31 ぬりかべ令嬢、普通になる。
ディルクさんに連れられ、髪飾りをつけたままの私は、研究棟からアメリアさんのいるお店へとやって来た。アメリアさんと約束した化粧水を持っていくのを忘れない。
アメリアさんへ渡す化粧水は、実際販売できるぐらいに濃度を薄めて調整したものだ。それでも十分効果が有るらしい。これでアメリアさんが気に入ってくれたらすぐにでも販売するそうだ。
アメリアさんのところへはディルクさんと一緒にマリカさんもついてきた。トコトコ歩く姿がとても可愛い。
「あら! おはよう! 三人で来るなんて珍しいわね」
「おはようございます!」
「(ペコリ)」
「おはよう。アメリア、忙しいところ悪いんだけど、君の力を貸してくれないかな?」
「あらあら、ディルクが頼み事なんて珍しいわね。もちろん、私でお役に立てるなら喜んでお手伝いさせていただくわ」
そしてディルクさんがアメリアさんに事情を説明し、アメリアさんが楽しそうに話を聞いている。
「……なるほどね。ミアちゃんにメイクをして別人のようにすれば良いのね? なにそれ楽しそう! 腕がなるわ!」
ウキウキとしたアメリアさんに、私とマリカさんは奥の方へと連れて来られた。そして私はメイク道具がズラッと並んだ化粧台の前に座らされた。何をするのかドキドキだ。
ちなみにディルクさんは買取カウンターで待つことに。
「ふふ、そんな不安そうにしなくても大丈夫よ。ミアちゃんは……そうねえ。大人っぽい雰囲気をしているから、逆に童顔にしたらどうかしら?」
「そ、そうですか? よくわからないのでおまかせします!」
そうしてアメリアさんと会話しながらメイクしてもらった。
「ミアちゃんの肌とても綺麗ねぇ。本来ならメイク前に肌を整える必要があるけど……どうやら不要みたいね」
アメリアさんは羨ましそうに言いながら、下地にパウダーで仕上げていく。本来ならファンデーションも使うらしいけど、これも不要だったみたい。ちなみにいつも私が使われていた白粉は、今はファンデーションと呼ぶらしい。正確には別のものらしいけど……。自分でメイクしたことがないから未知の世界。
それからアイブロウはふんわりが良くてパウダーアイブロウを使って色は髪色を基準に茶色にして……何だか訳わからなくなって来た。
でもまだまだ続くらしくアイシャドウのカラーは肌なじみのいいピンクブラウン系……? アイライナーで目元をたれ気味? おお……! みるみるうちに顔が変わっていく!
そして完成したのは茶色の髪のあどけない顔をした女の子。
「よし! こんなものかな。良い出来! 自分でも出来るようになるべく簡単な方法でメイクしたから覚えやすいと思うわ」
アメリアさんはそう言って、これから自分でメイクする時の注意点とおすすめメイク道具を教えてくれた。
ずっと側で見ていたマリカさんも興味津々の様だ。アメリアさんがメイクしてくれるって言ってくれたけど、まだ早いからとふるふると首を振って断っていた。
おめかししたマリカさん、見たかった……可愛いだろうなあ。
それからアメリアさんにお礼を言った後、私が作った化粧水を渡したらとても喜んでくれた。早速今日から使ってくれるらしい。嬉しい!
マリカさんと買取カウンターに居るディルクさんのところへ行って、メイクを見てもらう。
「わあ! 随分印象が変わったね! 敢えて幼いメイクで攻めて来るとは……さすがアメリアだね。 うん、可愛い可愛い」
良かった! オッケーが出た!
「ん? マリカはメイクして貰わなかったんだね。まあ、そのままでも十分可愛いけど」
ディルクさんはマリカさんの頭をよしよしと撫でている。マリカさん、すごく嬉しそう。この二人ホントに仲が良いなあ。その光景にほっこりする。
「じゃあ次は服かな。そのメイクに似合う服をジュリアンに選んで貰おう」
次は服か……。うーん、確かに顔と服がアンバランスかも。こうなったらトコトンやってやるー!
