28 ランベルト商会緊急会議(マリカ視点)

 研究棟奥にある会議室で「ランベルト商会緊急会議」が始まった。議題は勿論ミアさんについてだ。

 自分の事を全くわかっていないミアさんに、自分がどれほど稀有な才能を持っているのか自覚して貰わないといけないのだ。


 そして会議は始まったものの、誰一人喋らない。どこからツッコめばよいか皆んな躊躇しているのだろう。あ、私は元々無口なんで! ノーカンで! 期待しないで!

 でもミアさんはすごく不安そう。そりゃ奥の部屋に連れてこられて囲まれて、誰一人喋らなかったら怖いよね。わかるー。

 もうここは無口キャラ返上でいっちょ行ったるか! と思った矢先、ディルクが最初に口を開いた。さすがディルク! ヤダ頼もしい! 好き!


「ええと、ミアさん。色々質問しても大丈夫かな? 結構深いところまで聞くことになると思うけど」


「はい……! それはとても大切な事なのですよね? なら、私が答えられる範囲であればお答えさせていただきます!」


 いやーん! 何この健気な子! 守ってあげたくなっちゃうじゃない!

 そして質問に答えていくミアさん。やっぱり貴族のご令嬢でした。しかも義妹が王太子の婚約者! なぜそんな恵まれた家からこんなところへ? と思ったけど、家庭の事情を聞いて超納得した。


「私の本当の名前はユーフェミア。ユーフェミア・ウォード・アールグレーンです。騙す様な事をして申し訳ありません」


 ミアさんはそう言って頭を下げたけど、そんな必要全く無いのに! 悪いのは義母たちなのに! 義理とは言え自分の子供だろうに、どうして──?


 ──ディルクと出会う前の自分を思い出す。「喪失の忌み子」と言われ、家族から捨てられた昔の私を──


「しかし何じゃのう。将来の国母たる女性が、その様な性悪じゃったとは……。その王太子は節穴かのう」


 ニコ爺達の会話にハッと我に返る。そうだ、今はミアさんの事だ。

 ミアさんの話を思い出す。確か義妹は魔力測定で光属性と判定されたと言う。ならば……。


「魅了の魔法。光魔法の応用」


 これしか無い。きっとその義妹は点滅光によって知覚反応を一時的に麻痺させているのだろう。魔法で光を断続的に発生させ、任意の相手の感覚・知覚・感情系の機能に深い影響を与えているのだ。自分の都合の良いように。

 しかしその義妹は<魅了>を王族に使えば大罪になるということを知らないのだろうか? ……知らないんだろうな。話を聞いている限りバカっぽいし。


 それから更に望まぬ結婚をさせられそうになった話を聞いて憤慨する。何だかかなりヤバそうな相手らしい。誰かわからずキョトンとしているとディルクが優しい眼差しで見つめてきた。え? 何? その慈愛に満ちた笑顔! 控えめに言って神なんですけど!?


 結局、そのヤバそうな貴族と付き合いが有るという事でミアさんの義母と義妹はこの店を出禁になった。それは社交界でかなりの醜聞となるだろう。しかしその程度で許す私達ではない。


「アイツら……どう懲らしめてやろうか……」


 キャー! 怒ったディルクも素敵! 魔王、降☆臨! 神で魔王とか最高かよ!!


「地獄見せたるでぇ」


 そんな悪い奴らは二人で成敗してやりましょう? 夫婦初めての共同作業ね! 滾る! 好き!


 ちなみにミアさんの作った化粧水は詠唱の有りか無しかで性能が違うらしい。不思議! もしかしてミアさんの場合、詠唱する事で魔力変換効率が悪くなっているのかも……? これはじっくり検証してみなければ。


 その後は法国と魔導国に気をつけようと注意喚起したり、私が魔眼で見た魔力の性質をミアさんに教えたらディルクに褒められてあまりの嬉しさで昇天しかけたり、ミアさんの化粧水販売方法を決めた辺りでディルクが会議の終わりを告げた。


「それじゃあ緊急会議は終わりかな。では結論。ミアさんは『聖女と大魔導師候補になる可能性がある』という事はランベルト商会の機密事項となりますので、秘密保持契約書に基づき他言無用です。皆さんわかりましたか?」


 満場一致で閉会かと思いきや、ミアさんは聖女と大魔導師、法国と魔導国について殆ど知らなかったことが判明。ここでも義母たちの罪深き所業が露見する。

 ミアさんはとても理解が早く、頭の良さが伺えるというのに! 碌な教育もせず働かせていたなんて勿体無い!


「万死に値する」


 私の呟きにミアさんがビクッとしたけれど、小動物っぽくて可愛かった。

 そして法国と魔導国に捕まったらどうなるかなど一部脅しのような説得(?)の甲斐があり、ようやく自覚してくれたのには安堵した。長い戦いだったわ……。


「……はい、今までどれだけ私が無知だったのか、それが凄く良くわかりました! これからは自分の身を守るためにも色々学んで行こうと思います!!」


 まあ! なんて前向きなのかしら! 素敵よミア! そうそう、その調子! 何だか子供を見守る母親気分だわ! 年下だけど!


 ……でもそこで聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。


「……ハルって誰?」


「あ」


 ディルクが「あちゃー」って顔してる。ディルクにしては珍しい失態だ。このうっかり屋さんめ☆好き!


 ミアさんがもじもじしながら恥ずかしそうに教えてくれた話によると……。


「秘密にしているわけじゃないんです。ハルは私の初恋の男の子で……」


 ムッハー! 恋バナキタコレ!! ミアさんも恋してるのね! 仲間! 恋する乙女同士仲良くしましょうね! ムフフ……。今夜はパジャマパーティー? たくさんお話してね! 今夜は寝かせへんでぇ!


