256 ぬりかべ令嬢、願いを叶える。1


 死体だらけで生者の息遣いが感じられない、不気味な世界で。


 私は神具“死神”の化身と思われる、黒髪の子と出逢った。


 そしてその子から過去を──神具が生まれた経緯と、”死神”と呼ばれるまでの歴史を知ることになった。

 きっとこの暗黒の大地に散乱している死体の数々は、”死神”が殺めてきた人たちなのだろう。


(まさか”死神”が魔神殲滅用の神具じゃなかったなんて……。法国は知っているのかな……?)


 教皇アルムストレイムと”死神”の、どちらが早くこの世界に現れたのかわからないけれど、長い時間の中で真実が歪曲された可能性もあると思う。


 私は泣き続ける黒髪の子に向かって手を伸ばし、そっと頭を撫でてみる。


『?! ……っ?!』


 黒髪の子がひどく驚いているけれど、嫌がっていない様子を見た私は、今度は思い切って黒髪の子を抱っこした。


『? ??』


 涙が止まり、不思議そうな表情の黒髪の子を改めて見てみると、七歳ぐらいの年齢に見えた。けれど身体はすごく軽くて、まるで重さを感じさせない。


 どうして神具がそんな小さい子供の姿をしているのかわからないけれど、何故か私はそのことをとても悲しく思う。


『……? どうしたの……?』


 黒髪の子は私の顔を見ると、そっと私の頬に触れた。どうやら私は気づかないうちに泣いていたらしい。


 私を心配するような表情に、自分もさっきまで泣いていたのに……と思うと、ちょっとだけおかしくなって笑いが零れた。


 だけど黒髪の子の表情はずっと変わらず、心配そうなままで。


 そんな様子に、この子はきっと、とても心が優しい子なんだな……と思う。


 神具は元々、人々の願いを叶えるために生まれたのだから、優しい心を持っていて当然なのかもしれない。

 だけどこの子はずっとずっと長い間、権力者たちの私利私欲に利用され、望まない争いをさせられていたことを知った。

 それなのに、自分を利用した人間を恨むことなくただ一人泣きながら、こんな寂しい世界で──たった一人耐えて来た、なんて……。一体どれだけ辛かったんだろうと思うと、心が痛くてたまらない。


 ──どうすればこの優しい子を、笑顔に出来るんだろう?

