254 ぬりかべ令嬢、辿り着く。


 私はハルの婚約者として認められるために、皇后陛下からお后教育を受けていた。


 本当は皇族の居住区域に部屋を用意されたことで、婚約者として認められたも同然なのだけれど、念には念を入れて、誰も文句が言えないぐらい立派な令嬢になろうと頑張っている。


 以前王国で王妃教育は厳しいと聞いていたから、帝国のお后教育はさぞや厳しいのだろうな、と覚悟していた私だったけれど、実際スタートしてみると、陛下はとても優しくわかりやすく、私に様々なことを教えてくれた。


 そんな陛下のおかげで、私は有意義でとても楽しい時間を過ごすことが出来ている。

 ハルのお母さんが陛下で本当に良かった、と心から思う。


 私はお后教育の合間に時間さえあればハルのところへ行き、マリウスさんから借りているスマホでお父様からのメッセージを聞いている。


 そうして、私はお母様が残してくれた言葉の意味を、繰り返し繰り返し考える。


『──目に見えるものだけを捉えても真実に辿り着けません。万物の本質を知り、何が本当で何が偽りなのか、真実を見極める力を養いなさい』


 お母様の言葉は難しくて、私は未だその言葉の意味を理解出来ていない。


 物知りなマリアンヌはもちろん、私より頭がいいマリカや柔軟な思考のミーナにも、この言葉がどういう意味なのか聞いてみたいけれど、これは私自身が気付かないといけないことなんじゃないかな、と思う。


「目に見えるもの……見た目じゃないってことかな?」


 確かに、人でも見た目と中身が全然違う場合があるだろう。グリンダだって昔はすごく猫を被っていたし。


「万物の本質って言葉もよくわからないや。うーん、難しいなぁ……」


 お母様が言っていた「真実を見極める力」も、マリカの<魔眼>やディルクさんの<鑑定>のようなスキルのことかな、と思ったけれど、きっと違うんだろうな、と思い直す。


 私は早く言葉の意味を理解しなきゃ、と焦る度に、スマホを起動する。


 もう何度再生したかわからないぐらい聞いたから、メッセージは丸暗記しちゃったけれど、それでもお父様の声で聞きたい。


『──愛してる。ずっと愛してるわ。私の可愛い娘ミアが、神の光に満たされることを祈って。──母様より』


 何度聞いてもお母様の言葉は、私の心を温かくしてくれる。

 

 いつも通りお母様の言葉を聞いていた私はふと、気が付いた。


 ……その小さな気付きは、お母様からの贈り物だったんじゃないかな、と後になって気付くことになるのだけれど。


 私が気付いたことは、お母様は法国を嫌っていたんじゃ? ということだ。


 それなのに、お母様は私のために神様に祈ってくれていた──と言うことは、アルムストレイム教のことは信じていた……のかな?


 そういえば、よく勘違いしてしまうけれど、アルムストレイム教は教皇であるアルムストレイムを崇拝する信仰じゃないよね。


 ──アルムストレイムはあくまで神の代理者だから。


「そっか。お母様は信仰を捨てた訳じゃないんだ」


 今のアルムストレイム教がおかしいだけで、聖典に書かれている内容はとてもためになることがたくさん書かれてるって話だし。


 もはやアルムストレイム教は、教皇を神の如く讃える宗教になってしまった……そんな気がする。


 法国がどんな国なのか知らないまま、ただ世界中の人々が信仰しているから、素晴らしい宗教なのだと思っていたけれど……。

 実際は裏でたくさん悪事を働いていることを知り、アルムストレイム教の綺麗なところしか見ていなかったんだとわかった。


「──あ、これって……お母様の言葉そのままだ……」


 私はようやく、お母様の言葉の意味を一部だけ理解出来た……のだと思う。


 でも、きっとこの言葉はアルムストレイム教のことだけじゃなくて……もっと色んなことに置き換えることが出来るんじゃないかな。


 悪人だと思っていた人が本当は善人だった、とかよくある話だし。きっと人だけじゃなくて動物や物にだって当てはまって──。


「んん? そう言えば、レグって……ずっと小さいままだよね? そういう種族なのかな?」


 レグを拾ってから結構経つけれど、その時からレグの大きさは変わっていない。ちょっとは大きくなってもおかしくないのに、まるでレグだけ時が止まっているみたい。


 まあ、レグはとても可愛いから、ずっとそのままでいて欲しいけれど。


 私は横で眠っているハルの顔を眺める。


 綺麗な寝顔はいくら見ても見飽きないけれど、私はハルの笑顔が、空色の綺麗な瞳が見たいのだ。


 私はポケットから、以前大公から返してもらったハルのペンダントを取り出した。


 ペンダントに付いている魔石は空色で、ハルの瞳と同じ色をしているから、いつも持ち歩いては魔石を眺めて、寂しさを紛らわしている。


「……ハルはいつ起きるんだろう……」


 ハルを目覚めさせようと色々調べているけれど、未だ手掛かりは見つからないままだ。


 神が作ったとされる神具が、ハルの魂を破壊したのなら、人間が足掻いたところで出来ることは何もない──って、誰もが思うだろうけれど、それでも私はハルが目覚めると信じてる。


 だってお母様が私の幸せを願ってくれていた。

 お母様の願いが叶わない訳がない。

 それはイコール、ハルが私と一緒に笑ってくれるということなのだ。


「神具だって人間に使われるなんて思っていなかっただろうな。元々は魔神殲滅用だったのに。私だったら泣いちゃうかも──……あ……っ!」


 なんとなく、本当になんとなく想像して口にした言葉に、私は驚いて思わず立ち上がった。


 ──そうだ。私は神具を見に行った時、保管部屋で誰かの泣き声を聞いたんだ──!


