253 ぬりかべ令嬢、伝言を受け取る。


 ナゼール王国にいるお父様から、『スマートホン』にメッセージが届いたと、マリウスさんが教えてくれた。


 『スマートフォン』は異世界のもので、知り合いと連絡を取るためのツールとして利用されていたという。


 そんな『スマフォン』──改め『スマートフォン』、略して『スマホ』は画期的な魔道具で、まだ数台しか作られていないとマリウスさんが教えてくれた。


 ハルはそんな貴重なスマホをナゼール王国に貸していたのだそうだ。

 それだけで、ハルがどれだけ王国を重要視してくれていたのかがわかる。


 スマホに魔力を通すと、表面がぱあっと明るくなった。


「わぁ……! 文字が浮かび上がってる!」


 光の中に文字が浮かび上がる不思議な光景に感動する。


「あれ? でもモブさんが持っていたスマホとは違う様な……?」


「はい。彼らに所持させていたスマホは試作品でしたから。このスマホは最新式なんですよ」


 マリウスさん曰く、スマホは研究を繰り返し何度も改良されているのだそうだ。


「ふわぁあ〜〜! めっちゃ懐かしい! そうそう、こんな感じでした! すごい再現率ですね!」


 マリアンヌがスマホを見て感動している。その様子を見るに、異世界のものとそっくりなのだろう。


「あ、ナゼール王国の王宮執務室から届いたんですね。お父様の名前もある!」


「はい。どこの誰から届いたのか、一目でわかる様になっています。この再現にかなり苦労したんですよ」


「おぉ〜〜!! そこまで出来るなんて! 前は何気なく使っていましたけど、今から思うと凄まじい技術だったんですねぇ……」


 確かに、一目で確認出来るのはとても便利だな、と思う。

 異世界の技術を欲しがる魔導国の気持ちが初めて理解出来た様な気がする。


「スマホの画面に触れれば音声が流れます。私は外に出ますので、聴き終わりましたらお声掛けいただけますか?」


「はい、わかりました。……あ。あの、これは一度聴くと消えてしまうんですよね?」


「はい。最新式とはいえ、マリカさんが考案された集音の術式はまだ組み込まれていませんから」


「そうですか……」


 ここにマリカの作ってくれたブローチがあればいいのだけれど、あいにく集音出来るものはない。


 どうにかお父様からのメッセージを保存できる方法はないのかな?


 こういう時、マリカは本当にすごいと思う。ちょっとしたひらめきですごい魔道具を作っちゃうんだから。


 私はマリカと一緒に集音の魔道具を作った時のことを思い出す。


 マリカの言葉は難しくてほとんどの単語がわからなかったけれど、それでも物作りしている実感が持てたと思う。


「……あ」


 私はふと、マリカの言葉を思い出した。


『──ミアは空間魔法も使っている』


 それは帝国に向かう旅の途中で、私のルーツを知ることになった時に言われた言葉で。


 もし私に空間魔法が使えるなら、集音の魔法も使える……?


