159 ぬりかべ令嬢、首輪を作る。

 森で拾った子狼に「レグルス」という名前を付けた。子狼の方も名前を気に入ったらしく、すんなり受け入れてくれたので、正式に私がレグルスの主となった。

 ちなみにディルクさんのアドバイス通り、いつもは「レグ」というあだ名で呼ぶ事にした。こんなに可愛いレグを悪い人間に奪われないようにしないとね!


 そのレグは今、馬車の中でマリカとマリアンヌにモフられている。


「はわわ……! ふわっふわで可愛いですー! ああ、幸せ……!」


「たまらん」


 さわさわと撫でられて、レグは嫌がるかな? と思ったけれど、そんな心配を他所にレグは大人しく撫でられている。サービス精神が旺盛なのかもしれない。


 レグはツヤツヤな毛並みが本当に綺麗だし、つぶらな青い瞳もキラキラしていてとっても可愛い。けれど、レグを見ているとついハルと重ねちゃうんだよね……。色合いかなあ?


 私は馬車の窓から見える空を見て、ハルが黒炎さんに乗って去って行った時の事を思い出す。


 ──形が良い切れ長の目と、宝石のような青い瞳の上をさらりと流れる、艶のある黒い髪。それが太陽の光を受けて輝いている様は、とても綺麗だった──。


 あの時の笑顔を思い浮かべると、早くハルに逢いたくて仕方がない。もう一度ハルの笑顔を見る事が出来るなら、私はどんな事でも頑張るつもりだ。

 本当は命の心配がないだけでも有り難いのだから、これ以上贅沢を言ったら罰が当たりそうだけれど……それでも浅ましい私は、奇跡が起こるのを願ってしまう。

 そんな私だから、帝国に着くまでの間、ずっとハルを心配し続けるのだろうと思っていたので、レグの存在は本当に有り難い。レグのおかげで馬車の中の雰囲気がとってもほんわかしているし。

 やはりもふもふは最強の癒やしなのね……!


 二人に撫で回されているレグを微笑ましく見ていると、ふと何かが物足りないことに気が付いた。……何だろう?


 ……あ! 首輪! レグに首輪みたいな、何か目印的なものがあったら良いかも!


 そう思いついた私はレグに似合いそうな、可愛い首輪を考える。

 革のベルトのような首輪じゃなくて……ちょっと一工夫したいよね。そうなると、以前作ったブレスレットみたいに、自分で編んだら良いかもしれない……。


「すみません、ディルクさん。レグに首輪を作ってあげたいのですが、次の街で材料を買いに出掛けてもいいですか?」


 革紐と魔石を売っているお店があればいいけれど、そのお店が宿から遠い場所にあったらどうしよう。モブさん達に迷惑をかけちゃうよね……。

 でもレグの首輪は自分で編みたいし、魔石に魔力を込めてお守り代わりにしてあげたい。


「それは良いね。革紐と魔石なら荷物の中にあるかもしれないから、後でレオに聞いてみよう」


 色々考えていたら、ディルクさんがそう言ってくれたので助かった。出来れば出歩かない方がいいものね。


「助かります! 有難うございます!」


 そう言えばレオさん達にもレグの名前をお披露目しないとね!

 



* * * * * *




 青かった空が夕焼け色に染まる頃、私達は次の宿場町に着いた。明かりが灯された古い町並みは幻想的かつ、ノスタルジックで暖かみがある。

 やっぱり泊まる宿はこの町で一番高級な宿だけれど、昨日みたいに高級感溢れる宿じゃなかったので少しホッとする。

 安全のためとは言え、毎回あんな高級宿にお泊りは気が引けちゃうものね。一応私も貴族だけれど、金銭感覚は庶民並みなのだ。


 ちなみに今日泊まるこの宿は、この町一番の老舗なのだそうだ。どこか懐かしいレトロな雰囲気の建物は、確かに歴史を感じさせる佇まいをしている。


 昨日と同じ部屋割りで宿泊の手続きをしようと思って気が付いた。レグは部屋に連れて行って大丈夫なのかな?

 もし生き物はお断りの宿だったらどうしよう……その時はレグと一緒に馬車で寝させて貰おう! レグだけ外で寝かせる訳にはいかないもの……!


「ミアさん、この宿は従魔なら連れて入っても大丈夫ですよ」


 私が野宿も厭わない覚悟でいると、手続きを終えたレオさんが戻ってきて教えてくれた。

 特別料金を払えば大抵の宿は従魔も一緒にお泊り出来るそうだ。良かった!


