158 ぬりかべ令嬢、名前を付ける。

 道を塞いでいた馬車の残骸を街道の端っこに移動して、何とか馬車が通れるほどのスペースを確保すると、再び馬車を走らせる。

 結局、壊れた馬車に乗っていたらしい人達は見つからず、死体もなかったので何処かへ逃げたのだろう、という事になった。


 そして今、私達は馬車に乗って次の目的地に向かっていた。

 ちなみに今回の一件は次の街に到着したら警備団に報告をするのだそうだ。


 そんな私の膝の上には、黒い毛並みをした狼の子供が体を丸めて眠っている。

 一時はどうなる事かと思ったけれど、無事子狼と契約が結べた事に安堵しながらその背中を撫でる。


「はう〜。ホント可愛いですね〜。この子が起きたら私にも抱っこさせて下さいね!」


「もちろん!」


 マリアンヌが眠っている子狼に顔を綻ばせている。既に子狼にメロメロのようだ。

 でも子狼は小さい体に垂れた耳とつぶらな瞳をしていて、誰が見ても愛らしいのだから、マリアンヌがメロメロなのも仕方がないと思う。


「ディルクさん、本当に有難うございました。おかげでこの子を殺さずに済みましたし、ディルクさんはこの子の命の恩人です」


「そんな事無いよ。僕は提案しただけだから。それに僕では瘴気は祓えないしね」


「ディルクは天使」


「いや、それはちょっと……」


 マリカの言葉にディルクさんが困っている。そんな二人の様子が微笑ましい。


 そうして子狼の眠る姿をほっこりしながら眺めていると、ディルクさんが「そう言えば」と、何かを思い出すように言った。


「この子の名前はどうするの?」


「あ」


 そうだった。子狼の可愛さに夢中になってすっかり忘れていたよ……。


「この子が起きる前に名前を決めておいた方がいいね。ミアさんが決めた名前でその子を呼ぶと、その名前が魂に刻まれるからね」


 え!? 名前が魂に刻まれる……!? 何だかすごく仰々しい!


「……じゃあ、下手な名前は付けられませんね」


「恨まれる」


 ひー! マリカが恐ろしい事を……!!

 ……でもそうか、コロッとしていて可愛いからって理由で簡単にそんな名前を付けたらダメなんだ。

 うーん。どうしようかな……責任重大だなあ。


 私は改めて子狼を見る。もふもふしていて可愛いな……って! 違う違う!

 つい見た目の可愛さに和んでしまう。この子の名前を考えてあげないと!


 私は目を瞑って考える。まるでハルが子狼になったような姿だから「コハル」……なんて……ダメだよね。怒られそう。えーっと、この子は黒いから「クロ」……うーん「ノワール」? 何だかイメージじゃないな……とか何とか考えていると、何となく頭に単語が浮かんできた。


「レグルス……?」


 思わず、と言った感じで浮かんだ言葉がポロっと出てしまった。すると、先程まで眠っていた子狼がガバっと起き上がり、「わふぅ!」と吠えた。


「へえ。『レグルス』って名前にしたんだ。うん、格好いいと思うよ」


「似合う」


「わあ! 何だかぴったりの名前ですね!」


 ディルクさんにマリカ、マリアンヌまでが「レグルス」を子狼の名前だと思っている。


「いやいや! 今のは何となく呟いただけで、決定ってわけじゃ……!」


 もうちょっと考えた方がいいよね! 魂に刻まれちゃうんだし! もっと他にいい名前があるかもしれないし……。

 そんな私の考えは、ディルクさんの言葉にあっさりと消え去ってしまった。


「え? でも子狼はその名前が気に入ったみたいだよ? もう魂に刻まれたんじゃないかな?」


 えー!? もう刻まれちゃったの!? ど、どうしよう……!!


 私がアワアワしながら子狼を見ると、子狼は目をキラキラと輝かせて私を仰ぎ見ている。しっぽをすごい勢いで振っているその姿は、とっても嬉しそうだという事が見て取れる。


「えっと、名前は『レグルス』でいいの?」


 言葉が通じるかわからないけれど、子狼に確認する様に聞いてみたら、しっぽを振りながら、再び「わふぅ!」と吠えた。その様子に、本当に名前を気に入ったんだと理解する。


「良かった! じゃあ、これからはレグルスね!」


「わふぅ!わふわふっ!」


 ……狼語はわからないけれど、きっと「いいよ!」って言ってくれているに違いない! と、思う事にする。嫌なら別の反応するよね。


 そうして名前が決まったところで、ディルクさんが助言をくれた。


「ああ、そうだ。魂に刻まれた名前だけれど、悪用されない為にもあだ名で呼んであげた方が良いと思うよ。その方が危険も少ないだろうし」


「危険……ですか?」


 ディルクさんの説明では、普段から「レグルス」と呼ぶと、魂に刻まれた名前──真名に干渉される危険があって、力を持つ悪意ある人間に知られると従魔契約を奪われる事もあるそうだ。……まあ、何てことでしょう!! こんなに可愛いレグルスを奪われる訳には行かない!!


