85 光を追い求める者(ハル視点)

 やっと逢えたミアは満身創痍で意識を失っていて、早く適切な処置をしないといつ命を落としてもおかしくないぐらいの重症だった。


 俺は万が一の為にと思い、持って来ていた上級ポーションをミアに振りかけた。

 上級とは言え、ミアの作ったポーション程の効果は無く、外傷を治す程度で魔力回復には至らない。それでも無いよりはマシだろう。


「一体どうやったらこんな酷い状態になるんだ……!」


 特に魔力神経の損傷が酷い。俺が来る前から負傷していたのだろう。だとしたらずっと辛そうだったミアの表情にも納得が行く。


 ──こんな状態で俺を守ってくれたのか……。


 きっと想像を絶する激痛に苛まれていただろうに、俺のために全魔力を使ってくれたミアに、愛しい気持ちが溢れてきて止まらない。


 再会すればミアの笑顔が見られると思っていたのに……俺はまだ泣き顔しか見ていない! 確かに泣き顔が見てみたいと思ったけどっ……!! 泣き顔でもこれじゃないのだ!! くそっ! 偽アードラーめ……!!


 とにかくミアをこのままにはしておけない。帝国へ連れて行けば何とかなるか……?

 しかし今から急いで戻っても一日はかかる。それまでミアの生命力が持てばいいが……。


 俺がミアを助けるための方法を模索していると、背後に人の気配がして慌てて振り返る。


 ──まさか、偽アードラーが!?


 しかし、振り向いた先に居たのは小汚いおっさんでは無く、白い髪の少女だった。


 え? この少女がマリカ? 随分小さ……幼いな。


 マリカが腹を抑えながらこちらに向かって歩いて来るが、かなり辛そうだ。


「お、おい。辛そうだが大丈夫か……?」


「私は大丈夫。それよりミアの状態が酷い」


 マリカがミアを見て、あまりの状態の酷さに顔を顰めている。


 ……もしかしてこのマリカも俺と同じ魔眼持ちか……? まあ、その件は追々話を聞くとして、とにかく今はミアだ。


「この王都で腕の良い医者を知っているか?」


 俺の質問にマリカは首を振って「王国ではミアを治療出来ない」と呟いた。


「医術や魔力の研究はほとんどされていない。帝国とは雲泥の差」


 マジかー! ……まあ、そうだろうな、とは薄々分かっていたけどさ……。


「やっぱりこのまま帝国へ行くしか無いか……」


 俺がそう言ってミアを抱きかかえ立ち上がった時、マリカが「あっ」と何かを思い出した様に言った。


「ランベルト商会の寮のミアの部屋に<神の揺り籠>がある。そこでしばらく休ませれば回復出来るかもしれない」


「はあ!? <神の揺り籠>!? 何でそんなもんが……って寮!?」


 法国でも上位の者しか入れない本神殿の奥深くに、最上級治癒魔法が施された場所があると聞いた事がある。

 一国の王が治療のため、国家予算一年分の大金を積んで使用の許可を求めてもあっさり断られたと言う、<神の揺り籠>が商会の寮にある?


「……それは、やっぱり……」


「そう、ミア。ミアが私のために用意してくれた」


「相変わらず、無自覚なんだろうな……」


 ミアはいつも無自覚でとんでもない魔法を使うけど、それは全て人を助けるための魔法だ。人のために魔法を使うミアだからこそ、聖属性を持っているのかもしれないな。


「よし! もう一回飛ぶぞ!」


 俺がそう言うと、今まで俺たちの様子を見守っていた精霊たちが一斉に寄ってきて、俺はミアと一緒に再び精霊まみれになる。


「こんなに精霊が……」


 マリカも魔眼で精霊たちを視て、その数に驚いている。王都ではほとんど見かけないからな。


 俺はミアを抱きしめて再び飛行魔法を行使する。すると、向こうの方からマリウス達がやって来るのが見えた。


「マリカ! 俺の部下たちがもうすぐここへ来る! 悪いが、事情説明しといてくれ!」


「わかった。ミアをお願い」


 マリカがしっかりと頷くのを確認して、俺は再びランベルト商会へ急ぐ。


 ミアの様子を確認しながら全力で飛ぶ。ミアは軽いので、抱いていてもスピードが落ちること無く、無事ランベルト商会まで着くことが出来た。


 精霊たちの案内でミアの部屋へ行くと、簡素ながらも女の子の部屋らしく綺麗に整頓された室内の様子にミアらしいな、と思う。


 そして部屋の奥にあるベッドを視て驚いた。本当に<神の揺り籠>がある……!


 一見、何の変哲もない普通のベッドだが、俺の魔眼では花緑青色の清涼な魔力で包まれていて、この世界とは別の位相に存在しているものの様に視えた。


「……マジかー……法国の奴らが見たらどんな顔するんだろ……」


 アイツらはとにかく秘匿するから質が悪い。人を救う術が直ぐそこにあるのに、教義がどうとか言って出し渋るから救えるものも救えない。結局それで命を落としたものがどれ程いることか……!

 俺からしたら人を救えない宗教なんざクソ喰らえなんだがな。


 ミアをそっとベッドに寝かせると、早速効果が現れたのか、ミアの顔色が良くなっていくのがわかる。

 これで一先ず命の心配は無くなった。後は魔力神経だが……。


 聞いたところによると<神の揺り籠>は、肉体的損傷や病気などの治癒には効果が有るそうだが、魔力系統の治癒に効果が有るかどうかは不明となっている。


 世界のあらゆる国で魔力神経の研究は行われているものの、成果はほぼ上がっていない。それは魔力を視ることが出来る者でないと魔力神経は見えないからだ。

 研究する人間に魔眼持ちがいれば良いのだろうが……数が少ないからな。

 ……そういう意味でも、あのマリカという少女は希少だろう。天才魔道具師と称されるだけでも大したものなのに、更に魔眼持ちとか。そりゃ魔導国も躍起になって欲しがる筈だわ。


 花緑青色の光りに包まれたミアの顔をじっと見つめる。

 閉じられた瞼はピクリとも動かず、本来の美しさも相まって、精巧にできた芸術品のようだ。

 それでも、わずかに上下する胸の動きが、ミアが生きていると教えてくれる。


 ……ギリギリとは言え、ミアの命を守ることが出来て本当に良かった。後少しでも遅れていたら、ミアを永遠に失っていたかもしれない──。


 昔はミアと二度と逢えないかもと想像をするだけで駄目だった。でも今は、生きてこの世界にいてくれるなら、それだけでいいと思う様になった。

 だから、ミアがこのまま眠り続けたとしても、俺は彼女が目を覚ますまでいつまでも待つし、眠る姿を見守りながら人生を過ごす事になっても構わないと思う。

 

 ──どんな形でも、俺の側で生きてさえいてくれたなら、それだけで俺は幸せだ。

 たとえミアが、その瞳に俺を映すことが無かったとしても──。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ミアが介護状態になるという不思議展開。タイトル変更しなきゃ。(嘘です)

タグにある通りハッピーエンドですから!その辺はご安心下さい。


次のお話は

「86 アードラー伯爵邸跡地にて(マリウス視点)」です。


ハルが飛んでいった後の話です。


明日も更新しますので、どうぞよろしくお願いします!

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