「レオさん有難うございます! あ、この子に名前を付けたんですよ。レグルスって言うんです。普段はレグって呼んで下さいね」


 この機会にレグの名前を皆さんにお披露目した。リシェさんとラリサさんは揃って「可愛いー!!」と言ってレグを撫でてくれる。


「もうずっとレグくんが気になってて! 一緒の馬車じゃないのが残念です!」


「やーん! ふわふわ……! 私実家で犬を飼っているんですけど、毛並みが全然違いますね」


 女性陣はレグの可愛さにメロメロで、皆んな代わる代わるレグを抱っこしている。そんな様子をレオさん達は微笑ましそうに見ている。あ、モブさん達が何だかそわそわしている……きっとモブさん達もレグをモフりたいのかも。


「ふぅむ。レグルスですか。良い名前ですね。【小さき王】だなんてぴったりだと思いますよ」


 私はレオさんが聞いた事のない言葉を言ったので驚いた。


「……え? 【小さき王】ですか?」


「はい。古の言葉でレグルスは【小さき王】と言う意味なのですが。ミアさんはご存知ではありませんでしたか?」


「はい、頭に浮かんだ言葉だったんですけれど……レグが気に入ったようなので、そのまま名前にしたんです……」


 まさかレグルスって言葉にそんな意味があるとは思わなかった。確かに今のレグにはピッタリだけど……でも、レグが大きくなったらやっぱり恨まれちゃうのかな……。


「従魔が名前を受け入れたのですから、ミアさんに責任はありませんよ。それにレグがミアさんを嫌うなんて事はないでしょう」


 レグに嫌われたらと思っていた私にレオさんが優しく励ましてくれた。


 ──そうだ、嫌われるかもなんて、今考えたって仕方がないんだ。

 レグが大きくなるまでに、もっとお互いの絆を深めよう……! 


「それとレグに首輪を作られるのでしょう? ディルク様から聞き及んでおりますよ。荷物の中に材料がありますから、後でお部屋にお届けしましょう」


「有難うございます! よろしくお願いします!」


 レオさんの励ましと首輪の事で、私の不安だった気持ちは何処かに吹き飛んでしまった。


 そうして、夕食をとった後しばらく。先程の言葉通り、レオさんが首輪に良さそうな革紐と魔石を幾つか持ってきてくれた。


 私は以前、ハルに編んだペンダントに使った魔石と似た色合いのものを選ぶ。ハルに編んだペンダントとレグの首輪をお揃いにしようと思ったのだ。


 そして私はいつもの様に、魔石へと魔力を込める。


 レグが厄災に見舞われませんように、いつまでも可愛く元気でいてくれますように──。


 そんなイメージを浮かべ、魔石に祈りを込めるつもりで魔力を注ぐ。


 初めて逢った時の、あの穢れた瘴気の中で横たわっていたレグの姿を思い出すと、今でも胸が痛んでしまう。

 もうレグのあんな姿は見たくないので、たとえレグが邪なものに襲われたとしても、聖なる盾で跳ね返し、触れたものは浄火するような……絶対防御のお守りだ。


 魔力を注いで行くと、魔石が光を放ち始めた。いつか見た光景に、今回も無事お守りが出来たと確信する。


 魔石が出来たら今度は紐を編んでいく。レグの事を守ってくれますように、と願いを込めるのを忘れない。

 しばらく組紐を編んでいなかったけれど、手は覚えているのか難なく編んでいく事が出来た。


 そうして完成した首輪だけれど、レグが怖がるかもしれないから、首につける前にどんな反応をするのか見せてみる。するとレグはすごく興味深そうに首輪の匂いを嗅いで、嬉しそうにしっぽを振っていた。どうやら気に入ってくれたみたい。

 

 大丈夫そうなので、首輪をレグにつけてあげる。

 魔石がついた革紐の首輪……うん! レグに良く似合ってる!


 何だか可愛さの中に格好良さが追加されたような気がする。


 初めはどうなることかと思ったけれど、無事に従魔契約を結んでくれたし、名前も受け入れてくれて、首輪も気に入ってくれた。

 私はそんなレグが可愛くて可愛くて、そして早く可愛いレグをハルに紹介してあげたいな、と思った。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「160 ぬりかべ令嬢、スマフォンから報告を聞く。」です。


次回もどうぞよろしくお願い致します!


そしてしつこく宣伝です。


拙作「ぬりかべ令嬢、介護要員として嫁いだ先で幸せになる。」が、

「ぬりかべ令嬢、嫁いだ先で幸せになる」とタイトルを変更し、

フロンティアワークス様のレーベル、アリアンローズから書籍化していただける事になりました。

発売日は6/11(金)となっています。


これもひとえに応援して下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


内容はWEB版から加筆修正をし、展開もまた違うものとなっていますので、興味をお持ちいただけましたら是非ともお手に取って貰えると嬉しいです。

既に各書籍販売サイト様で予約も始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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