「ミア様、どうされたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」


 考え事をしていて、ずっと固まったまま動かない私を、マリアンヌが心配してくれる。


「ごめんね、大丈夫だよ」


 マリアンヌを安心させてから、私は今考えていたことをマリウスさんに話すことにする。


「マリウスさん、スマホがとても貴重なものだとわかっているのですが、一度試したいことがあるんです。やってみてもいいですか?」


 私がやろうとしていることは、異世界マニアのマリウスさんが心血を注いで再現したスマホを壊してしまう可能性がある。

 だからマリウスさんがダメだと言えば、諦めるつもりだったけれど……。


「構いません。ミア様のお好きになさってください」


 マリウスさんはあっさりと許可してくれた。それだけ信用されているんだな、と思うととても嬉しい。


「有り難うございます。では、やってみますね」


 私はスマホをぎゅっと握ると、目を瞑って意識を集中する。


 そしてスマホの中に記録されているであろう、お父様の声を探し出す。


 モノの中にある対象物を探すのは、元アードラー伯爵の<黒い領域>を探した時に経験済みだ。

 あの感覚を思い出して、スマホの中を探してみると、懐かしい魔力を感じ取る。


 この懐かしい魔力はきっと、お父様の魔力なのだろう。


 私は見つけた魔力を自身の魔力で包み込む様に守る。


 ──お父様の声が空気に溶けないように、そのままそこに有り続けますように、と。


「うわぁ……っ! ま、眩し……っ!」


「こ、これは……っ!」


 私がスマホに魔力を注ぎ込むと、マリアンヌとマリウスさんから驚く声が聞こえてきた。きっと私の魔力が漏れて眩しいのだろう。


「……ふぅ。こんな感じだと思うけど……どうかな?」


 私が目を開けると、魔力を注ぎ込む前と変わらないスマホがあった。


「見た感じ変わったところがないから、上手くいったかどうかわからないね」


 マリカがいてくれたら、魔眼で確認してもらえるのに。


「いやいや、ミア様は見ていらっしゃらないでしょうけど、メチャクチャすごかったです!! まさに神の御技でした!!」


「はい、ミア様の魔力が線を象ったかと思うと、術式が描かれていって……複雑な魔法陣となり、スマホに吸収されました。それはもう神々しい光景でしたよ」


 私が魔法を使う様子を見ていた二人が、興奮しながら教えてくれた。


 魔力が魔法陣になったなんて……自分でも気づかなかったよ……。


 きっとここにマリカがいたなら「やりすぎ」って怒られていたかも。


「そうなんですね。じゃあ保存に成功したかもしれませんね。試しに聴いてみます」


「では、私は一旦執務室に戻ります。このスマホはしばらくお貸ししますので、ごゆっくりどうぞ」


「えっ?! 良いんですか? 有り難うございます!」


 マリウスさんから貴重なスマホを借りることが出来てとても嬉しい。もし保存に成功していたら、何度も聞いてしまうかも。


 私はマリウスさんを見送った後、ドキドキしながらスマホに魔力を流した。


 すると、再びスマホの表面が光り、懐かしい声が私の耳に届く。


『えーっと、もう喋っていいのかな?』


『はい、もう記録が始まっていると思いますよ』


 お父様の声と、もう一人別の人の声が聞こえた。


「あ、この声は……」


 お父様より若い男の人の声は、エリーアス様だった。


『あ、そうなんだ。ごほんっ、ミア、元気かい? 父様だよ! 今日ミアから手紙が届いてね、一刻も早く返事をしたかったんだけど、手紙だと届くのに時間がかかるだろう? だからアーベルにこの魔道具を使わせてもらえないかお願いしたんだ! 僕の声はちゃんと聞こえているのかなっ?』


『……お願い……? あれはお願いじゃなく脅し……』


 お父様の後ろでエリーアス様がぼそっと呟いているのが聞こえてきた。


「ふふっ、お父様ったら……」


 相変わらず自由に振る舞うお父様に、思わず笑みが零れる。

 様子がわからなくて心配したけれど、声を聞く限り元気そうで安心した。


 手紙じゃ伝わらないちょっとした変化が、こうして声を聞くことでよくわかるな、と実感する。


『ハルツハイム卿からミアが無事帝国に到着したと聞いてはいたけれどね。直接ミアから連絡があって安心したよ。身体は大丈夫かな? 病気や怪我はしていないかな? ミアが使用人として働いていると知って驚いたけど、楽しそうなら良かったよ。殿下の様子はどうかな?』


 お父様からハルの様子を尋ねる言葉が出てドキッとする。


『ミアはとてもしっかりしている子だけど、自分のことをもっと大事にして欲しい。いくらミアが規格外の力を持っていても、その力が届かないような、どうにもならないことがこの世界にはいくらでもあるんだからね』


 ……お父様はまだハルが目覚めていないって知っているのかな? 


 お父様の言葉はまるで、今の私のことをそのまま指し示しているようで……。


『そうそう、リアからミアに伝言を頼まれていたんだ。もしミアが困っていたら伝えて欲しいってね。今がその時かどうかわからないけれど、僕は今伝えようと思う』


「えっ……。お母様から……?」


 まさかお母様から私宛に伝言があったなんて……。

 嬉しい気持ちが溢れるのと同時に、驚きや不思議に思う気持ちも湧いてくる。


 ──もしかして、お母様は<夢見>で何かを知っていたのかな……?


『じゃあ、伝えるよ。“──ミアへ。私が知っているミアは、とても小さくて可愛い子だったけれど、今のミアはとても素敵な淑女になっているのでしょうね。その姿を想像するだけで母様は幸せな気持ちになるわ。ミアはどう? 今幸せかしら? 昔からミアはとても強い子だったけれど、もし自分の力ではどうしようもないような、困難な状況に陥る時が来たら、母様の言葉を思い出して欲しいの。──それは[目に見えるものだけを捉えても真実に辿り着けません。万物の本質を知り、何が本当で何が偽りなのか、真実を見極める力を養いなさい]ってね。この言葉だけ言われても意味がわからないだろうけれど、母様はミアなら大丈夫って信じてる。だから……負けないで。ミアの幸せを心から願ってるわ。ミアに……あなたに出逢えて本当に嬉しかった。あなたの存在が私の幸せそのものだったの。──愛してる。ずっと愛してるわ。私の可愛い娘ミアが、神の光に満たされることを祈って。──母様より”』


「…………」


 お母様からの伝言を聞いた私の目から、涙がポロポロと零れ落ちる。


『リアからの伝言は以上だよ。リアの言葉が、ミアを導く光になることを願ってる。これからも手紙を送ってくれたら嬉しいな。そしていつか落ち着いたら、殿下と一緒に幸せな姿を見せに来て欲しい。ずっと待ってるからね。愛してるよミア。じゃあ、またね!』


 お父様の最後の挨拶が終わると同時に、スマホから光が消えていく。


 その光景はとても寂しくて、この世界にただ一人残されたような錯覚を私に与えた。


 私は流れる涙そのままに、光を失ったスマホをぼんやりと眺めていた。


「……ミア様」


 ただ涙を流し続ける私のそばにマリアンヌが来て、ハンカチで私の涙をそっと拭ってくれた。


「有り難う、マリアンヌ。私、お父様の声が聞こえて嬉しかったはずなのに……今はすごく寂しいの。どうしてだろう……」


 もしこれが手紙だったなら、こんなに寂しくなかったんじゃないかな、と思う。


「……そうですね。きっと会えないことが寂しんでしょうね。声を聞くとすぐそこにいるような気がしますから」


 私はマリアンヌの言葉に納得する。


 ……そうか、声はするのに姿が見えないから不安なんだ。


 私はスマホを手に取ると、もう一度魔力を流す。


 すると、スマホが光り、再びお父様の声が部屋中を満たした。


「あ、保存に成功しましたね! おめでとうございます! これで何度でも聞けますね!」


「うん! 良かった……! すごく嬉しい!」


 お父様の声の保存に成功した私は、何度も何度も再生を繰り返した。


 お父様とお母様の言葉を零さないように、一言一句全て覚えるまで。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

ちなみにスマホのイメージはiOSです。

そのうちマリカとマリアンヌ共同でアプリ制作が開始するようなしないような。


次回のお話は

「255 ぬりかべ令嬢、神具と会う。」です。

ようやくここまで来ましたよ、と。長かった……。(自業自得)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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