷いた後、ポツリと呟く。


「鑑定した?」


 普通なら「何を?」となるところだが、ディルクはマリカとの付き合いも長いためすぐ理解できる。どうやら「ディルクは皇環を鑑定したの?」と聞きたいらしい。


「ううん。鑑定する余裕なかったよ」


「そう……」


「それでマリカは何を“視た”の?」


 ディルクに聞かれ少し躊躇した様子だったマリカだが、ディルクを真っ直ぐ見つめると意を決した様に口を開いた。


「月輝石じゃない」


「は?」


 マリカの言葉に、ニコ爺とリクも注目する。


「変質? 変遷……? してる」


「「「?」」」


 さすがに意味がわからなかったディルク達がマリカの言葉をまとめた結果──月輝石で作られた皇環が、ミアの魔力を長い間浴び続けた結果、別のものに変化したらしい……という事だった。


「……え。別のものって何……?」


「何じゃ何じゃ! そんなの聞いた事ないわい!!」


「何になったの〜?」


 この研究棟にいる人間はかなりの知識を有する各々の得意分野の専門家たちだ。しかし、そんな彼らでもこれまで月輝石の性質が変化したと言う話は聞いたことがない。


 月輝石の名前の由来は、月の光に翳すと青白い光を発する事から付けられており、見た目は月によく似た銀色に近い白金色をしている。原石だけで金の値段の20倍の価値があるが、加工したものの価値は更に高い。

 主な採掘国である帝国でも、稀にしか採掘され無いという希少な鉱物なのだ。

 月輝石は鉱物の中で最も安定した性質と最も高い硬度を持つ石だと言われている。そのため加工はかなり難しく、その加工技術は帝国皇室の最高機密の一つとされている。


「……多分、天輝石」


 更なる衝撃が会議室を包む。それはミアが皇環を持っていたと知った時より遥かに驚愕する事実だからだ。


「ちょっと待って! 天輝石って……伝説やお伽噺に出てくる幻の石と言われる、あの──!?」


「何と!! 実在しとったのか!?」


「ほえ〜」


 勿論、幻とされているので本来なら誰も目にした事が無いのだろう。だが、古くから存在する国の中枢……一部の限られた人間にしか知らされていない秘密の場所の奥深くに、究極の力を持つ秘石が厳重に保管されている……と言う話が、かなり昔からずっと廃れる事なく、まことしやかに噂されている。


 法国に於いては「神霊聖石」

 魔導国に於いては「賢者の石」


 ──そしてバルドゥル帝国では「天輝石」──


 それぞれ名前は違うものの、伝承されているその性質や外見は一致しており、研究家・専門家達によると同一のものだろうと認識されている。


 これらの石は真理を追究するものには神の叡智を、永遠を求めるものには不老不死を、力を欲するものには無限の魔力を与えるという。


「……でも、ミアさんが皇環を持っている時点で、帝国の庇護下に有るってことだよね……?」


「そうじゃのう。皇環がある限りは法国も魔導国も手出しは出来んじゃろ」


「帝国の庇護下に有る人間を拉致するのは帝国への宣戦布告だしね〜」


 皇環を持つ人間は帝国の皇位継承権を持つと同義。もしくはそれと同等の存在として守護される事になる。


「万が一、これらのことが外に漏れたりしたら、世界情勢が大きく変わってしまうだろうな……ミアさんへの脅しが現実になってしまう」


 この世界には大小様々な国や部族が存在しており、その中でも有数の巨大国家が帝国、法国、魔導国、連邦国、共和国の五カ国だ。特に帝国、法国、魔導国はその中でも三大国と言われており、世界全体に大きな影響力を及ぼす国力を持っている。


 しかし帝国が三大国に数えられるようになったのはここ数百年の事だ。以前は法国と魔導国が二大国と言われていた。その二国は相反する思想を持つものの、国力や影響力はほぼ互角で、ある意味均衡が取れていたのだが、帝国の台頭により二国はかなり国力を落とすことになった。


