114 ぬりかべ令嬢、取り戻す。
ハルと約束を交わした頃には、屋敷に着いた頃からかなり時間が経っていて、ハルは滞在している王宮に戻る事になった。
私は久しぶりに帰ってきたこの侯爵邸に、しばらく滞在する事になっている。
屋敷の皆んなでハルを見送った後、屋敷の中に戻ると、早速使用人仲間に囲まれてしまう。
皆んなは、突然帝国の皇太子と帰ってきた私から話を聞きたくてウズウズしているようだった。
「ユーフェミア様! 一体どういう事ですか!? 何がどうなったら帝国の皇太子と恋仲になっているんですか!! どこのラノベですか!?」
マリアンヌが興奮しながら聞いてくるけど、「らのべ」って何だろう? マリアンヌは時々意味がわからない言葉を使うのよね。
「マリアンヌったら玉の輿でも狙ってんの? ユーフェミア様に聞いたってそうなるとは限らないでしょうに。それよりもユーフェミア様! 皇太子殿下との馴れ初めを聞かせて下さい!」
相変わらずアメリはマリアンヌのツッコミ役ね。でも馴れ初めかぁ……。
「さすがは帝国皇太子というべきか、顔が整い過ぎていて驚きました」
カリーナも変わらないなあ。でも冷静沈着なカリーナでも驚くぐらいハルが格好いいって事だよね。ハルが褒められると嬉しいな!
「そうそう! あんなに格好いい人初めて見ましたよ! ユーフェミア様と並ぶとお似合い過ぎて……! もう! もう……っ!」
うわぁ。サーラが凄く興奮しているけど、お似合いって思って貰えて嬉しいな!
「私黒髪って初めて見ましたけど、すごく綺麗でしたねー! びっくりしましたよーう!」
エミーも黒髪を綺麗って言ってくれるんだ! そうだよね! 黒髪いいよね!
皆んなが思い思いにハルの事を褒めちぎる。こんなにハルが人気になるとは。ちらっと見ただけの皆んながこうなんだから、帝国ではどれぐらい人気なんだろう? 何だか心配になってきた。
そんな色めき立つ使用人達のところへ、ダニエラさんがやって来て一言。
「皆さん、はしたないですよ。人のプライベートを詮索してはいけません。各自持ち場に戻りなさい」
「「「はい!」」」
ダニエラさんが皆んなをやんわりと窘めてくれたので、質問攻めから解放されてほっとした。
でも皆んな年頃だし、恋バナに興味深々になるよね。仕事が終わった頃を見計らって、厨房に行ってみようかな。
私が考えていると、ダニエラさんが「ユーフェミア様のお部屋に案内いたします」と言って私を案内してくれる。
私の部屋って屋根裏部屋だよね? 案内がなくても行けるのにな……と思いながらついて行くと、懐かしい部屋に案内された。
「ここは……昔の……」
ダニエラさんが案内してくれた部屋は、七年前まで私が使っていた部屋だった。壁紙や調度品も当時のままで、とても綺麗に保たれていた。
「はい、当時からこの状態のまま維持するように、と旦那さまからご指示がありました」
「お父様が……」
この屋敷の中のほとんどの部屋を掃除したけれど、何故かこの部屋だけは掃除した事がなかった。それは私が昔を思い出して、現実に悲観しないように、惨めな気持ちにならないように、皆んなが配慮してくれていたのかと思ってた。
──でも、お父様は私に知られないように、私の思い出を守ってくれていたんだ。
今日ここへ来なかったら、お父様の気持ちに気付かなかったかもしれない。この屋敷を手放す前に来ることが出来て本当によかった……!
あと何日ここにいられるか分からないけれど、その間はここでお父様やお母様と過ごした日々の思い出に浸ろう。
私が部屋を懐かしみながら見渡していると、食事の時間だとマリアンヌが呼びに来てくれたので、ダイニングへ行ってみるとお父様が既に席に着いて待ってくれていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「僕も来たところだから、気にしないでいいよ。さ、座って?」
お父様に促され、おずおずと席に着く。目の前にお父様がいる状況にまだ慣れないや。……って言うか、何だかちょっと恥ずかしい。でも、お部屋のお礼を伝えなきゃいけないのを思い出す。
「あの、お父様……私の部屋をそのまま残して下さってありがとうございます」
私が緊張しながらお礼を言うと、お父様は柔らかく微笑んでくれた。
「本当は僕の自己満足だったんだ。あの部屋でミアに寝かし付けの絵本を読んだりしただろう? その思い出を残したかったと言うか……。もう二度とミアが使う事は無いだろうと思っていたから、また使って貰えて嬉しいよ」
確かに絵本やぬいぐるみなんかもそのままだったけど……あれれ? 何だかおかしいぞ……?
「……あの、グリンダに強請られて持っていかれてしまったぬいぐるみまで、そのまま置いていたのですが……あれは……?」
あまりにも当時のままだったから違和感を感じなかったけど、よくよく考えるとおかしいよね?
