86 アードラー伯爵邸跡地にて(マリウス視点)

 レオンハルト殿下──ハルが、精霊たちの力を借り、飛行魔法を使ってミアのいる場所へ文字通りすっ飛んでいった。


「おいおい……」


 前からやけに精霊に気に入られてるなーとは思っていたけど、まさか精霊たちと<同期>出来るとは思わなかった。

 ハルだってミアの事とやかく言えないよな……。ホント、規格外カップルだ。


 やれやれと思いつつ、ハルに言われた通りにアードラー伯爵邸へ向かうための指揮を執る。

 早く行ってハルを止めないと、奴のことだからきっと屋敷ごと破壊してしまうに違いない。

 

 俺たちが出発しようとすると、「僕も一緒に行きます!」と、会頭の息子ディルクが馬を引いてやって来た。


「王都の抜け道ならよく知っていますから。最短距離で案内します」


 店の客から情報を得ているらしいディルクは、地図に載ってなさそうな裏道まで使い、その言葉通り最短距離でアードラー伯爵邸へ案内してくれた。


 屋敷へ向かう途中、屋敷の方角から白い光が迸ったのが見えた。


「マリウス様! 今のはまさか……!」


「ああ、やっちまったな」


「他の屋敷は無事でしょうか……!?」


「まあ、そこは大丈夫だろう」


 ……多分。


 部下たちが王国との関係悪化を気にしているが、いくらハルでもその辺りは考慮しているだろう。流石にそこまで馬鹿じゃない……と思いたい!


 急いで馬を走らせていると、ミアを抱いて飛んでいるハルの姿があった。恐らく緊急事態なのだろう、一瞬しか見えなかったが、ミアは意識を失っている様だった。


「ミアさん……!」


 ディルクが心配そうな声をあげている。彼から見ても彼女の様子は酷いのだろう。


 しかし間に合わなかったか……。ハルが暴れるまでに間に合いたかったのだが……仕方がない。

 それでもディルクのおかげでかなり早く到着出来たのだ。それで良しとしておこう。


 しばらく進むと、貴族街から少し離れた所に瓦礫の山があった。元は大きな屋敷だったと思わせるそれは、無残にも原型を留めておらず、瓦礫の下からは人のうめき声が聞こえてくる。


「……これは酷い」


 ハルの魔法の威力を実感しながら人命救助の指示を出していると、ディルクが何かを見つけて走り出した。


「マリカっ!!」


 ディルクが向かう先には白い髪の幼気な少女が居て、ディルクの声に気が付くと、少しフラフラとした足取りでディルクのもとへ向かい、しっかりと抱きしめられていた。


 抱き合って再会を喜ぶ二人の足元には、その場の雰囲気に似つかわしくない小汚いおっさんが光縛で縛られ転がされていた。

 恐らくコイツがアードラー伯爵の偽物なのだろう。鼻の骨が折れているのか、顔面が血と涙と色んなもので汚れているし、右腕は無いし左足首から下も無いしで酷い有様だ。


 それでも、あのハルがかなり我慢して手加減したんだな、と言うのがわかる。


 ディルクとの抱擁を解いた少女が俺に気付き、事情を説明してくれたけど、この少女──マリカが天才魔道具師と知って驚いた。

 しかも精霊が見えているし、魔力神経がどうとか言ってるってことは、ハルと同じ魔眼持ち……!?


 確かディルクと一緒に彼女も帝国に来る様な話になっていたし、彼女が帝国に来てくれるなら高待遇で迎え入れたい。きっと帝国の魔道具作成技術も進歩して、「スマフォン」の再現も更に早まる事間違いなしだ。ハルもとても喜ぶだろう。


 それから小汚いおっさん……じゃなく、偽アードラーの所業などを聞かされたが……なるほど。確かにコイツは簡単には殺せないな。それに法国の事とか色々と聞き出す事が出来そうだ。

 幸い我が帝国には尋問のスペシャリストがいる。尋問される側の立場になった偽アードラーはどんな反応をするのだろう。


「この屋敷にいる貴族はアードラー伯爵の協力者。全員捕まえて欲しい」


 その貴族達が協力していたから今まで偽アードラーは捕まらなかったのだろう。しかし今回の事でこいつら全員ただでは済まないだろうな。帝国なら一番軽くて奴隷落ちだけど……まあ、王国がどう処理するかだな。


 ある程度説明が終わったところで、マリカが何かに気付いたのか、瓦礫の方へ歩いて行くので、ディルクと一緒について行く。すると、右腕から大量の血を流して倒れている男が居た。


 ──この血の量は……もう、間に合わないかもしれないな……。


「エフィム」


 マリカがその男の名前を呼ぶと、エフィムと呼ばれた男が薄っすらと目を開ける。しかし、もう虫の息だった。


「……マ、リカ……」


「私は貴方とは行けない。研究がどうとかでは無く、私がディルクと一緒にいたいから」


「……そう、か……」


「だから、ごめんなさい。誘ってくれてありがとう」


「……とても……残念だけど……仕方無い、ね……」


「貴方はとても良い研究者。偉そうなだけはある」


「……ふふ……ありがとう……」


「貴方が研究者として頑張っていたら……きっと私達は良いライバルになっていた」


「……うん……」


「内容はアレだけど、貴方とした術式の話は面白かった」


「……本当……? 嬉しい、な……」


「ただ貴方は……選択を間違った」


「…………うん……」


「私は術式の事で、人と話したことが無かったから……正直、楽しかった」


「……ああ、そうか……僕が……道を、間違わなかったら……もし、僕が…………ああ、彼女達にも……酷い、事を……」


 エフィムは途切れ途切れに呟くと、後悔しているのか、虚ろな瞳から涙を流した。


「…………怖い、思いをさせて……ごめんね、マリカ……」


 最後にエフィムはそう呟くと、もう二度と動かなくなった。


 動かなくなったエフィムを見て、俯いたままのマリカをディルクがそっと抱きしめる。

 マリカは声を出さずに、ただ静かに涙を流し続けていた。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


エフィムの最後については賛否両論あるかもですが、

研究員としての栄光やマリカとの未来(友人枠)を失ったのが罰ということでお許し下さい。


次のお話は

「87 光を守る者1(マリカ視点)」です。


71話からの豚屋敷のマリカ視点です。

伯爵等の台詞を端折ったりしているのでマイルド風味ですが、

71〜78話がきつかった方は91話からお読み下さいませ。

このマリカ視点の最後にちょっとイチャイチャ(当社比)入ります。


どうぞよろしくお願いします!

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