 その原因は五百年程前、この世界では類を見ない黒髪黒目の異世界人が、突如この世界に現れたからだ。

 その異世界人──後に帝国を興した始祖と呼ばれるその人間は、当時法国から迫害を受けていた少数民族や部族が集まる小さい国々を保護し、生活水準を引き上げ、更に足並みがバラバラだった少数民族や部族をまとめ上げて今の帝国の基礎を作り上るという偉業を成し遂げた。

 そして帝国を世界有数の大国にまで押し上げた始祖は「天帝」として帝国中の人々に愛され、尊敬され続けていたのがいつの間にか神格化し、帝国を守護する神として信仰されるようになった。

 帝国の守護神である「天帝」の血を受け継ぐ皇族も「天帝」の意思を引き継ぎ、帝国の発展に尽力している為、代々の皇帝は「現人神」として帝国中の人間に敬われている。


 帝国が台頭するまではほぼ全ての国に対し、信仰を笠に着て威光を振り翳していた法国だったが、純血主義を名目に冷遇していた亜人や獣人達が帝国へ流れて行った結果、優秀な能力や技術を持つ者たちまで失うことになった。

 その上アルムストレイム教を信仰しない国が力を増した為、発言力や国家的地位が低下してしまい、未だ法国の上層部には帝国を逆恨みしている者が多い。


 そして魔導国は、魔法を研究して得た先進技術で世界の経済や市場に影響を与え、その技術革新が人々の暮らしに大きく貢献していたのだが、いつの間にかその地位に甘んじ、驕り高ぶるようになってしまった。

 そして自国の技術提供を笠に着て相手国へ不利な条件を突きつけたり、横暴な振舞いをするようになった結果、他の国々──特に連合国や小国など国力の低い国に忌避される事になる。

 魔導国と不利な条約を結ばざるを得なくなった連合国の危機を救ったのが帝国だ。帝国の始祖は、今までの常識を覆すような発明を次々と生み出し、しかもその技術を利用した魔道具を安価で発売したこともあり、世界的に魔導国の独占状態にあった魔道具市場を一気に破壊してしまったのだ。その為、魔導国は影響力を大きく失うことになる。


 帝国によって国力を削ぎ落とされた法国と魔導国が、再び世界の覇権を手にするには聖女や大魔導師と言った象徴が必要不可欠。しかもミアは「神霊聖石」や「賢者の石」を作り出せる存在だ。

 そんな奇跡の様な存在を知れば、法国と魔導国は血眼になってミアを追い求め、喉から手が出るほど欲するだろう──たとえミアが「皇環」を持っていたとしても──


「しばらくはミアさんをこのままランベルト商会で保護し続け、親父…‥会頭が王国へ来たタイミングで帝都に送り届けようと思う」


「それが一番じゃろうなあ。会頭は皇族と交流がある。帝国に着きさえすればミアちゃんを宮殿奥深くで守ってくれるじゃろて」


「じゃあ〜、それまでは何としてもミアさんを守らないとだね〜」


 ただでさえランベルト商会は、常に同業他社から注目・警戒されており、有益な情報を盗み取ろうと企む輩が後を絶たない。今後ミアの作った化粧水を発売すれば、ミアとの関わりをどこからか嗅ぎ付けられるかも知れない。

 ミアの容姿はとにかく目立つ。たとえずっとこの研究棟や寮に籠もっていたとしても、人の出入りは無いわけではないし、どこで見つかってしまうかわからない。


「ミアさんを目立たないようにするにはどうしたら良いんだろう? ずっと帽子も可哀そうだし」


「あのめんこい顔が隠れるのは勿体無いのう」


「何だかキラキラしてるもんね〜」


「私が作る」


「「「……ん?」」」


「私が魔道具を作る」


 マリカは魔導国の国立魔道研究院から何度も招聘されている。一度も応じた事は無いが。そんな天才のマリカがヤル気を出している……。


 ニコ爺とリクが珍しいものを見たと言う様な顔をしている中、ディルクは初めて人の為に自分から行動しようとするマリカの様子に、眩しいものを見る様に目を細め、満足そうに微笑んだ。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


マリカさん覚醒です。


次のお話は

「30 ぬりかべ令嬢、変身する。」です。

マリカはミアを改造し、世界征服を企む。

果たしてハルは世界とミア、どちらを選ぶのか!?なお話です。(嘘予告)


どうぞよろしくお願いします。

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