155 ぬりかべ令嬢、不穏な噂を聞く。

 朝が明けた頃、私達はすぐ出発出来る様に準備を整え、全員で朝食をとっていた。

 今の私は魔道具やメイクで姿を変え、ただの町娘になっている。


 焼き立てパンと新鮮なサラダ、ハムにベーコンとソーセージの盛り合わせにスクランブルエッグ……。朝からかなりの量が用意されていたけれど、あまり食べられなかったのが残念だ。お義母様やグリンダならぺろっと食べられるのだろうけど。


 しばらくして食べ終わった私達に、ディルクさんがこれからの予定を教えてくれた。

 今日は宿を出発したらこの街を出て、レフラの森を抜け、次の宿場町まで向かうとの事だった。

 レフラの森はとても広く、三つの国にまたがっている大森林だそうだ。帝国までの道に同じ様な森が幾つかあるらしい。

 定期的に冒険者が狩りを行っているので、森の道と言っても魔物が出る事はあまり無く安全だと聞いている。


 そして私達が食べ終わり、食堂から出ようとした時、すれ違いのように商人らしき人達が話しながら入って来た。


「昨日の夜、レフラの森の方で奇妙な光と音が──」


 今から向かう場所の名前が出たので、私達は思わず聞き耳を立てる。するとその商人達へ、レオさんがにこやかに話しかけた。


「失礼、今レフラの森と聞こえましたが、何かあったのでしょうか? これからその森へ向かう所なので、何かご存知でしたら教えていただきたいのですが」


「んん? ああ、あんたも商人かい? 俺も行商でよくレフラの森を通るんだが、昨日は森を抜けたところですごい光と雷のような音がしてな。雨でも降るのかと思いきや空は雲ひとつ無いんだよ。なのに何度も光と音がするもんだからすっかり怖くなっちまってな、慌ててこの街に駆け込んだんだよ」


 よく整備されていて魔物も少ない街道でそんな事があったのは初めてらしく、その商人さんはすごく驚いたのだそうだ。


「つい最近もラウティアイネン大森林が半分無くなったって聞いたし、一体何が起こっているのかねぇ」


 森の事を教えてくれた商人さんと一緒に居た仲間らしき人が困ったように言った。

 ちなみにラウティアイネン大森林とは、王国と帝国の間にある広大な密林地帯で、昔から手付かずで開発が進んでおらず、その奥深くは前人未踏の地なのだそうだ。だからどんな危険があるか未知数なので、誰もそこを通ろうとしない。

