30 ぬりかべ令嬢、変身する。
昨日はディルクさん達にたくさん説明して貰っただけで一日が終わってしまい、ほとんど働いていないので、今日こそ頑張って働くぞ! と気合を入れる。
やっぱり今日も朝早く起きてしまったので、厨房のお手伝いをする事にした。昨日お手伝いしたのがきっかけで厨房の人たちとすっかり仲良くなれたのだ。
「おはようございます」
「おや、おはよう、ミアちゃん! 今日も早いねぇ」
エーファさん達に挨拶をしていたら、フーゴさんがひょっこり顔を出した。
「そーいや、ミアは研究棟へ行くんだよな? 悪いけど、研究棟の連中にメシ持って行ってくれないか?」
「それは全然大丈夫ですけど……。マリカさん達はもう研究棟にいったのですか?」
そんなに早く働かないといけない様な急ぎの仕事があるのかな? と思っていたら、フーゴさんが「違う違う」と手を振った。
「あいつら昨日からずっと研究棟に篭ってんだよ。まあ、いつもの事だけどよ」
昨日から……? そう言えばここ食堂でマリカさん達を見ていないことに気がついた。単に時間が合わなかったのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。リクさんも昨日は研究棟で寝ていたっけ。
皆んなの朝ごはんを持って研究棟へ向かう。フーゴさんに頼んで私に皆んなの分を作らせて貰ったのだ。
研究棟の扉を開けると、ドアベルの音が研究棟に響き渡る。
「おお……天使じゃ……! 遂にワシにもお迎えが来てもうたか……!?」
「う〜ん……お花畑が〜……」
「……(スヤァ)」
扉を開けたら死屍累々の様子だった。……うわぁ。皆んな大丈夫かな?
皆んなを起こすべきかどうか悩んでいたら奥の部屋からディルクさんが顔を出した。ディルクさんもここに泊まっていたらしい。
「おはよう、ミアさん。朝食届けてくれたの? どうもありがとう」
「あ、おはようございます! あの、皆さんはどうされたんですか? お急ぎのお仕事ですか?」
皆んなの様子におっかなびっくりしている私にディルクさんが「うーん」と悩んだ素振りを見せる。
「その理由は僕の口からはちょっと……。とりあえず皆んなを起こしてあげようか」
「理由は皆んなを起こしてから直接聞いてごらん」と言われ、声をかけようとしたらディルクさんが思い出したように言った。
「そうそう、ミアさんの水魔法で出した水を皆んなに飲ませてあげたらどうかな?」
「なるほど、そうですね! わかりました!」
私が出す水はポーションの役割があるって言ってたものね。水で良ければいくらでも出しちゃう!
私は持ってきたコップに水魔法で出した水をなみなみと注いだ。
「ディルクさんもお疲れ様です。これどうぞ!」
ディルクさんにコップを渡すと、「ありがとう!」と言って受け取り、コップの水をまじまじと見つめている。鑑定かな?
「……うわぁ。これはすごいな……ギリギリ上級か……下手すると最上級って……」
何やらコップを見てブツブツと呟いている。……皆んなに飲ませて大丈夫かな? と心配しているとディルクさんが水をごくごくと飲み干した後、身体がほんのりと光を発した。
ええ!? ハルの時は光らなかったのに!
「……さすが聖水並の効果だね。身体の疲れどころか魔力も全回復しているよ」
「良かった! じゃあ、皆さんに飲ませて大丈夫ですね!」
早速私とディルクさんは、手分けして皆んなに水を飲ませていった。
「おお! なんじゃこれは……! 腰痛が治っとる! しかも体中に力が漲ってるぞい!」
「体の疲れと眠気がスッキリしてるよ〜!」
「肌ツヤ髪サラ」
皆んなが水を飲んだ途端身体がほんのりと光る。元気に起きだしたので安心したけど、どうして光るようになったんだろう……。
不思議に思った私はマリカさんに聞いてみる事にした。
マリカさんが宝石のような紅い瞳で私をじっと”視て”くれたところによると、どうやら私が自覚した事とストレスが無くなった事により、魔力の循環がスムーズになって魔法の効果が上がっているらしい。
……確かに、お義母様達から解放されたし、昨日の話で気持ちの整理ができて今後の方針もまとまったから、精神的にかなり安定したのだろう。
気持ちの持ちようでこうも変わるとは、精神と魔力は密接な関係があるのね。
「ミアさんが朝食を持って来てくれているから、とりあえず食べながら話そうか」
部屋の中は色々物が散乱していたので、昨日に引き続き会議室に移動することになった。
「今日の朝食は私が作らせてもらったんです……お口に合えば良いんですけど」
私はバスケットの中から朝食を取り出して並べていった。デニスさん直伝のサンドイッチと野菜たっぷりミネストローネだ。
サンドイッチの中の具はモッツァレラチーズと、グリルドベジタブルにルッコラ。グリルドベジタブルはトマト・ナス・ズッキーニ・パプリカをそれぞれサンドしているから、色んな種類が楽しめる。
それ以外にもレタス、トマト、クリスピーベーコン、グリルチキン、半熟フライドエッグをカリカリに焼いたトーストにぎっしり詰めたボリューム満点のサンドイッチも。
「これは美味しいね。トーストを薄めに焼いてサンドしているから食べやすいよ」
「うわ〜!美味しいねえ〜! グリルされた野菜が甘〜い」
「おお……! 何と美味い……! これ全てミアちゃんが作ったのか?」
「美味」
「はい、お屋敷の料理長に教えてもらいました。デニスさんっていうんですけど、凄く腕が良いんです」
ここの食堂のお料理も美味しいけれど、またデニスさんの作ってくれたお料理食べたいなあ。私にとっては故郷の味だし。
「デニス……? もしかして最年少の王宮総料理長に抜擢されたけど辞退したって言う、あの……?」
ディルクさんがデニスさんを知っていたのには驚いた。
……って、ええ!? デニスさんってそんなにすごい人なの!?
