169 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国6

 『聖獣』を捕獲するために放ったというマーナガルムは狼の魔物で、複数ある種族の中でも最強と言われている。しかもホルムクヴィスト枢機卿曰く特別製らしい。


「……特別製? 何が違うのですか?」


「魔物と穢れを混じらせ、新たな闇の眷属を作り出したのだ。しかも分体が可能で広範囲を索敵出来る」


 ホルムクヴィスト枢機卿は布教聖省の長の質問に満足そうに答えた。


「そりゃすげぇ!! 俺んとこにも何体か貸してくれよー!」


「当然の事ながら表に出す訳にはいかんだろう。それに我が法国に闇の眷属を放つなど、神の威光を軽んじる者達につけ込む隙きを与えてしまう」


 教会聖省の長がマーナガルムを欲しがるが、教理聖省の長がそれを諌める。騎士団を統括する教理聖省でもマーナガルムを利用できれば、正直、格段に仕事が捗るだろう。しかし、流石に聖騎士団が闇の眷属を使役する訳にはいかないのだ。


「……神の威光を軽んじる者達と言えば、ナゼール王国に不穏な動きがあるとイグナート司教から報告を受けておるぞ」


 修道聖省の長の発言に、使徒座達は内心、頭を抱え込む。ただでさえ忌み子と聖獣の件があるのに、更に問題が降り掛かってくるとは。


「それはナゼール王国が遂に我がアルムストレイム教から離反するという事か?」


「そのようだな。王国の上層部で大きな動きがあったらしい」


 ホルムクヴィスト枢機卿が修道聖省の長に問いかける。以前から王国と法国の関係は冷え切っており、今回のヴァシレフ──アードラー伯爵の件でも、王国から抗議の声が多く上がっているのだ。

 いつもなら法国の言いなりだった王国がヴァシレフの身柄引き渡しを拒否するなど、以前とは違う強固な態度をとっており、王国がアルムストレイム教の国教指定を取り消すと宣言するのも時間の問題だろうと予想されている。


「前国王の時もそのような戯言をほざいておったが……王国の奴らは懲りておらんな。今代の王はもう少しマシかと思ったが……どうやら王国にはもう一度『粛清』が必要なようだな」


「えー? 王国って二十年前も国教指定を取り消すとか言ってたの?」


「そうだ。あの時は国王と裏切り者共々神去らしたのだったな。……いや、国王共は死んだが裏切り者のウォーレンは生き延びたのだったか……?」


「ウォーレン元大司教ならその二年後には他界しておるぞ」


 使徒座の面々は年齢がバラバラのため、二十年前に行われていた「粛清」を知らない者達もいる。


「ウォーレン大司教って誰だよ。大司教ともあろう者が俺達を裏切ったって?」


「僕も知りたいなー」


 使徒座の中でも若い教会聖省と司教聖省の長は刺激的な話を聞いて興味津々だ。そんな二人にホルムクヴィスト枢機卿が簡単に説明する。


「ウォーレンは信仰心が厚く布教熱心な男でな。更に優秀でもあったから、当時空席だった使徒座に召し上げようと話が持ち上がった事もあったのだが、奴はそれを辞退したのだよ。本国に留まるのが性に合わんのか、あちこちの国を転々としていた変わり者でもあったな。そしてナゼール王国の大司教に就任したが、たまたま本国に戻った時にヴァシレフの件を知ったらしく、あろう事か獣王国と共に我々を糾弾したのだよ」


 ウォーレン大司教は当時の法国と獣王国を繋ぐパイプ役を担っていた貴重な存在であった。少しはマシになったとは言え、まだまだ獣人を嫌う者達が多い法国の人間の中でも、彼は獣人だろうと亜人であろうと別け隔てなく受け入れていたのだ。

 そして清廉潔白でもあるウォーレンは法国の闇の部分を嫌い、全てを明るみにしようとしていたらしい。


「そしてウォーレンはナゼール王国の前国王とも懇意でな。通常であれば阻止せねばならん国教指定取り消しを、何をトチ狂ったのか後押ししおったのだ」


 信仰厚かったウォーレン大司教が、何故信仰国を減らすような事をしたのかは不明だが、ヴァシレフを告発した件からウォーレン大司教は一切本国に戻らなかった。教皇であるアルムストレイムからの召喚にも応じ無かったという。

 そして起こったナゼール国王暗殺事件で彼は重症を負い、その怪我が元で帰らぬ人となる。


「王国にもう一度『粛清』するとなると、次はどのようになさるおつもりで?」


「その件に関してイグナートから提案が出ておってな。今回は奴に任せてみようと思っておる」


 修道聖省の長が使徒座達にイグナート司教の提案を伝える。その内容は帝国と王国に恨みを持っていると思われる人物を利用するという事であった。


「無意識ながらも王族に<魅了>を掛けた罪でエルヴァスティ修道院に収監された令嬢がおるらしくてな。忌み子に公衆の面前で恥をかかされたそうだ。さぞや忌み子や王国を恨んでいるであろう、その令嬢に働いて貰うと言っておったな」


「<魅了>を使えるとなると、その令嬢は闇属性持ちですの?」


「いや、光属性だそうだ」


「光属性で<魅了>って珍しいね。闇の精神干渉系じゃないんだ」


 闇属性で<魅了>の魔法を使用する場合は精神に直接干渉するが、グリンダの<魅了>は視覚から脳に干渉するため、同じ<魅了>でも違うものとなっている。

 効果は闇属性の方が深く、潜在意識にまで影響を及ぼすため、レオンハルトがグリンダの<魅了>を解呪した時のように簡単に解呪は出来ない。

 一般的には闇属性の<魅了>の解呪は術者本人が行うしか方法が無いとされている。だから、もし術者が死亡したとしても自然に解呪されないのだ。


「……まあ、イグナートがやりたいのならやらせてみるのもまた一興だね」


「あんな小国がどう抵抗するか楽しみだなー!」


「聖下の御心にいらぬ影を落とす訳にはいかぬからな。早々に終わらせるようイグナートに伝えておくのだぞ」


 使徒座達は、世界的に見て小国であるナゼール王国が三大国である法国に敵うところなど何一つ無いと思っている。だから自分達がわざわざ手を下すまでも無いと判断したのだろう、ナゼール王国の対応をイグナート司教に一任する。


 ──この時、使徒座達がナゼール王国への対応を一司教に丸投げした事が、後の法国の命運を分ける事となる。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「170 ぬりかべ令嬢、懇願される。」です。

久しぶりの主人公サイドです。

ミアは何を懇願されるのか謎なサブタイですが、どうぞよろしくお願いいたします!


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