257 ぬりかべ令嬢、願いを叶える。2
『……あともう一つ。自分が欲しいと思ったものでも対価に出来る』
「えっ……」
どうやら願いを叶える方法は一つだけじゃなかったらしい。
だけど、黒髪の子が欲しい対価って……?
今の私は着の身着のままで、高価なものなんて何も持っていないから、願いを叶えてもらえないかもしれない。どうしよう……。
『ユーフェミア。君はすでに一度願いを叶えているよ。気付いていないようだけどね』
「えっ?! 私が?!」
私は黒髪の子の言葉に驚いた。だって私はまだ何も願いを口にしていないのだから。
『自分の悲しみを無くしたいって願ってくれたよね? だから自分はこうして呪縛から解放されたんだよ』
「──あっ!」
確かに、口に出してはいないけれど、心の中でそう願ったことを思い出した。
『ふふ、色々混乱しているね。自分を縛っていたのは君の予想通り、自分に執着し未練を残して死んだ人間の欲望や、今まで自分が殺してきた人々の恨みや苦しみが、長い年月の中で積もりに積もった負の感情の集合体──呪いだったんだ。君の願いのおかげで浄化されたんだよ』
「浄化……? あっ!」
私がハッとして後ろを振り返ると、あれだけあった死体が綺麗さっぱり消滅していた。
気がつけば不気味だった空も綺麗に晴れていて、まるで世界が光を取り戻したかのようだ。
こんなことが起こるだなんて……。一体どれだけの対価が必要なんだろう?
『対価は君が持っていた魔石だよ』
「魔石? まさか、ハルの?!」
私は慌ててポケットの中に手を入れて、ハルのペンダントがそこにあるか確認した。だけどポケットの中は空っぽで。
私はペンダントが本当に無くなっていることに驚いた。
とても大切なペンダントだったけれど、この子が呪いから解放されて良かったと、もうこの子が泣かずに済むんだと思うと、心から嬉しい。
ハルだって事情を知れば、喜んでペンダントを差し出してくれただろう。
大公からペンダントを返してもらった時から、ずっと一緒に持ち歩いていたけれど……まさかそれが願いを叶える対価になるなんて、誰が予想できただろうか。
『ただの魔石が昇華されて天輝石になったなんてね。しかもとても大事にされていたからか、力を無くしてもその価値は変わっていない。対価として十分だったよ』
黒髪の子は私の心を読んで答えてくれるので、わざわざ質問をしなくていいからとても楽だな、と思う。何となくディルクさんを思い出しちゃうけれど。
「じゃあ、私の<願い>を叶えるためには、何を差し出せばいいのでしょう?」
私の願いは、そう──ハルの魂を元の状態に治すことだ。
この願いが叶うほどの対価なんて想像もつかない。
私と願いは違うけれど、一体テレーズさんは二回も何を捧げたんだろう……?
『テレーズは一回目に聖なる魔力を、二回目に魂を捧げたよ』
「?! 魂を……?」
『うん。一回目で聖なる魔力を捧げた彼女は、普通の人間になってしまったんだ。だから二回目の願いの時、彼女が差し出せるのはお腹の子供しかなかった。だけど彼女はお腹の子を差し出すより、自分の魂を差し出すことを選んだんだ』
「な……っ?!」
黒髪の子の話はどれも衝撃的なものばかりだったけれど、その中でヒントを得ることができた。
そうだ、私の聖属性の魔力を差し出せば、きっと──……!
