154 ぬりかべ令嬢、ハルの状況を聞く。2

 アードラー伯爵改めヴァシレフは、法国の裏側に精通していた人物の様で、以前大罪を犯した時に表向きは処刑されたものの、秘密裏に王国へ逃されて伯爵に成り替わったと言う。

 色々知り過ぎているからこそ、利用価値があるとして生かされていたらしいけれど、今となってはそれが仇となっている。

 だから、その身柄を確保しようとしたのだろうけれど……。


「その、ヴァシレフはどうなったのですか? 襲撃者が全滅したのなら無事だったのですか?」


「奴は身柄を拘束するために作られた檻に入れて輸送されるとの事でしたが、襲撃者にその檻ごと破壊されたそうです」


「……えっ……それはやはり……」


 襲撃者達はヴァシレフの身柄を良くて奪還、悪くて口封じのつもりでいたのだろう。襲撃を予測されていたから、思わぬ反撃を受けて最終手段に出たのだと思う、けれど……。


 ──命に重きを置く教えを説いていた筈の法国の裏の顔に、その冷酷さにぞっとする。


「大丈夫だよミアさん。ヴァシレフは帝国にとって利用価値が高いからね。奴が狙われた時の為に、殿下からとある魔道具を作るように依頼されていたんだよ。今回はその魔道具が役に立ってくれたみたいでね」


 ディルクさんの説明では、ハルからランベルト商会に魔道具の製作依頼があったらしく、マリカやニコお爺ちゃん達が急ピッチで制作したのだそうだ。その魔道具はアイデアをハルが、術式をマリカが担当したとの事だった。


「檻は囮。本物は荷箱」


「え……荷箱……?」


 檻はヴァシレフの魔力を閉じ込めた魔石と、光魔法でヴァシレフの姿を映し出す魔道具が付けられていたそうだ。そして本物は魔力を遮断する術式が書かれた荷箱に詰め込んだ、とマリカが自慢気に教えてくれた。


「敵味方が入り乱れた中で目的の人物を探すのは時間がかかりますからね。通常は魔力を辿る事が多いんです。今回はそれを利用したと殿下が仰っていましたよ」


 ……な、なるほど……。何だかすごい駆け引きがあったのね……。私じゃとても思いつかないだろうな……。


「マリウス様からヴァシレフは無事帝国に収監されたと聞いています。既に尋問も始まっているでしょうね。奴の持っている情報に殿下の容体に関する事があればいいのですが」


 ラウさんがため息混じりに呟いた。その様子に、ハルの事を心の底から心配しているのが伝わってくる。ラウさんだけじゃなく、モブさんやベンさんも同じ様な表情を浮かべている。ハルは部下の人達にも愛されているんだなあ。


「明日の朝、マリウス様から連絡が入ったらまた教えますよ」


 少し沈みかけた空気を追い払うようにモブさんが言った。

 マリウスさんと連絡が取れる魔道具をモブさんに持たせるからと、ハルが言っていたのを思い出す。

 ちなみにその魔道具は開発されたばかりで、すごく高価なのだそうだ。


「一方的に声が届くだけで、まだ会話は出来ないですけど。ああ、そう言えば王国の宰相のご子息が殿下から賜っていましたね」


 モブさんが行った言葉に「えっ」と思う。


「それはもしかすると、お父様に私の声を届ける事やその逆も出来るのですか?」


 職権乱用になるかもしれないけれど、お父様の声が聞けるかもしれないと思うと、つい期待してしまう。

 私としてはそんな軽い気持ちだったのだけれど……何故かモブさん達の顔色が見る見るうちに青くなって行く。


「あ、あの……大丈夫ですか? 何だか顔色が……」


 師団員の三人の様子に、ディルクさんやマリカ達も不思議そうな顔をしている。


「……いや、ユーフェミア様のお父上はウォード騎士団長ですよね……改めてそう思うとユーフェミア様には粗相出来ないというか……」


「決してウォード騎士団長を怒らしてはいけない……それが我々の共通認識になっています」


「かの御仁の不興を買うな、と本能が警鐘を鳴らすのです……」


「「「「「…………」」」」」


 震えながらそう呟くモブさん達の様子にディルクさん達が絶句する。


 お父様は飛竜師団の人達に一体何を……!? こんな強そうな人達が恐怖するなんて……!

 私は優しいお父様しか知らないから、お父様の恐ろしさがわからない。


「一度、王宮裏の修練場で我々と王宮騎士団が模擬戦をしたのですが、とにかく騎士団連中が弱くて」


 モブさんが先日模擬戦を行った事を教えてくれた。

 超大国の帝国でもエリートと言われている人達と、小国の騎士団では戦力の差が有り過ぎたのだろう。きっと騎士団の人達はこてんぱんにされちゃったんだろうな。


「他国ながら、防衛力を心配してしまいましたね。帝国が侵略しようと思えば戦わずして勝てそうでしたし」


 そこまで……!? 他国の人にまで心配されてしまう戦力しか無いなんて。そう言えば昔ハルがそんな事を言ってたっけ?

 もし野心に燃える好戦的な国と戦争になったら……なんて想像して震え上がってしまう。


「副団長クラスで俺達と張り合えるぐらいだったから、新しい団長だと言っても大した事が無いだろうと高を括っていました」


「見た目だっていかにも貴族ーって感じの華やかなイケメンでしたし」


 確かにお父様は細身だし、そんなに腕力無さそうに見えるものね。

 そう言えばお父様の強さってどれぐらいなのだろう? 魔導国の冥闇魔法騎士団に所属していたらしいから、モブさん達より強いぐらいかな?


「なのに実際戦ってみるとすごく強くて……本当に驚きましたね。魔法戦もすごかったけど、剣での戦いでも全く勝てる気がしませんでした」


 私の想像を超えた言葉に驚いた。え? お父様ってそんなに強いの!?


「細身に見えて全身筋肉で出来ているんじゃないですか?」


「まるで狩猟豹のような動きだったしな。あの人の身体は俺達と違う筋肉で出来ているのかもな」


「ウォード侯爵が騎士団長に就任したのなら、これからの王国騎士団は安泰ですね」


 モブさん達の高い評価に、お父様が私との約束を守ってくれるに違いないと言う確信を持つ。ならば私も早くハルを目覚めさせて、一緒にお父様に会いに行くという約束を守らねば……! と、改めて誓う。


 それからしばらく皆んなで話した後はそれぞれの部屋に戻り、明日早朝の出発に備えて早めに寝る事になった。

 私もお風呂を済ませてベッドに入ると、怒涛の展開でかなり疲れていたのだろう、急速に睡魔がやって来た。


 そして翌日の朝、マリアンヌに起こされるまで、私はぐっすりと眠ったのだった。



* * * * * *



お読みいただき有難うございました!

127話でハルがマリカに頼んだあるものとは囮用の檻でした。(今更)


次のお話は

「155 ぬりかべ令嬢、不穏な噂を聞く。」です。


次回もどうぞよろしくお願い致します!

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