 ただ、距離的にはラウティアイネン大森林を縦断すれば王都から帝都まで、そんなに時間がかからずに行けるらしい。

 帝国も広大な領地を持っているけれど、帝都は領地の中心ではなく端の位置に置かれているから、空からのルートを利用すると結構ナゼール王国の王都と近かったりする。

 だからハル達もラウティアイネン大森林の上を飛竜さんで飛んで来たのだろうけれど……。


 ──商人さんが言う半分無くなった大森林と言うのはきっと、ハル達が戦った場所なのだろう。


 小さい国が一つ入りそうな程、広範囲の森の半分近くが無くなる戦いだなんて、どれだけ壮絶だったのだろう……想像するだけで気が遠くなりそうだ。


「あんた達も気をつけてな。何かあったらすぐ逃げるんだぞ」


 色々教えてくれた商人さん達にお礼を言って、宿を出た私達はフォンスさんやニックさんが準備してくれた馬車に乗り込み、ネフラの森へと向かう。

 朝が明けたばかりだからか、宿場町の道には人がちらほらいるぐらいだった。どうやらこの時間に出立したのは私達だけみたい。



 宿場町の街道を抜けて暫く行くと、噂の森が見えて来る。

 森と言うから鬱蒼と木々が茂った暗い道を行くのかと思ったけれど、道は馬車がすれ違えるほど広くて、森の中と言うよりは木のトンネルを抜けるようだった。


「何だか予想よりも明るい道だね」


「ん、暗くない」


「この道は王国と帝国を繋ぐ重要なルートだからね。随分昔に大掛かりな工事が行われたんだそうだよ。お蔭でこうして快適に進めるから、有り難いよね」


 そうして皆でおしゃべりをしながら森を進んでいると、馬車のスピードが徐々に遅くなっているのに気がついた。


「あれ? 馬車のスピードが落ちている……何か障害物かな」


 ディルクさんもスピードが落ちているのに気がついたらしく、馬車の窓から外を伺おうとしたけれど、馬車はそのまま止まってしまった。


「ディルクさん、道の真ん中に障害物があるようです。モブさん達に撤去を手伝って貰いますから、しばらくお待ち下さい」


 御者窓からニックさんが声を掛けて来た。前を走っていたレオさん達の馬車が障害物に気が付いたらしい。


「僕も手伝えるかもしれないから行ってくるよ。ミアさん達は馬車の中で待っててくれるかな」


「あ、あの、私も行きます!」


 ディルクさんがそう言って馬車から降りようとしたけれど、私にも手伝える事があるかもしれないと思い、一緒に行くと申し出た。


「私も」


「私もご一緒します!」


 すると、マリカとマリアンヌも行くと言い出して、結局皆んなで行く事になった。


「まあ、危険は無さそうだから今回はいいけど……何かあったらすぐこの馬車に戻るんだよ?」


 ディルクさんに許可を貰って馬車から降りたところで、私達の乗った馬車の後ろを守りながら走っていたラウさんも馬から降りて来た。


「俺もお守りしますけど、少しでも危険を感じたら戻って下さいね。この馬車の中が一番安全ですから」


 ハルが使っていた馬車だものね。簡単に壊れないように作られているのだろう。


 そうして皆で障害物の所へ行くと、そこには大破した荷馬車の残骸が道を塞いでおり、レオさんやモブさん達が困惑した表情で検分していた。


「これは……魔物に襲われたのか?」


「……うーん……何だかこの荷馬車、壊れ方がおかしくないですか? すごく強い力に押し潰されたように見えますけど」


「でもこれ、結構大きい荷馬車ですよね。この辺りにこんな馬車を壊せるほど強い力を持った魔物がいるなんて聞いた事がありませんよ」


 レオさん達が意見を交換しているけれど、この荷馬車が壊れた理由はよくわからないらしい。何か大きい荷物を運んでいたのだろうと言う事だけど、この荷馬車に乗っていたはずの御者の姿も見当たらない。


「……あれ」


 様々な憶測が飛び交う中、マリカが道から少し外れた場所を指さした。

 すると、そこにいる全員の目がそちらに向かう。


 森の暗がりに目を凝らして見みると、荷馬車とはまた別の馬車が壊れているのが見えた。

 周りを警戒しながら、皆んなで壊れた馬車がある場所へ向かう。


「おいおい、こりゃあ何処の馬車だ? 随分高そうな馬車じゃねーか」


 フォンスさんが驚いたように言う。一見普通の馬車だけど、使われている素材や作りはかなり高級らしい。


「どこかの貴族のお忍び用かな? 家紋も何も入っていないね」


 ディルクさんから見ても、壊れているのは貴族が使うレベルの上質な馬車のようだ。

 皆んなが馬車の所有者について話している時、私の耳に何かの声が聞こえてきた。


 ……? 何の声だろう……もしかして魔物……?

 

「すみません、どこからか声が聞こえるんですけど、他にも聞こえる方はいらっしゃいますか?」


 もし魔物だったら大変だと思い、皆んなに聞いてみるけれど、誰もそんな声は聞こえないと言う。


「先程から警戒して気配を探っていますが、魔物の気配はしませんね」


「……でも、何だか静か過ぎませんか? 鳥の声も聞こえませんよ」


 そう言えば、鳥のさえずりや動物の鳴き声が全く聞こえない。聞こえるのは風が葉を揺らす音だけだ。


 やっぱり気のせいかな? と思ったその時──


『……ッ……グ……』


 再び私の耳に、か細くて今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。



* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「156 ぬりかべ令嬢、(?)を拾う。」です。


何を拾うかお楽しみに―!


次回もどうぞよろしくお願い致します!

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