『自分はユーフェミアの魔力じゃなくて、名前が欲しいな』
「は?」
私が決意したタイミングで、黒髪の子が言ったのは拍子抜けするものだった。
『ずっと黒髪の子って呼ばれるのも嫌だしね。君が心の中で<ハル>って呼ぶ時、とても温かい気持ちが伝わってくるんだ。だから自分も同じように呼んで欲しいんだけど……ダメ、かな?』
大きな目でじっと見つめてくる黒髪の子に、私は思わず「うっ」とたじろいでしまう。上目遣いなのもすごくズルいと思う。
「名前で良ければ、私は助かりますけど……。本当にそれが対価でいいんですか?」
『うん、いいよ。ユーフェミアが名前で呼んでくれたら、すごく嬉しいと思うんだ』
そう言った黒髪の子を見て、私はこの子がずっと寂しかったのだと気が付いた。
人は名前を呼ばれることで自分の存在を実感出来ると、そして名前を呼ぶ相手から好意を感じ、相手には親近感を持つ、と聞いたことがある。
きっと黒髪の子は好意を……ううん、愛情が欲しいんじゃないかな、と思う。
「わかった。じゃあ……『グレイル』はどうかな?」
私は黒髪の子を見て、頭に浮かんだ名前を言ってみた。
『グレイル……グレイルか、いいね。気に入ったよ! 有り難う、ユーフェミア!』
「ほんと? 良かった。じゃあ、これからはグレイルって呼ぶね」
『うん……!』
グレイルが満面の笑みを浮かべた、と同時に、私の目の前に突然光る文字が現れた。
「えっ?! 何これっ?!」
光る文字は円を描くように形を変えると、魔法陣となってグレイルの胸に刻まれてしまう。
「グレイル!」
驚いた私は慌ててグレイルのそばに駆け寄った。
グレイルの胸に刻まれた魔法陣はまるで、グレイルの体に吸収されるかのように消えていく。
「大丈夫? 痛くない?」
『うん……大丈夫だよ。ユーフェミアに付けてもらった名前を真名として刻んだんだ。心配してくれて有り難う』
「えっ?! 真名に? それって大丈夫なの?」
まさか私が付けた名前を真名にしてしまうだなんて……。
忘れてたけど、グレイルは神具の化身、なんだよね? ということは……。
『うん。これからはこの名前を刻んだ者だけが自分を使えるんだ。自分はユーフェミアだけのものだよ』
「……はっ?! …………え? ええーーーーーーっ?!」
あまりのことに頭が真っ白になる。
まさか私、神具の所有者になっちゃったの……?
『じゃあ、対価ももらったことだし、今度はユーフェミアの願いを叶えよう──』
未だ混乱する私をおいて、グレイルがそう宣言した。
するとグレイルの身体が光り輝き、私の視界を真っ白に染める。
「あっ……!?」
何が起こっているのか、グレイルがどうなったのか全くわからない。
ただわかることは、グレイルが神具の力を開放したことだけだ。
膨大な神力の奔流に飲まれ、私の意識が遠のいていく。
意識が途切れる一瞬の間、私の耳にグレイルの声が届く。
『──ありがとう』
その声はもう悲しそうな泣き声じゃなくて、とても嬉しそうな──喜びの声だった。
「……っ、……?」
気がつくと、私は柔らかい何かの上に倒れ込んでいた。
一体何があったのだろう、と思い顔を上げると、見覚えのある部屋の様子が目に入った。
「……あ……、そうか、ここは……」
私が倒れていたのは、ハルが寝ているベッドの上だったらしい。
どうしてここで倒れていたんだろう……と、考えると同時に、さっきまでいた場所のことと、グレイルのことを思い出す。
「……そうだ、グレイルと私は……あっ!! ハルっ! ハルは……?!」
慌ててハルを見ると、ハルは最後に見たそのままの姿で眠っていた。
「あ……」
まだ目覚めていないハルを見た私は一瞬がっかりするけれど、落ち込んじゃダメだと自分を奮い立たせる。
だってグレイルが願いを叶えると言ってくれたのだ──だから絶対、ハルは目を覚ましてくれるはず──!!
「──ハル……! 目を覚まして……っ」
ハルの手をぎゅっと握り、額に当てて祈るようにハルを呼ぶと、風がそっと優しく私の頬を撫でた感触がした。
その優しい風が、感触が、”大丈夫だよ”と囁いたような気がして、ふと目を開けてみた。
するとそこには、いつか見た空と同じ色の瞳があって──……。
「……ミア……?」
──そうして、心地いい音色の、ずっと聴きたかった声が、私の名前を呼んだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ついにハルが、ってお話でした。
二年以上寝ることになるとは夢にも思わず。
これで夢オチだったら怒られそうですね。
次回のお話は
「258 奇跡」です。
ミアが起こした奇跡を別視点から解説してもらいます。(言い方)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
ぬりかべ令嬢、介護要員として嫁いだ先で幸せになる。 デコスケ @krukru
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