27 縮む距離(ハル視点)

 俺はミアとの約束を果たすべく、実に七年振りに王国にやって来た。約束から結構経ってしまったけど、ミアは元気だろうか。

 しかしミアに会うのにこんなに時間がかかるなんて思わなかった。わかってさえいれば無理矢理でも何でも良いから帝国に連れて帰ったのに。


 正直「皇環」なんてどうでも良かった。あんなもん欲しい人間にくれてやる。だけどミアに会うための口実には丁度良かったから、如何にも「皇環を探しているんですよー」と言うスタンスを装ってやった。……親父にはバレてるだろうが。


 ちなみに俺が「皇環」を持っていないことを知っているのは上層部の数人だけだ。

 叔父上はもう継承権の資格を失っているのでどう足掻いても皇帝にはなれない。それでも権力は欲しいのか、今度は俺に皇位を継がせてそこに自分の娘を充てがおうとしてくる始末。

 お前俺の命狙ってたよな!? 忘れてねーぞコンチクショウ!! 悪事の証拠を見つけたら速攻で処刑してやっからな!


 もしミアが見つかった時に「皇環」を持っていなくても構わない。たとえ「皇環」が無くてもミアと一緒になる事に変わりは無いからだ。

 ……いや、むしろ無くして貰った方が良いかもしれない。そうすれば大手を振って帝国から出奔出来る。


 そうなったら二人で世界中を旅するのも良いな。美味しいものを食べてのんびり二人で過ごすのだ。そして良い場所があればそこに家を建てて暮らしたい。

 ……イイ! それすっごくイイかも!! ああ、夢が無限大に広がるなぁ。


 ミアは何人子供が欲しいかな? 俺としては産める限界まで欲しいけど、産後にミアが弱ってしまうのは困る。本末転倒だ。だったらミアと二人だけで構わない。たとえお爺ちゃんお婆ちゃんになったとしても、ずっと二人で死ぬまでイチャつくのだ。


 ……そんな妄想をしている俺に、マリウスは決まっていちゃもんを付けてくる。


「そんな夢ばっかり見て無いで現実を見て下さいよ……全く。それにミアさんがハルを忘れていた場合どうするんです?」


「ははは。愚問だな。ミアが俺を忘れるわけねーだろうが。万が一、忘れていたとしても何千回何万回でも口説けば良い話だろ?」


「……うわぁ。引くわー」


「うるせぇ! 俺はミアが手に入るんなら何だってする覚悟があるんだよ!」


「それほど手に入れたいミアさんが、お世辞にも美しく無く成長していたら?」


「俺はミアがオーククイーンでもゴブリンプリンセスでも愛する自信あるぜ! それにミアが美しく無い訳ねーだろ! ミアはミアってだけで可愛いんだよ!」


「アーハイハイソウデスネー」


 ……全くマリウスにも困ったもんだ。ヤキモチ? ヤキモチ焼いちゃってんの?

 この七年間こう言う会話を何回繰り返して来た事か。飽きないのかねぇ。

 でもこれらの会話はマリウスなりの気遣いだと言う事を俺は知っている。

 俺のミアへの想いが色褪せない様に……とでも思ってるんだろう。……余計なお世話だけどな! ちっとも嬉しく無いけどな!!



 前回と違い、暗殺の危険がない旅は結構楽しかった。

 そうやって辿り着いた王国の迎賓館の一室で、王国のマティアス王子や宰相、側近達と会談する。俺はマリウスの背後に控え、王国からの報告を聞いていたのだが……。


 一向に進まない捜索に俺がイライラしたり、王子がミアの事を気にかけたのが気に食わなくて、つい威圧を放ちかけたりとかやらかしたものの、マリウスの機転で何とか難を逃れる事ができた。


 あーやべ。もうちょっとで王子気絶させるところだったわー。


 そんな事もあり、結局マリウス指示の元、再々捜査が行われる事になった。マリウスマジ有能。


 ……それにしても、こう話が進まないならやっぱり自分で探すしかねーか、と思っていたところに、マティアス王子が婚約者を紹介したいと申し出た。

 正直興味は無かったし、面倒くさいから連れて来んなって思ったけど、婚約祝いも兼ねてここへ来てると言う手前、断る訳にも行かず。


 そして仕方なく王子の婚約者と対面したのだが……。


 ──俺は王子の婚約者を見て絶句してしまった。


 風で揺れるたびに光り輝く豊かな蜂蜜色の髪、澄み切った泉のような青い瞳は微笑むと少し幼い印象に。

 仕草一つで人々の視線を集めて魅了する、そんな光を纏った女神のような美しさ──



 ・


 ・


 ・



 ……って、騙されるかボケーーーーーーーーーーーー!! 何だこの女! めっちゃ魅了使いまくってんじゃねーか!!


 しかも王子の側近達は一人を除いてすっかり魅了にやられてるのか、女がベタベタしてても反抗しねーし。王子はそれで平気なの? コイツ絶対頭おかしい。初対面なのに最初っから妙に俺達にも馴れ馴れしいし……って、マリウスにまで色目使ってんじゃねーよ! このクソビッチが!!

 コイツがマジで王子の婚約者? 将来の王妃? やっばー。この国やばくね? いくら日和ってるからってこの王子たち人を見る目無くね?