「えっと……じゃあ、レグって呼んでいいのかな?」


「わふっ!」


 あだ名でもレグルスは構わないみたいで一安心。でもこの子、レオさんが言っていた通り、すごく頭が良いのでは?


 そんな私達の様子を、ずっと見ていたディルクさんが不思議そうに呟いた。


「それにしても不思議な子だよね。あまり魔物らしくないし」


 私は屋敷に籠もりっぱなしだったし、魔物を見たのもレグが初めてだから、他の魔物がどんなものなのかわからない。


「魔物って、どんな感じなんですか?」


「魔物は雰囲気がもっと禍々しい感じなんだよね。いかにも襲って来そうっていうか、実際人を見ると襲ってくるしね」


 普通の動物と違って魔物は成長するに連れて、身体的特徴が現れるらしい。だから子犬だと思って飼っていても、角が生えたり牙が大きくなったりという変化で、後に魔物だと判明する事が大半なのだそうだ。

 基本、鑑定魔法が使える人間が魔物じゃないと判断しない限り、森で拾った動物を連れて帰るのは禁止されているけれど、中には例外がある。それが従魔だ。

 従魔契約を結んだ魔物は主に従順なので、街の中に連れて入ってもいいけれど、責任は全て主にかかってくるので、主は従魔を完璧に制御する必要があるそうだ。


 話を聞いた私はレグをじっと見る。……うん、禍々しさは全く感じないや。


「もしかして、さっきミアさんが掛けた聖水で浄化されたのかな?」


 それは聖属性の魔力で魔物を浄化出来るって事なのだろうか。うーん。


「じゃあ、レグはもう魔物じゃないって事になるんですか?」


「性質は変わってしまったかもしれないけれど、見た目だけじゃ判断出来ないからね。それに僕の鑑定魔法でも未だに種族名が不明だし、しばらく警戒が必要だと思うよ」


 ディルクさんの鑑定魔法でわからないのなら、レグの種族はわからないままかもしれない……狼の魔物だけでも種族が多そうだし。


「こんな事は僕も初めてでね。鑑定しようとするとノイズが走るっていうか。何も読めないんだよ」


 ディルクさんが困った表情で「僕もまだまだだね」と言うけれど、十分ディルクさんはすごいと思う。きっとレグが特別なんだ! ……って思うのは親バカかな? この場合は飼い主バカだっけ?


「マリカはどう? やっぱり魔眼でもまだわからない?」


 何か別の原因があるのかもしれないと思い、マリカにも聞いてみる。

 じっとレグを見ているから、マリカが魔眼で視てくれているのだろう。


「……わからない。けれど……何かが蠢いている……?」


 魔眼で何かを視たのか、マリカがそんな事を言う。


 う、蠢く……? な、何が蠢いているんだろう……? ちょっと怖い。


「怪しいものじゃない。……でも、まだ身体に瘴気が残っている」


「え!? 瘴気が……!?」


 マリカ曰く、じっくり視てみると表面上は聖水で浄化されたけれど、体内にはまだ瘴気が残っているから、まだ浄化する必要があるそうだ。これからも聖水を飲ませてあげないといけないらしい。


「鑑定出来ないのはそのせいかも」


 マリカの一言にディルクさんが「なるほど」と言って納得する。


「瘴気が邪魔をしているから正確な情報が読めないんだね」


 さっきディルクさんが言っていた「ノイズ」がそうなのだろう。じゃあ、瘴気が完全に浄化できたらレグの種族がはっきりするかも。

 これからずっと付き合って行く事になるんだし、種族の習性は知っておいた方がいいものね。食べさせちゃダメなものとかあったら困るし。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「159 ぬりかべ令嬢、首輪を作る。」です。


次回もどうぞよろしくお願い致します!


そして公式サイトで情報が解禁されましたのでこちらでもご報告です。


拙作「ぬりかべ令嬢、介護要員として嫁いだ先で幸せになる。」が、

「ぬりかべ令嬢、嫁いだ先で幸せになる」とタイトルを変更し、フロンティアワークス様のレーベル、アリアンローズから書籍化していただける事になりました。

発売日は6/11(金)となっています。


これもひとえに応援して下さった皆様のおかげです。本当にありがとうございます!


内容はWEB版から加筆修正をし、展開もまた違うものとなっていますので、興味をお持ちいただけましたら是非ともお手に取って貰えると嬉しいです。

既に各書籍販売サイト様で予約も始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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