156 ぬりかべ令嬢、(?)を拾う。
私が聞いたか何かの声は、今にも命の灯が消えてしまいそうな、とてもか細いものだった。
──早く見つけなきゃ、死んでしまう──!!
声の主が人なのか魔物なのか全くわからないけれど、その声は助けを求めているように聞こえて、私は慌てて周りを見渡した。
すると、自分達がいる場所から更に奥の、木々の向こうに何かの気配を感じ、私は思わずその方向へ駆け出した。
「ミア!」
「ユーフェミア様!?」
マリカ達が突然走り出した私に驚いていたけれど、声の主を早く見つける事に必死だった私はそのまま気になる方向へと走る。
そして茂みをかき分けると、見渡しの良い開けた場所に出た。
「……これは──!?」
私は目に飛び込んできた光景に絶句する。
見渡しが良いと思ったのは、何十本もの木々が倒れていたからだった。まるで戦闘後のように、あちこちで土が抉れ、木が根本からひっくり返っている。
「どんな魔物と戦ったらこんな事になるんだ?」
「かなり深く抉られているな。大型の魔物とでも戦ったのかな?」
私の後を追いかけてきたマリカ達もその様子を見て驚いている。どうやらモブさん達から見てもこの光景は不自然だったらしい。
そして私にはそれ以外にも気になる事があった。それは──
「……この感じ、瘴気……?」
──そう、この大地がひっくり返ったような場所の到るところで、穢れた瘴気を感じたのだ。
倒れた木を見てみると、瘴気に触れたらしい箇所は腐ってドロドロに溶けている。岩や地面にも、粘度が高そうな黒い液体が付着していて、焼き爛れたようになっている。
「まるで<穢れを纏う闇>に襲われた跡みたい……」
私の呟きにモブさん達がギョッとした顔で振り返る。
「ユ……ミア様は<穢れを纏う闇>をご存知で!?」
「はい、以前襲われた事がありますので」
私の返答に驚愕するモブさん達。
どうやら彼らにとっても<穢れを纏う闇>は恐ろしい存在のようだ。
「……それは……本当によくご無事で……」
「我々ではアレに対処のしようがありませんから、出会ったら死を覚悟するんですよ」
「アレはもう天災として扱うしか無いですよね」
天災……確かに、アレに対抗できるのは聖属性だけだものね。そう考えると私は運が良かったのかもしれない。
私は<穢れ>に触れないように、声の主を探す。周りをよく見ると、小鳥や小さい動物の亡骸があちこちにあった。きっと瘴気にあてられて命を落としてしまったのだろう。
そんな光景を見て胸を痛めていると、ふと視界の端に動くものを捉えた。
「……っ!?」
私が気付いた方へ視線を向けると、沼のように穢れが溜まった場所があり、その中に小さい動物の様なものが横たわっていた。
身体の一部が動いているのを見て、この動物がまだ生きている事に気付く。
──助けなきゃ……!!
生きている事に気付いたと同時に、私はその動物へと駆け出していた。そしてその動物を拾い上げようと手を伸ばしたその時、「触らないで!!」と叫んだマリカの声に我に返る。
そして我に返った私の目に飛び込んできたのは、黒い瘴気溜まりで瘴気にまみれた小さい子犬のような動物だった。
……酷い……! 早く助けなくっちゃ! ええと、浄化の炎は危険だし、水で洗い流してみたらどうだろう?
私は穢れが祓われるようにと気持ちを込めて、水魔法で出した聖水を子犬にかける。雨のように聖水が降り注ぐと、物凄い量の蒸気みたいな煙が立ち上り、穢れが浄化されていく。
そして穢れが祓われた後に残されたのは、黒い毛並みの小さい子犬だった。てっきり穢れで黒いのかと思っていたけれど、生まれつき黒い毛並みのようだ。
穢れは無くなったとは言え、あんなものにまみれていたのだから、身体の方はかなり衰弱しているかもしれない……。そう思った私は今度は浄化の水ではなく、ポーションのように身体が回復するような水を出して、子犬に飲ませようとする。
けれど子犬は気絶しているみたいだし、中々上手く飲ませる事が出来ずに困っていると、「お手伝いしましょう」と言ってモブさんが子犬の顎を掴んで口を開けてくれた。
咽ないように少しずつ水を口に入れると次第に飲んでくれるようになり、しばらくすると子犬が閉じていた目を開く。
「わあ……! 可愛い……!!」
子犬の目の色は綺麗な青色で、つぶらな瞳がすっごく可愛かった。
黒い毛並みと青い目の子犬を見た私は、愛しい人を思い出す。
「すごく可愛くて、まるでハルみたい……っていうか、そっくりかも!」
まるでハルが子犬になった様なその姿に、私は濡れるのも構わず子犬を抱き上げる。
瘴気まみれから聖水まみれになった子犬はやはり寒かったようで、小刻みに震えている身体をそっと抱きしめる。
そして水が乾くように、風と火の魔法で温風を作ると、濡れた服ごと乾かしてしまう。
「うーん、これが噂の聖属性……!?」
「うわぁ……! 二属性同時使用の魔法なんて初めて見た……!」
「なんちゅー便利な魔法なんや……! もう無敵やん」
私の魔法を初めて見たモブさん達が驚きの声を上げる。……何だかジュリアンさんみたいな訛りが聞こえるけれど。
暖かい風と私の体温で寒くなくなったのか、子犬が元気になってきた。それでも私の腕の中から逃げようとせず、大人しく抱っこされたままになっている。
私は子犬が大人しいのをいい事に、綺麗になった毛並みを堪能する。もふもふとしていて気持ちいい!
「ユーフェミア様! わた、私にも! 私にもモフモフを!! 是非!!」
「モフりたい」
幸せそうな表情をしていた私を見て、マリアンヌとマリカも子犬に触りたくなってきたみたい。ジリジリと近づいて来る様子がちょっぴり怖い。
「この子、犬のような見た目をしていますけど、魔狼ですかね?」
マリカやマリアンヌも一緒にもふもふを堪能していると、その様子を見ていたベンさんが疑問の声を上げる。
「魔狼の子供なら厄介だな」
「場合によってはここで殺処分しないといけませんからね」
モブさんとラウさんの言葉に私達はぎょっとする。こんなに可愛いのに、殺さないといけないの……?
私は思わず子犬……じゃない、子狼をぎゅうっと抱きしめる。マリカ達もすごく不安そう。
そんな私達の様子に思うところが有ったのか、ディルクさんがモブさん達の前までやって来て、私達に助け舟を出してくれた。
「僕が一度鑑定してみるよ」
そう言ってディルクさんが子狼に<鑑定>魔法をかける。
私達がその様子を固唾をのんで見守っていると、しばらくしてから鑑定が終わったディルクさんの顔が少し険しくなった。
そんな表情に、この子狼はやはり魔物だったのか、とショックを受けていると、ディルクさんが私達に予想外の事を告げた。
「……うーん、駄目だね。どうやら僕ではこの子の鑑定は出来ないみたいだ」
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
次のお話は
「157 ぬりかべ令嬢、従魔契約をする。」です。
次回もどうぞよろしくお願い致します!
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