先程と同じ様に三人で服のフロアーへ行き、ジュリアンさんに私の服を見繕ってくれるようにお願いした。
「え!? ミアさんなん? すごいやん! 別人やん! あ、マリカや。相変わらずちっこいなぁ」
相変わらず見た目と訛りのギャップがすごい。
ジュリアンさんにちっこいと言われたマリカさんはジュリアンさんをポカポカ殴っているけど、ジュリアンさんは全然平気そう。仲が良さそうなのは同じ時期にこのお店に来たかららしい。同期のよしみ? とか何とか。
ジュリアンさんも髪の色とメイクに驚いてくれたので今の所変身は大成功のようだ。
「今のミアさんに似合う服をいくつか見繕ってくれる?」
「ほな、あまりお洒落やのうて普通な感じにした方がええな。あんま目立たちとうないやろ?」
ジュリアンさんが陳列している棚からワンピースを取り出して見せてくれた。クラシカルなチェックの生地でできたリボンワンピースだ。落ち着いた色合いがすごく私好み。
「このワンピースは固うない着心地のええ生地で作ってるから動きやすいし、ウエストにベルト付けたらシルエットが綺麗に見えるんやで」
胸元には小ぶりなリボンが付いていて、シンプルながらとても可愛い。
「そのワンピースにこのペチコート合わせたら裾にボリューム出るし、レースがええ感じに見えるんや」
三段ティアードの刺繍レースがふんわりとしていてとっても素敵。どのワンピースやスカートにも合わせることが出来る優れものらしい。
ジュリアンさんはその後いくつかのワンピースやスカート、ブラウスなどを見繕ってくれた。
「マリカも服欲しくなったらいつでも来ーや。選んだるから」
ジュリアンさんの言葉にマリカさんがこくりと頷いた。マリカさんはどうやらこのお店の従業員の間でマスコットキャラ的な存在のようだ。
ジュリアンさんにお礼を言って、お店から寮の自分の部屋に戻る。荷物をさっと整理してから新しい服に着替えた。
ディルクさんとマリカさんが先に研究棟へ戻って待ってくれているので、ちょっと緊張しつつ研究棟に向かう。
ドアを開けて中に入ると、研究棟のメンバー以外にアメリアさんとジュリアンさんもいた。変身した私が見たくて仕方なかったらしいけど……うわ~恥ずかしい!!
「ほらほら、恥ずかしがらずにこっちに来て見せて!」
ドアから離れない私を見かねたアメリアさんに手を取られて中に連れ込まれてしまった。「ほら! 背筋伸ばして!」と姿勢を正される。
「やだ可愛い〜!! ちょっと良いところのお嬢さんって感じね!」
「おお、おお……! まるで別人のようじゃ〜! こっちのミアちゃんもめんこいのう……!」
「ずいぶん雰囲気が柔らかくなったよ〜」
「以前のミアさんは凛とした雰囲気だったからね。今はふわっとして可愛いよ。ジュリアンが見繕った服ともよく合ってる」
「せやろ? もっと褒めてええんやで? 崇め奉ってええんやで?」
「可愛い」
皆んなからたくさん褒められてとても恥ずかしいけど、それ以上にすごく嬉しい!
「とりあえずこれで一安心かな。やっと化粧水を作ってもらえるよ」
今回の件でディルクさんにも随分迷惑をかけてしまった。これから一生懸命恩返しをしなければ!!
「はい! たくさん化粧水を作って作って作りまくります!」
「ははは。程々で良いからね。無理はだめだよ?」
「気をつけます!!」
ディルクさんから無茶をしないように釘を刺されたけれど、見た目が変わって安心した反動か、とにかくその時の私のやる気は天元突破のうなぎのぼりの滝のぼりだった。マリアンヌ曰くテンションアゲアゲ状態だったのだろう。
……結果、化粧水を作りすぎてしまった……しかも高品質。
研究室の真ん中には樽いっぱいの化粧水がキラキラと光を帯びて鎮座している。
「「「「……」」」」
皆んなは絶句していた。それもそうか。この量を一時間ほどで作ってしまったのだから。
「……ま、まあ、これだけ有ればしばらくは在庫は持つから……」
ディルクさんが喜んで良いのかどうかわからなさそうな複雑な顔で呟いた……うぅ、ごめんなさい!!
──それから数日後、私の作った化粧水が「クレール・ド・リュヌ」と言う名で発売されることになった。意味は「月の光」だ。
ディルクさんが根回ししたのか、貴族のご婦人たちから噂が広まり、あっという間に超人気商品に。あれだけ作ったのに既に売り切れ状態とか。
お店に買い求める人が殺到するので今は予約販売で対応しているとの事。
私が渡した化粧水を早速使ってくれたアメリアさんにも大絶賛され、すごく感謝してくれた。長年の悩みが解消したらしい。
そして今度はマッサージオイルやボディローション、髪用のトリートメントなどの新商品を作ろうと企画している。
皆んなの喜ぶ笑顔が嬉しくてつい暴走してしまうけど、毎日が楽しく充実していてとても幸せだ。
* * * あとがき * * *
今までお読みいただきありがとうございました!これにて完結です!
……って言いたくなるような終わり方ですが、まだまだ続きます。
現在53話目を書いていますが、未だタイトル回収すら出来ていないと言う……。
これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。
次回のお話は
「32 それからの侯爵家」です。
どうぞよろしくお願いします。
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