「一時期噂になっていたからね。今の主人に一生仕えるからと言って王宮総料理長の座を蹴った義理堅い男だとか何とか。見た目も良かったからね、女性に人気だったよ」
お父様に一生仕えるなんて……。私の知らない事情があったのね、きっと。
デニスさんがお義母様に意見出来たのもこれが理由かしら?
そして残るかな、と思いつつ多めに作ってきたサンドイッチはぺろりと完食。喜んでもらえて良かった!
お腹も満たされ、落ち着いたところで皆んなが何をしていたのか教えてもらう事に。
「昨日、ミアさんがここから出た後、皆んなでどうやってミアさんを守れるか相談したんだ」
え!? あの後、まだ皆んなここで相談していたの? 私のために?
「相談している時にマリカが魔道具作るって言い出してね。皆んなで協力して作ったんだ」
「もうミアちゃんはワシらの大事な仲間じゃろ。仲間を守るためなんだから当たり前じゃわい」
「僕も微力ながらお手伝いしたんだよ〜」
まだ一日しか経っていないのに、私を受け入れて仲間だと言ってくれる。そんな皆んなの優しさと思いやりが嬉しくて涙腺が緩んでしまう。
「……ほら、マリカ」
ディルクさんがマリカさんを促すと、マリカさんがおずおずと箱を差し出してきた。私がそっと受け取ると「開けて」と恥ずかしそうに呟いた。あああ! 可愛い!
渡された箱を開けると、アンティークゴールドの台座にキラキラ輝く石が装飾されている髪飾りが入っていた。クリスタルの可愛いお花がアクセントになっていて、とっても素敵!!
「わぁ……! とっても可愛い……!!」
「それをつけると色が変わる」
あまりの可愛さに感動している私にマリカさんが教えてくれたんだけど……色って? もしかして髪の色!?
「つけてみて」
マリカさんに言われて「は、はい!」と慌てて結い上げていた髪につけてみる。すると周りから「おおー!」と歓声が。
「成功じゃな!」
「よく似合ってるよ、ミアさん」
「スゴく可愛い〜」
一体どうなっているのかわからない私にマリカさんが鏡を渡してくれた。ドキドキしながら鏡を覗いてみると、そこには茶色い髪になった私の姿が。
「わあ! すごい! 本当に髪の色が変わってる!」
私の髪の色は無駄に目立つ銀色から、よく見かける茶色へと変化していた。
「髪の色が違うだけでも随分印象が変わるからね。ぱっと見てミアさんと気付くのはそうそういないかもね」
「はい! すごいです! 私じゃないみたいです!」
はしゃぐ私の姿を皆んなが優しい眼差しで見つめている。私は姿勢を正し、深々と頭を下げてお礼を言った。
「本当にありがとうございます……! すごく嬉しいです! 大事に使わせて貰います!」
「ほっほっほ。喜んでもらって良かったわい。ミアちゃんにプレゼントできてワシも満足じゃわい」
「ニコ爺よかったね~」
皆んなの話を聞くと、髪飾りの材料をディルクさんが用意し、台座部分の装飾をニコお爺ちゃんとリクさんが、髪飾りにはめ込む魔石に術式を書き込んだのがマリカさん……らしい。
特に魔石の術式はマリカさん考案の、新しく画期的な術式らしい。マリカさん曰く、グリンダの光魔法の話を聞いて応用したのだそう。マリカさんすごい! 天才!
「しかし、まだ髪の色だけじゃ足りんのう」
「美貌が垂れ流し〜」
「勿体無いけど、ミアさんの顔を変えないとダメかな。アメリアのところへ行こうか」
え? アメリアさん?
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
ちなみにマリカが作った魔道具は、ハルが使った帝国皇室の禁秘魔法を魔道具化したものです。
次のお話は
「31 ぬりかべ令嬢、普通になる。」です。
死闘を繰り広げていたハルとミアの戦い、遂に決着!!
ミアは果たして普通の女の子に戻れるのか!? 次回、感動の最終回!!……なお話です。(嘘予告)
どうぞよろしくお願いします。
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