すると、いたずらが成功したかのような、お父様の顔が目に入る。
「ははは。あの二人が君から取り上げた物は全て僕が保管しているよ。エルマーに言って、取り上げた物よりワンランク上の物を用意してね、交換させていたんだ」
お父様の言葉に、はしたないことも忘れてポカーンとする。
そんな私を注意すること無く、お父様は肘を突いて組んだ手の上に顎を乗せると、いたずらっぽく言った。
「だから、リアの形見も何もかも残っているからね。僕が持っていないものは、君が持っているネックレスぐらいだよ」
「えぇー!?」
よく考えたらお義母様が遺品を自分で捨てるなんてしないものね。大抵は使用人に処理させるから。
「ジュディがエルマーに処理するように言いつけたリアの物は、全て僕の元へ送られるように処理されていたんだよ」
まあ、確かにちゃんと処理してるものね。命令違反じゃないものね!
──じゃあ、私が失ったと思っていたものは、本当は失っていなかったんだ……。
それ自体は凄く嬉しいけど……っ! お母様との約束で言えなかったんだろうけど……っ! でも……でも何だか悔しい……っ!!
お父様のネタばらしに、悔しくて悔しくて私は思わずお父様を睨みつける。
「奪われたと思っていた物が無事だったのは嬉しいけどっ! 言えなかったのも分かるけど、取り上げられた時は本当に悲しかったのに……! うぅー!!」
この気持をどう表現すればいいのか……っ!! あの時流した涙を返して欲しい!!
私が涙目で睨んだからか、お父様は慌てて私に謝りだした。
「ご、ごめんよミアっ! 安心させてあげたかったけど、関わりを禁止された僕は、こうやって裏でコソコソ手を回す事しか出来なくて! 本当に悪いと思っているんだ!」
私の機嫌を直そうとお父様が何度も謝ってくるけれど、わたしの怒りはなかなか収まらなかった。
結局、他に隠し事がないか確認した後、お母様の遺品を一つと、お父様の大事なものを一つ貰うと言う約束で決着が着いた。
するとタイミングを見計らっていたのか、料理が次々と運ばれてくる。
今までは厨房で食べていたから、ここで食事するのは緊張してしまって何だか落ち着かない。
そわそわしてしまう私に、お父様は何も言わないでいてくれた。そうしているうちに緊張も解け、デニスさんの料理を楽しむ余裕が出てきた。
今回はいかにも貴族向けに作ったお料理って感じで、良い食材がふんだんに使われているのはもちろんのこと、盛り付けが美しくて食べるのが勿体無いぐらいだった。
とても美味しくて大満足だったけど、何だか厨房で食べていたまかない料理が懐かしい。私にとっての故郷の味はまかない料理だし、また食べたいな、と思ってしまう。
料理を食べ終わり、お父様とお茶を飲んだ後、久しぶりに厨房へ足を運ぶ。中の様子を窺おうと、そうっと扉を開けようとしたら突然扉が開き、ぐいっと腕を引っ張られて中に引き摺り込まれた。……あれ? デジャブ?
引き摺り込まれたと同時に扉が閉まり、恐る恐る顔をあげて周りを見渡して見ると、怒った顔をしたマリアンヌが仁王立ちしている……事も無く。
私がここを出奔する前日の夜と同じ様に、お世話になった人たちが笑顔でそこに居た。
「お嬢、おかえり! 俺、お嬢にお礼を言いたかったんだ! 治療薬ありがとうな! おかげでダニエラを失わずに済んだぜ!」
デニスさんがとても嬉しそうに私を迎え入れてくれた。本当はもっと早く私にお礼を言いたかったらしいけど、お仕事忙しいものね。
「思ったより早く帰って来たと思ったら、もう伴侶を連れて来たって?」
庭師のエドさんがニコニコ笑顔で聞いてきた。もう既にハルの事は屋敷中に広まっているみたい。
「マリアンヌはともかくカリーナやサーラ達までエライ興奮してたぜ? そんなに男前なんだったら俺も見てみたかったなあ」
「デニスさん! 私はともかくってどういう意味ですか!!」
「まあまあ、マリアンヌも落ち着きなさいよ。皆んなユーフェミア様からたくさんお話を聞きたいんだからさ、静かにしてよね」
「ユーフェミア様! レオンハルト様との馴れ初めを!!」
「もう婚約したんですか!? いつ帝国に?」
そんなこんなで、皆んなからの質問攻めから解放された頃にはすっかり夜も更けてしまっていたけれど、久しぶりに皆んなと過ごしたこの楽しい時間に、またここに戻って来られたんだと実感して胸がいっぱいになる。
──失くしたと思っていたものは、本当は失くしてなんかいなかった。
お父様からの愛情も、お母様との思い出も、皆んなとの絆も、全て取り戻すことが出来たこの日は、私にとって忘れられない日になるんだろうな、と思った。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
☆や♡、フォローに感想、とてもありがたいです。身に沁みます。
次回のお話は
「115 ぬりかべ令嬢、王宮へ行く準備をする。」です。
相変わらずストックは溜まってないので、更新時期は未定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます