255 ぬりかべ令嬢、神具と会う。


 私は神具を両手で持ってみた。


「ミア様、大丈夫ですか?」


「うわっ、重くないですか? 一緒に持ちますよ!」


 ただの鉄の棒とはいえ、意外と長い神具を持つのは大変かも、と思ったけれど、見た目に反して神具は意外と軽かった。


「有り難う、大丈夫だよ。意外と軽くて私でも持てるみたい」


 心配してくれたマリウスさんとマリアンヌに断りを入れると、驚いた顔のキストラー卿が目に入った。


「……軽い、ですと……?! いや、そんなはずは……!」


「もしかして、神具はそんなに重いのですか?」


 マリウスさんの質問に、キストラー卿が神妙な表情で頷いた。


「……はい。質量を考慮しても、ミア様のような小柄な方がそう軽々と持てるようなものではないはずですが……」


「「「「…………」」」」


 キストラー卿の言葉を聞いたみんなの視線が私に突き刺さる。


「……キストラー卿、ここで見たことは全て他言無用でお願いします。決して外部に漏らさぬよう、くれぐれもご留意ください」


「はっ?! は、はいっ、もちろんです! 私の命に代えても、決して他言しないと誓います!」


 マリウスさんの、凄みのある笑みを見たキストラー卿が慌てて同意する。


 モブさんたちはともかく、キストラー卿がハルの部屋に入って来たことからして、マリウスさんにとって彼が信頼に値する人物なのは確かだろう。


 マリウスさんが信用する人なら、私が聖属性を持っていると知られても大丈夫かな、と思う。


「え、えっと……じゃあ、私はハルの寝室に行って来ますね。皆さんはここで待っていてください」


 私がそう言ってハルの寝室に行こうとすると、背後から待ったの声が掛かった。


「私も行く」


「あっ、私もお供しますよっ!」


「ミア様が良ければ私も同行させてください」


 私とハルが余程心配なのか、マリカやマリアンヌたちが真剣な表情をしている。


 だけど私が持っているのは、<死神>の異名がある神具なのだ。何が起こるかわからないし、みんなを危険な目に合わせたくなかったから、私一人で行くつもりだったけれど……。


 私は立ち止まってみんなの顔を見渡すと、もう一度考え直してみる。


 ハルが倒れてからずっと、みんなはハルを目覚めさせるために協力して、努力してくれた。

 そんなみんなの努力が報われるかもしれない、その瞬間を私が独り占めしちゃダメだよね、と思う。


「……うん、わかった。その代わり、危ないって思ったらすぐ避難してね」


「うん」


「ご安心ください! 私、逃げ足には自信がありますから!」


「許可いただき感謝します」


 私が了承すると、みんなが嬉しそうな笑顔になった。


「では、師団員はここで待機しろ。キストラー卿の安全を最優先だ。モブ、任せたぞ」


「はいっ! 了解しました!」


 マリウスさんがモブさんに命令するのを見届けて、私はみんなでハルの寝室に入った。


 そしてハルが寝ている花緑色の光を放つベッドのそばへ行くと、気を引き締めて神具を握る。


 ──ハル……。


 私はハルの笑顔を思い出しながら、神具に魔力を注ぎ込んでいく。


 どうすれば、何をすればハルが目覚めるのかなんて、私にはわからない。

 だけど私の聖属性の魔力が、神具に何かしらの影響を与えられるかもしれない、と思い付いたのだ。

 その思い付きが正解かどうか証明するために、私がするべきことは聖属性の力を神具に注ぎ続けることなのだと思う。


 日が沈み、薄暗くなったハルの部屋が、銀色の光に照らされる。


 私が魔力を込めれば込めるほど、光はどんどん強くなっていく。


「うわ……っ!」


 マリアンヌの驚いた声と、マリカが息をのむ気配を感じるけれど、私は構わずに魔力を神具に流し込んで行く。

 と同時に、全身の魔力をどんどん吸われていくような感覚に襲われる。まるで神具が私の全てを飲み込もうとしているかのようだ。


(……っ、魔力が……このままじゃ……っ!)


 神具がものすごい勢いで私の魔力を吸収していく。


 そうしている内に目の前がチカチカして、魔力の枯渇が近いのだと自覚する。


 私は歯を食いしばって、神具を強く握り直す。 


「……っ、ぐ……っ!」


 私は力を振り絞って、無理やり身体から魔力を捻り出す。


 魔力が枯渇する一歩手前なのか、頭痛と眩暈が酷くなってきた。


 だけどいくら魔力を注ぎ込んでも、神具に変化は見られない。ただ古い鉄の棒が、私の手の中にあるだけだ。


 ──やっぱり、私じゃどうすることも出来ないのかな……?


 全ての魔力を捧げるつもりでいるのに、それでもまだ足りないのなら、一体何を捧げればいいの……?


 眩暈のせいか、視界がぼんやりと霞んできた。だけど視界がぼやけているのは眩暈のせいじゃなくて、私の涙のせいなのだと、頬が濡れている感触で気づく。


 どれだけ願って、どれだけ頑張っても報われない……なんて。


 悲しみで心が押し潰されそうな私の耳に、微かな泣き声が聞こえてきた。


 もしかして、自分でも気付かない内に声を上げて泣いていたのかな……と思ったけれど、その泣き声は聞き覚えがある声で。


 いつか聞いたことがある悲痛なその声が、頭の中でだんだん大きくなっていく。


 まるで魂の叫びのような泣き声に引っ張られているのか、私の心まで張り裂けそうに痛い。


 何も出来ない自分が情けなくて、信じてくれたみんなに申し訳なくて……。


 無力感に苛まれ、心が折れそうになる寸前、私の頭にお母様の言葉が蘇った。


『──母様はミアなら大丈夫って信じてる。だから……負けないで。ミアの幸せを心から願ってるわ──』



 ──お母様……っ!!



