157 ぬりかべ令嬢、従魔契約をする。

 ディルクさんが鑑定出来ないと言った言葉に驚いた。特にランベルト商会の人達の驚きは大きいみたい。


「え……!? ディルク様が鑑定出来ないなんて、そんな事が……!?」


「ディルク様の鑑定魔法は上級レベルですよね? それでも鑑定が無理って、一体……」


 予想外の結果に、ディルクさんが申し訳無さそうな顔で頭をポリポリとかいている。


「ああ、そうだ。マリカから見てその子はどう? マリカの魔眼で視て貰ってもいいかな?」


 そんなディルクさんの提案にマリカがこくりと頷いた。そしてその紅玉のような瞳で子狼をじっと視る。


「……」


 子狼を視たマリカの眉間にシワが寄っている。

 やっぱり魔物だったのかな……私がそう思っていると、マリカがぽつりと言った。


「……わからない」


 マリカが呟いた言葉は、ディルクさんと同じ結果だった。


 ディルクさんの鑑定やマリカの魔眼の凄さはよく知っているけれど、そんな二人がわからないなんて……。


 私は子狼の顔をじっと見る。

 私の視線に気づいた子狼がしっぽを振りながら、まん丸でつぶらな青い瞳で私を見る。


「…………くぅん……」


 見つめ合っているタイミングで子狼に可愛く鳴かれ、私は呆気なく撃沈する。


 ──くっ! だ、ダメ……!! こんな可愛い子を殺すなんて……!! 無理無理!! 絶対無理!!


 どうしてもこの子狼を助けてあげたい私は解決策がないか考えようとしたけれど、魔物について何も知らなかった事に気付く。


「何とかこの子を連れて行く事は出来ないのでしょうか……?」


 何かいい方法があったら教えて欲しくて質問したけれど、モブさん達は難しい顔をする。


「うーん、せめて種族が分かればいいのですが……」


「見た感じこの子は犬じゃないですもんね。身体の大きさに比べて足が太いですし、狼の魔物でしょう。性別は……ああ、雄ですね」


「狼の魔物と言うと魔狼か邪狼……もしくは狂狼ですかね?」


「もし幻狼だったらどうするよ。そんなもん街に入れたりしたら重犯罪者になっちまう」


 モブさん達の会話を聞いて、今更ながら魔物の危険性に気が付いた。


 ──そうか、今は可愛くても、成長すれば制御出来ないかもしれないし、人を襲う可能性だってあるんだ──……。


 そんな危険なものを連れて行くなんて自殺行為なのかもしれない。

 私だけじゃなくマリカ達にも迷惑をかけてしまう事を考えると、この子を連れて行きたいなんて……そんな我儘を言ったらダメなのだ。


 ……ならば、せめて今は殺さずに放してあげたいな、と思う。


 私が子狼との別れを覚悟していると、何かを考え込んでいたディルクさんが、顔を上げて言った。


「……もし、この子狼と従魔契約が出来たら大丈夫かな?」


 ディルクさんの質問に、モブさん達はお互いの顔を見合わせた後、頷いた。


「まあ、それなら問題はないと思いますけど」


「従魔契約魔法が使える人がいるんですか?」


「はい、私が使えますよ」


 そう言って申し出たのはレオさんだった。

 帝国のランベルト商会では時々従魔契約を結びたいというお客さんがやって来るのだとか。だからレオさんは若い時に従魔契約魔法を会得したのだそうだ。


 従魔契約魔法を使える人はそう多くないようで、今回のメンバーの中に使える人がいたのはすごい偶然だと思う。


 そう言えば……従魔契約魔法って確か、従える魔物と絶対的な服従関係を結ぶ為の魔法……だったよね?

 でも契約する条件として、従えたい魔物と戦って勝利したり、優位に立って格の違いを分からせたりと、魔物に認められる必要があったはず……って、今から誰かがこの子と戦うの……?


「ええっと、出来れば怪我をしないように、手加減してあげて欲しいのですが……」


「え!? いやいや、そんな物騒な事はしませんよ!?」


 恐る恐ると言った様子の私を見て、モブさん達が慌てて説明してくれた。


「もう既にこの子狼はミア様の方が上位の存在だと理解していますよ。……まあ、それと服従は別の話ですけどね」


「魔狼の類は中々人に懐かないと聞きますから、ダメだった場合は諦めていただくしかありませんが、それでもいいですか?」


 ラウさんの問いかけに、私は覚悟を決めて「──はい!」と答えた。この子に認められているとは思えないけれど、出来る事は何でも試してみたい。


「じゃあレオ、お願いするね」


 ディルクさんの言葉にレオさんは「お任せ下さい」と言って頷くと、私と子狼のそばにやって来た。


「大丈夫ですよ、何も怖くありません。落ち着いて、どうかそのままじっとしていて下さいね」


 レオさんは私にそう言うと安心させるように微笑んで、魔法の詠唱を始める。


『我が力の源よ 絆を結ぶ鎖となり その盟約の繋がりとなれ 彼の者の意のままに 彼の者の為すままに 汝、主に付き従え その命尽きるまで──アエテルニターティス・パクトゥム』


 魔法の詠唱に合わせるかのように、レオさんの手のひらから魔力が溢れ出す。その魔力が光となって降り注ぐと、私達の足元に大きな魔法陣が現れた。そして魔法陣の光が上へ立ち昇ると、光の柱のようなものが私達を包み込む。

 光の奔流が身体を通り過ぎると、光の柱が粒子となって消えて行った。


 ……今ので終わったのかな? 光が消えちゃったけど、大丈夫なの……?


 私が呆気にとられていると、ディルクさんが感心した様に声を掛けてくれた。


「良かったね! 子狼はミアさんを主として認めてくれたみたいだよ」


 ──えっ!? 本当に? 子狼が私を主だと認めてくれたの?


「こんなにあっさりと従魔契約が結ばれたのは初めてです」


 レオさんの言葉に、本当に子狼と契約が結ばれたのだと言う実感が湧いてくる。


 私は子狼をぎゅっと抱きしめて、「これからよろしくね!」と挨拶すると、「わふぅ!」と返事をしてくれた。

 契約を結んだのが原因かもしれないけれど、子狼は私の言葉がわかるみたい。すごい!


 後でレオさんから教えて貰ったのだけれど、普通に従魔契約魔法を結ぶ場合もう少し時間が掛かるんだそうだ。それは主と従魔を繋ぐパスを形成するのが難しいから、という事らしい。

 そして契約時間の長さには従魔の頭の良さが関係しているらしく、この子狼はかなり知能が高いとレオさんが褒めてくれた。


「しかもミアさんと子狼を繋ぐパスはかなり強固なようです。この子狼はミアさんを余程気に入ったみたいですね。きっと命の恩人だからでしょう」


 レオさんの言葉に私はすごく嬉しくなる。もうこの子狼が可愛くて仕方がない。


 ちなみに従魔に認められず契約を拒否されると魔法陣が破壊されてしまい、魔力が暴走して危ないんだそうだ。上級の従魔契約魔法を使える人間だと大丈夫だけれど、未熟な人間が無理に従魔契約魔法を使おうとすると、魔物の抵抗に対処できず、下手をすると人間も魔物も命を落とす事があるらしい。


 私は先程の光の奔流が暴れるところを想像して背筋が凍る。

 ……うわー、子狼が認めてくれて本当に良かったよ……。



* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「158 ぬりかべ令嬢、名前を付ける。」です。


次回もどうぞよろしくお願い致します!

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