 魅了されて無さそうな眼鏡の側近に思わず「正気か?」と言う目線を送ってしまった俺は悪くない。案の定その側近は諦めモードですごく遠い目をしていた。……うん。ごめん。お前も苦労しているんだな。


 そんな中、どうやらマリウスは魅了に掛からなかったようでビッチからの誘いを華麗にスルーしていた。

 ビッチは不満気ながらも結構しつこく誘惑している。こういう女って自分に惚れないなんて許せなーいとか何とか思ってんのかねー。ああウゼー!


 しかしこう見ていると何か魅了に条件が有るような……もしかして眼鏡か?

 何となく気になった俺は、魔眼を発動させビッチの魔力を視ようとして──驚愕した。


 ──何故ならこの女の魔力に混ざって、ミアの魔力を僅かに感じたからだ──。





 * * * * * *





 ミアの魔力を感じたと言ってもハッキリしたものでは無く、残り香に近いようなものだったが、俺がミアの魔力を間違えるなんて訳が無い。

 あの女がミアと何か関係があるのは間違いない。もしかしてあの女の屋敷で働いているのか……と当たりをつけたものの、王国が把握していない訳もなく。確認してみると既に調査済みで、該当の人物は居なかったと報告されていた。

 しかしこっそり調べてみると、あの女にはユーフェミア・ウォード・アールグレーンと言う名の義姉がいるらしく……。


 何と、ユーフェミア嬢は四属性の魔力持ちで銀髪紫眼だというではないか!!


 ──もうこれミアじゃね? 確定っしょ! ビンゴでしょ! むしろミアじゃなかったら別の意味で驚くわ!!


 いやいや待て待て落ち着け焦りは禁物クールダウンクールダウンすーはーすーはー………



 ………………はあ。


 落ち着いたところで報告書を読み進めると、ユーフェミア嬢はマティアス王子の元筆頭婚約者候補と来た。

 大方あの女が魅了を使って婚約者の座を奪ったのだろうと予想がつく。


 その義姉──ユーフェミア嬢について調査し、上がってきた報告書を確認したのだが……「ぬりかべ」って何ぞ? 報告書には「何かの魔物」と注釈が付いているが……はて?

 もしミアのことなら、「ぬりかべ」はきっと、魔物というより妖精の類なのだろう。


 ……早くユーフェミアと言う少女に会ってみたい。そうは思っても今の俺は帝国の使者側近だ。マリウスから離れる訳にも行かず、特定の貴族と面会する訳にも行かない現実にイライラさせられる。

 ただのハルとして会いに行ったとしても、そう簡単に侯爵令嬢に会えるはずがない。マジ貴族ってめんどい。


 どうしたものかと思っていたら、ユーフェミア嬢が明日の任命式を兼ねた舞踏会に出席すると言う情報を手に入れた。

 よく考えたらそうだよな。貴族は全員出席だよな。

 上手く行けば明日にはミアと再会出来るかもしれない!! やったね!!


 そして迎えた舞踏会では、マリウスに嫌という程目立って貰い、その隙にユーフェミア嬢を見つけ出す、と言う手はずだった。それなのに……。


 会場中探し回ってもそれらしき令嬢は見つからない。確かに出席しているはずなのに! 会場どころか王宮中を探す勢いだったにも関わらず、結局ユーフェミア嬢に会うことは叶わなかったのだ。


 ちなみにその後知った「ぬりかべ」の正体には驚いた。壁のような魔物って……。さすがに壁は気付かなかったわー。不覚!


 次に可能性が有るとすれば、王国から該当する貴族令嬢へ宛てた召集令状だ。

 貴族の血族まで範囲を広げれば間違いなくミアは現れるだろう。……そう思っていた時期が俺にもありました。


 招集に応じた令嬢たちにお茶を楽しんで貰っている間にミアを探す……が、やはり見当たらない。どゆこと!?

 うら若き令嬢たちが優雅にお茶を嗜む姿は素晴らしい光景なのだろう……だがしかし! だがしかしだ! ミアの成長した姿を何万回とシミュレーションした俺の目は誤魔化せない。再現率100%を自負している俺の眼に、令嬢たちはただのパチもんにしか映らない。しかも銀髪紫眼って指定してるのに明らかに違う人種も混じってるじゃねーか。さすがに無理があんだろ。

 今回の大本命ユーフェミア嬢はどれだと思ったら、体調不良を理由に欠席との連絡が。……マジで!?


 体調が治れば会えるのかと期待したものの、王宮からの再三の招集にも何故か応じない。この国の王族ってあんまり権力無いの……? ホントにこの国大丈夫?


 王子……もう王太子だっけ。まあその婚約者は相変わらず登城してるのになー。コイツから何か聞き出せないかと思ったけど近づくだけでダメだわ。拒否反応出る。それにコイツ、マリウスには色目使うくせに、今の俺みたいなもっさりとした男には視線すら合わせない。ホントわかりやすいビッチだな。

 しかしそこで諦める俺ではない。そう、俺には困った時のマリえもん頼みという必殺技が有る。

 俺は嫌がるマリウスに、あのビッチを口説くよう無理矢理命令したのだった。


 あー、でも帝国に帰ったらエゲツない仕返しされそう。……ミアに会うまでは死ぬつもり毛頭無いけど、命足りるかな……。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


何だかすみません…ハルも成長したという事で。(あらぬ方向に)


次回のお話は

「28 ランベルト商会緊急会議(マリカ視点)」です。

ディルク視点とはまた違ったマリカさん視点のお話です。


どうぞよろしくお願いします。

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