 あの時は手掛かりが見つからなくてショックだったし、気のせいだと思っていたけれど。


 ──もし、あの泣き声が神具の泣き声だったなら……?


 普通だったらそんな訳ないと、突拍子もないことだと気にしなかったかもしれないけれど、お母様の言葉を信じるのなら、きっと──!!


 私はもう一度、神具を保管している魔術師団本部に行こうと思い立つ。


 だけど、いきなり私が本部に行っても神具を見せてもらえないと思う。

 それに、神具がハルを目覚めさせるきっかけになるのなら、ここに持って来た方がいいかもしれない。


 ──よし、マリウスさんにお願いしに行こう!


「ハル、ちょっと待っててね!」


 考えをまとめた私はハルの部屋から出ると、警備している師団員さんに声をかけて、マリウスさんに会えるか聞いてみた。


「いえ、ミア様がわざわざ行かれる必要はありません。そんなことをさせたら副団長に怒られてしまいます」


「そうですよ。私が副団長を呼んで参りますから、少々お待ちください」


 師団員さんのうちの一人が、走ってマリウスさんを呼びに行ってくれた。


「ミア様からの呼び出しならすぐ来られると思いますよ」


「はい、有り難うございます」


 もう一人の師団員さんがそう言ってくれるけれど、マリウスさんはいつも忙しいから、しばらく待たされるんだろうなと思っていたら、本当にすぐ駆けつけてくれた。


「ミア様、どうされましたか?」


「お忙しいところすみません。あの、神具をここに持って来ていただきたいんです! 出来るだけ早く!」


 私の必死な様子に何かを感じ取ったのか、マリウスさんは「わかりました。すぐ手配します」と言うと、一緒に来ていた師団員さんたちに指示を飛ばした。


 マリウスさんの指示を受けた師団員さんたちが、それぞれの役割を果たすために動き出す。

 私は慌ただしく走っていく師団員さんたちを見送りながら、心の中で「頑張って!」と応援する。


「無理を言ってすみません。皆さんにもお礼をしなければいけませんね」


 常に忙しい師団員さんたちの仕事を増やしてしまい、申し訳なく思う。


「とんでもありません。私たちは皇族の方々はもちろん、桜妃であるミア様のお役に立つために存在するのです。それに殿下ならミア様を最優先しろ、と仰るはずですよ」


「ふふっ……。有り難うございます」


 マリウスさんの言葉に、私の心が軽くなった。


 お礼はいいとマリウスさんは言ってくれたけれど、今度お菓子でも作ってみんなに差し入れしようと思う。





 * * * * * *





 マリウスさんを始めとした師団員さんたちが頑張ってくれたおかげで、その日の内に神具の貸与許可が降りた。

 正直、こんなに早く許可が出るとは思わなかったからびっくりだ。


 私はマリアンヌを呼び、マリカに連絡を取った後、マリウスさんたちと一緒に神具が来るのを待つ。


「皆様、お待たせ致しました」


 そう言ってやって来たのは魔術師団本部の管理者、キストラー伯爵だった。責任者でもあるからか、自ら持って来てくれたようだ。


「申請を受諾いただき感謝します」


 伯爵も忙しいだろうに、わざわざ持って来てくれたことにお礼を言う。


「いえいえ、両陛下から全面的に協力するように、と仰せつかりました。何なりとお申し付けください」


「陛下が……?!」


 まさか両陛下が手を回してくれていたとは思わなかった私は驚いた。


「ミア様の様子からして重要な問題だと判断し、陛下に協力をお願いしたんですよ」


 焦った様子の私に、ただ事ではないと判断したマリウスさんが両陛下に働きかけてくれたらしい。そのおかげで、本当は申請にすごく時間がかかる神具の貸し出しが早々に実現出来たのだろう。


「そうだったんですね……有り難うございます!」


 たくさんの人が私を信じて協力してくれる──そのことが本当に嬉しい。


 私は気を引き締めると、モブさんたち師団員さんが運んでくれた、神具が入っているケースへ向かった。


 透明なガラスケースの中に置かれている、黒い一本の槍。


 飾りも何も無い、一見すると普通の鉄の棒だけれど、不思議な存在感があると思う。


「あの、神具に触ってみてもいいですか?」


 私はキストラー卿に問いかけた。


 私はハルを目覚めさせるための”何か”が神具にある、と確信している。だから、実際触れてみると何かを感じるんじゃないかな、と思ったのだ。


「……はい。どうぞ触れてみてください」


「っ、有り難うございます!」


 本来なら、絶対許可されないであろう私の頼みを、キストラー卿は許可してくれた。陛下から口添えがあったとはいえ、彼の立場を考えると苦渋の決断だっただろう。


 私は神具が入っているケースを開けてもらい、じっと神具の様子を見る。


 魔術師団本部の保管室で聞こえた、泣き声はまだ聞こえない。


「マリカ、やっぱり神具からは何も感じない?」


「……前回と同じ。何も感じない」


 念の為マリカの<魔眼>で見てもらっても、神具に変化は見られないようだ。


 私は覚悟を決めると、そっと神具に触れてみた。


 冷んやりとした鉄の感触が、手のひらに伝わってくる。


「少しの間お借りしますね」


 私はキストラー卿にそう伝えると、神具を両手で持ち上げた。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


ミアママの言葉でヒントを得たミア。

彼女の行動がどんな結果をもたらすのか、みたいな。


次回のお話は

「255 ぬりかべ令嬢、神具と会う。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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