「今は帝国にいると思うんですけど、その……ハルといつか再会しようね、と約束していて」


 えー!? 遠距離恋愛なの!? ヤダ切ない! 私なんてディルクと半径1メートル離れるのも辛いのに!


「素敵」


 その初恋の「ハル」と会うために、家を捨て旅に出ようだなんて……! 健気!! ほんま泣けるでぇ!!


「愛」


 そう、それは愛! 私の「愛」という言葉に超反応したミアさんの顔はもう真っ赤になっている。かーわーいーいー! 初心ね! ……え? 私? そりゃあまあ、魔道具以外の勉強にも抜かりありませんわよ? おほほ。


 そこからは皆んなで色々根掘り葉掘り聞き出した。皆んなも恋バナ大好きなのね。

 七年前、偶然会って一緒にこのお店に来た事、会頭と交渉して欲しかった物を手に入れてくれた事、ずっと手を握ってくれた事、お別れの時に抱きしめてくれた事、それからずっと好きで、心の支えにしていた事──。


 うきゃああああ!! 甘い! 甘いぞぉー!! 甘さで歯茎が痙攣しそうなゲロ甘さ!! 糖度高めにしても限度ってもんが有るだろうよ! あたいを悶殺す気かい!? 口から砂糖出るわ!


「七年……ずっと好き……」


 この年齢で七年は長過ぎる。人生の半分、初恋の男の子を心の拠り所にして生きてきたなんて……。でもこれからは大丈夫! 私達が付いてるわ! 皆んなあなたの味方よ!!


 ニコ爺なんてもうすっかり孫気分ね。アクセサリーをプレゼントしてあげたくて仕方ないみたい。


「いえ、指輪はハルから預かっているのがあるし、母の形見のネックレスもあるので今のところは……」


 ……あらあら。ニコ爺がションボリしちゃったわ。

 ニコ爺は事あるごとにアクセサリーをプレゼントしたがるけどこれはドワーフの習慣みたいなもので、ドワーフは子供や孫が生まれるとその子に自分の作ったアクセサリーを贈るのだ。

 でもミアさんはきっと知らないんだろうな。後のパジャマパーティーでこっそり教えてあげよう。


 でも指輪って何!? 凄く気になる! 見たい!


「ハルの指輪みたい」


 初恋の子から預かった指輪ってロマンチック! 将来は私もディルクから左薬指専用指輪を貰いたいわ……と思ったら、ディルクの顔色が悪いのに気がついた。

 どうしたのか気を取られていると、ミアさんが指輪を取り出そうとしたのを見て、珍しくディルクが声を荒げて立ち上がる。


「ちょっと待った! その指輪って、まさか──!!」


 え? 何々? ディルクどうしたの? と思った時にはミアさんの首から白金に輝く指輪がこぼれ落ちて──


「「「「──────!!」」」」


 驚きすぎて声にならない声を発してしまう。


 ──これはまさか……! どうしてこれを彼女が!?



 ニコ爺やリクも私と同じ心境だったのだろう。三人同時にディルクの方に振り向いた。でもディルクも驚愕していて、指輪のことは知らなかったみたいだ。私達の「どういう事!?」と言う視線にふるふると首を横に振っている。普段の私ならここでディルクの怯えと言うレアイベントを心ゆくまで堪能するところだけど、今はそんな余裕が全く無い。


 衝撃から立ち直ったディルクがミアさんには知られないように口に指を立てた。これは「余計なことは喋るな」という事だ。目で以心伝心なんて熟年夫婦の域ね!


 しかしこれでディルクが「ハル」の話題を止ようとしていたのか何となくわかってしまった。ディルクは「ハル」の正体にうすうす気づいていたのだろう。会頭と取引していると言っていたし。


 これはどう反応するのが正解だろう? とりあえずなにか言わないと!


「綺麗」


 あああああ! 語彙力ーーーーー! もうちょっとマシな言葉無かったの私!

 でもホント素敵な指輪! まさかこの目で見る事が出来るなんて! ずっと肌身離さず持っていたのね! ミアさんの魔力がよく馴染んでる……って、あれ……? 月輝石じゃ無くない……?


「ほうほう、これは見事な細工の指輪じゃのう。かなりの価値が有りそうじゃわい」


「うわ~。綺麗だね~」


 ニコ爺、ナイスフォロー!! さすが年長者! リクは普通に感想言ってるだけだよね!


「そうだね。これはとても良いものだからゼ・ッ・タ・イ! 失くさないように持っていようね。人に見せてもダメだからね!!」


 ディルクがまるで小さい子に言い聞かせるように言っている。いやーん! 良いパパっぷり! いつ子供が出来ても大丈夫ね!


「はい! ハルにもすごく大事なものだからって言われてますので! 気をつけます!」


 うんうん。ミアさんが素直な子で良かったわ。早くソレを服の中にしまっちゃいましょうね。


 それからディルクがミアさんにさり気なく用事をお願いし、研究棟から送り出す。


「明日もよろしくお願いします!」と笑顔で挨拶するミアさん。ええ子や。


 皆んなでにこやかに手を振ってお別れした後、再び会議室に集合した私達にディルクが改めて告げる。


「それでは『ランベルト商会緊急「裏」会議』を始めます」


 あ。パジャマパーティー……。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


相変わらずなマリカさんです。


次のお話は

「29 ランベルト商会緊急「裏」会議」です。

果たしてマリカはパジャマパーティーに参加出来るのか!?なお話です。(嘘予告)


どうぞよろしくお願いします。

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