 絶望して折れかけた私の心が、お母様の言葉で再び力を取り戻す。


 ──そうだ! お母様とお父様が、みんなが私を信じてくれているんだ……!


 正体不明の泣き声に影響を受けたのか、つい悲観的になってしまったけれど、まだ諦める訳にはいかない。


 魔力はもう残っていないけれど、ハルが目覚めてくれるなら残りの魔力全てを捧げたって構わない──たとえ二度と魔法が使えなくなったとしても。


 今だに頭の中で泣き声が響いているけれど、私はその声に引きずられないように心を落ち着かせる。


(……もう一度、集中して……っ、やってみる!)


 覚悟を決めた私は、わずかに残っていた魔力を全て神具に叩き込む。


 視界が点滅して、激しい頭痛が私を襲う。


 そうして、ついに魔力が切れたのか、意識が遠のく中で私が見たのは、夥しい量の光を放つ神具の姿だった。






 ──見渡す限り死体が散乱している、暗黒の大地。


 老若男女問わず散乱している死体のその先に、この場所に似つかわしくない玉座があった。


 空は不気味な紫色で、黒い雲が立ち込めている。


 目の前に広がる死後のような世界に、私は死んだのかな、とぼんやりと思う。


 周りは死体だらけで、生きている人はいないのかな、と思った私の耳に、あの泣き声が届く。


 その泣き声は死体の先にある玉座から聞こえてくるようだった。


(誰……? 一体誰が泣いているの……?)


 ずっと私にしか聞こえない声が気になっていた私は、泣き声が聞こえる玉座へと向かう。


 死体を避けながら玉座に近づくと、何かが乗っていることに気づく。


 よく見てみるとそれは、蹲っている小さな子供のようで。


「あっ……!」


 私はその小さな子を見て驚いた。何故ならその子の髪が真っ黒だったからだ。


「……ハル? もしかしてハルなの……?」


 私に気付いた黒髪の子供がゆっくりと顔を上げた。


「……っ!」


 残念ながら、黒髪の子はハルじゃなかった。


 その子は真っ白な顔に真っ黒な瞳をしていて、男の子にも女の子にも見えた。とても綺麗な顔をしているけれど、人じゃ無いことだけは雰囲気でわかる。


『……誰?』


 黒髪の子が発した中性的な声は、ずっと聞こえていた声と同じで。


 明らかに人成らざる存在なのに、恐怖を感じないことを不思議に思う。


「えっと……、私はユーフェミアといいます。気がついたらここにいたんですけど……っ」


 とりあえず質問に答えなきゃ、と思った私は正直に答えることにした。


『…………』


 質問してきたのは黒髪の子なのに反応が薄い。綺麗な顔だけど無表情な感じがマリカっぽさを感じて、妙に親近感が湧いてくる。

 そのおかげで緊張が解けた私は、今度はこっちの番だと黒髪の子に質問した。


「どうして泣いているんですか? ずっと泣いていますよね?」


 神具の見学に行った時から──ううん、きっとそのずっとずっと前から、この子は泣き続けていたんじゃないかな、と思う。


『…………』


 黒髪の子は私の質問に答えず、ずっと黙ったままだ。


 そんな様子にどうしよう、と思っていると、再び黒髪の子が泣き出した。


「えっ?! な、泣かないでっ?! えっ、どうしよう……っ」


 ポロポロと涙を流す黒髪の子の姿が、ひどく痛々しく感じる。


 どうにかしてこの子に泣き止んでほしいと、切に願う。


『……わからない……どうすればいいのか、わからないの……っ』


「えっ……? ──あ……っ?!」


 やっと口を聞いてくれたと思った瞬間、頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできた。


 それは遥か昔、世界が衰退し暗黒時代が訪れた時の記憶だった。


 激しい争いが続き、世界中の人々が苦しみに喘いでいる。貧困と疫病が蔓延する世界の中で、生き残った人々は平穏な世界を心から願った。


 人々の願いは祈りとなり、切実な祈りは神々に届き、神々は人々のためにとある奇跡を──神具を生み出した。

 その神具はさまざまな姿となって人々の願いを叶え、再び世界は光を取り戻すことが出来たらしい。


(これって……! アードラー伯爵の……っ?!)


 流れ込んで来た記憶と、『黒い領域』で知った記録が重なった。


 姿形は違うけれど、どちらも混迷する世界を救うために、神々が人々に与えた慈悲なのだと思う。

 きっと、何度も何度も暗黒時代が訪れる度に、こうして人々は神に縋っていたのだろう。


 だけど、次第に人々の願いは私利私欲に塗れていき、奇跡の力も祝福を与えるものから呪詛を吐き出すものへと変貌を遂げてしまう。


 そうして、神々から与えられた奇跡の力は、いつしか”死神”と呼ばれ、その姿も本来の存在理由も歪められてしまったのだ。


 私の目の前で泣いている、この小さな子は恐らく──神具が人の形をとった姿なのだろう。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

ぶっちゃけ、今日更新予定ではなかったのですが、一話書けたので!(正直)

神具が何故人の姿を取ったのかとかは、また別のお話で!


次回のお話は

「256 ぬりかべ令嬢、願いを叶える。1」です。


随分長くなったので分割しました。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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