 この子が持つ悲しみを、無くしてあげられたらいいのに──。


 ──と、私が願った瞬間、黒髪の子から夥しい量の黒い瘴気が溢れ出した。


「っ!? な、何?!」


 レンバー公爵を浄化した時とは比べ物にならない程、大量の瘴気の渦に飲み込まれそうになった私は、黒髪の子を守ろうときつく抱きしめた。


「くっ……!」


 どす黒い瘴気はまるで生き物のようにうねりながら、怨嗟の声をあげている。


 このままじゃ二人とも汚染されてしまう、と思ったけれど、瘴気の勢いは徐々に弱くなり、しばらくすると完全に消えてしまった。


「今のは一体……? あっ?! 君大丈夫? どこか痛くない?」


 私は黒髪の子を玉座に座らせると、無事かどうか確かめた。


 これと言って体に異常はなさそうだけれど、突然溢れ出した瘴気に驚いたのか、黒髪の子は放心状態だ。


『……うん。大丈夫……』


 慌てる私の様子で我に帰ったのか、黒髪の子はそういうと私に向かって、嬉しそうにふんわりと微笑んだ。


 今にも消えてしまいそうな、儚くて寂しそうな表情から、笑顔になった黒髪の子を見た私は、その綺麗な微笑みに見惚れてしまう。


『……ユーフェミア、有り難う。まさかこんなことが起こるなんて、思ってもみなかったよ』


「えっ?! い、いえっ!! 私は何もしていませんがっ?!」


 瘴気が消えたことが原因なのかはわからないけれど、突然黒髪の子が饒舌になった。


 見た目はそのままなのに、大人っぽい口調だから違和感がすごい。


 慌てふためく私を黒い瞳でじっと見ていたその子は、何かに気づいたように呟いた。


『君は……ああ、異界の聖者を喚んだ時の子とよく似ているね。そうか、君も神の……だからここに……』


「えっ……?!」


 私は黒髪の子の言葉にハッとする。


「あの、”異界の聖者”って、誰のことですか? もしかして、アルムストレイムって名前じゃないですか?」


 私は黒髪の子が呟いた言葉にまさか、と思う。


『異界の聖者はナサニエルで、彼を喚んだ子はテレーズだよ』


「……ナサニエル? テレーズ……?」


 黒髪の子の話を整理してみると、どうやらその昔、神具に願ってナサニエルという名の聖者をこの世界に召喚したのは、テレーズという名前の少女だということだ。


 私はてっきりテレーズに召喚されたのがアルムストレイムだと思っていたけれど、違ったのかな……?

 もしかすると、この世界に来て名前を変えたかもしれないけれど。


 私がナサニエルとテレーズのことを考えていると、黒髪の子がさらに爆弾発言をした。


『君は異界のことが気になるみたいだね。もう一人異界から来た子がいるよ。確か名前はハルだったかな』


「?! えっ?! ハル?! それって……あ、まさか、始祖様……?!」


 一瞬ハルのことだと思ったけれど、そんなはずないよね、と思い直す。帝国を興した始祖様と同じ呼び方だから勘違いしてしまった。


『シソ? シソ……始祖……、なるほど。ハルは国を興したんだね。テレーズの願いはそんな形で成就されたのか』


 黒髪の子がぶつぶつと呟いている。

 その内容を聞く限り、テレーズという人が二回目の召喚で始祖様を呼び出した、ということらしいけれど。


「あの、テレーズさんの願いって何だったんですか?」


 世界を安定させるためにナサニエルという聖者を喚んだのに、始祖様も喚んだなんて……。一体彼女はどうして二回目の召喚をしたんだろう?


『ハルを異界から喚んだのは、ナサニエルを止めてって、彼女が願ったからだよ』


「ナサニエルを……? え、それは一体……」


 世界を救うために喚んだナサニエルを止めるために、始祖様を喚んだということ……?


 そういえばテレーズさんは二回も願いを叶えたってことだよね。そんなことが可能なのかな? 普通は一回だけなんじゃ?


『願いを叶えるには対価が必要なんだよ。だからテレーズはその対価を二回、自分に捧げたんだ』


「対価を……? ってあれ?」


 私、声に出したっけ? と思ってハッとした。


 ──もしかしてこの子は、私の心を読み取った……?


『うん、そうだよ。自分は自分に触れた人の心がわかるんだ。その人がどうして生きてきたのかも。君は珍しい星の下に生まれてきたんだね。こんな偶然があるなんて……不思議だな……』


 私が触れている間に、黒髪の子は私の心と過去まで読み取った、と言う。


「あの、その対価って何ですか? 私に払えるようなものなんでしょうか?」


 望みを叶えるための対価なんて、想像も出来ない。

 それこそ、魂を捧げるぐらいしか思い付かないけれど、私はまだ死ぬ訳にはいかない。

 だってハルを起こして、みんなの元へ戻らなきゃいけないのだから。


『対価はその願いの大きさで変わるんだ。だから世界中の富でも、道で拾った石ころでも、大切なものであればあるほど大きな願いが叶う』


 ……願いの大きさで対価が変わるなんて。それじゃあ、壊れた魂を元に戻す対価は、やっぱり──。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

文字数がかなり増えてしまったので分割しました。

それにしても神具くん(ちゃん?)物知りの巻。


次回のお話は

「257 ぬりかべ令嬢、願いを叶える。2」です。

ミアが対価として捧げるものとは?!……みたいな。

そして、次回とうとうあの人が……!?です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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