168 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国5

 アルムストレイム神聖王国のオーケリエルム大神殿内にある円卓の間では、随分長い間意見が交わされていた。それでも情報が少ないため、これと言った結論を導き出せないまま、時間だけが流れていく。


「……いや、確かに聖具で<穢れを纏う闇>を退ける事は出来よう。しかし<穢れを纏う闇>は聖火で消滅させられていたのだぞ? そんな事が可能なのは聖剣か聖人聖女しか……」


「もしかして、我々もその存在を知らない聖具……もしくは聖宝が存在する、と?」


「帝国も今は敵対関係であるが、帝国建国以前は我が法国が支配していた小国もいくつかあったからな。そこから古の聖具もしくは聖宝を手に入れた可能性もあるぞ」


 典礼聖省の長や教理聖省の長達が意見を出し合う。しかし、どれも憶測に過ぎず、決定的な裏付けは取れていない。


「一番の疑問点は何故神具で<魂の核>を破壊されても生きているのか、という事だ。<聖鏡>では何処まで見えていた?」


 ホルムクヴィスト枢機卿が秘跡聖省の長に質問する。

 <聖鏡>は術をかけた術者の視界を通し、離れた場所の映像を見る事が出来る。そのため、『八虐の使徒』の一人に視覚同期の術をかけ、忌み子襲撃の様子を大神殿で見ていたのだが……。


「<死神>が忌み子を貫いた瞬間、忌み子から光が迸って……そこから先は……」


 秘跡聖省の長の証言に、使徒座達は沈黙する。もしここにアルムストレイムがいたのなら、その現象を説明してくれたであろう。しかしその至高の存在が神隠されてしまったため、誰も真実は分からない。


「どちらにしても、忌み子が意識不明の重体なのであれば、その内衰弱死するのでは?」


「そうそう、ほっといても勝手に死ぬんじゃねーかなー?」


 布教聖省の長と教会聖省の長が希望的観測で物を言う。それはここにいる人間なら誰でも望むものだろう。


「帝国に<神の揺り籠>でもない限り、肉体は衰えていくはず」


 秘跡聖省の長が言った<神の揺り籠>は奇跡を具現化した最上級魔法だ。帝国が何かしらの手段を用いて聖具や聖宝を手に入れたとしても、奇跡の御業を手に入れられるはずがない。

 それに加え、この世界では意識不明の人間を生き存えさせるための設備など無く、せいぜいが魔力を注ぐ事しか出来ない。それでも長くて半年、短くて一ヶ月もすれば生命力を失い、死に至ってしまうのだ。


「忌み子は<死神>の力をまともに食らっておる。例え肉体は無事であっても魂は負傷しておるだろう。ならば二度と目覚める事はないかもしれん」


「肉体ごと破壊出来るのが一番いいけどねー! でも贅沢は言えないよねー!」


 修道聖省の長と司教聖省の長の言葉に、使徒座達も各々思うところはあるだろうが、いくら話したところで結論など出ないのだろうと渋々納得する。


「<死神>のような神具は聖属性の人間しか扱えぬ。ならばしばらくは置いておいても大丈夫だろう。頃合いを見計らって奪還すればいい」


「──では、帝国の件はしばらく様子見という事で一旦終わりにし、獣王国の件に移ろう。忌み子と同時に獣王国の『聖獣』を神去らすため、こちらにも『悪の爪<マレブランケ>』を放ったが、神去らす事は出来なかった。そのため、やむを得ず『聖獣』を捕らえる方向に作戦を変更し、封印状態でこの大神殿まで輸送していたのだが、不測の事態が起こったらしく、『悪の爪』は全滅、『聖獣』は行方をくらませたとの事だ」


 ホルムクヴィスト枢機卿から聞かされた『聖獣』の話に、使徒座達は絶句する。


「──忌み子に続いて『聖獣』まで神去らせなかった、だと……!? 『悪の爪』の連中は何をしていた!?」


「ホルムクヴィストさんよー。ちゃんと暗部の奴らを鍛えてんのかー?」


「無論だ。私が手を抜く事などありえん」


 暗部を統括する福音聖省の長であるホルムクヴィストは、教会聖省の長の煽りを受け流す。先程アルムストレイムが神隠された件で、彼を問い詰めた事の意趣返しだと分かっているからだ。


「やはり『聖獣』にも神具を用いるべきだったのでは?」


「今更たらればの話をしても仕方あるまい。それに聖下が決められた事を間違いだと?」


「……いや、そんな事は……!」


 修道聖省の長を聖堂聖省の長が戒める。修道聖省の長は少し気が弱いところがあるのだ。


「行方をくらませた『聖獣』は未だ発見されていないのですか? 『聖獣』の姿はかなり目立つはずですが」


「銀の毛皮の獣らしいな。しかも『神獣』一歩手前だったと聞く。かなり巨大な身体をしているのではないか?」


 獣王国の象徴でもある『聖獣』は白が進化した色──銀色の毛並みを持つといわれている。そして当然、強さも並外れているため、『聖獣』が存在する限り、どの国も獣王国と敵対しようとは思わないだろう──法国以外は。


 『聖獣』は獣王国に於いて信仰の対象であって、国を統治している訳ではない。『聖獣』に認められた者が王位に就く事が許されているのだ。しかし『聖獣』が認めたと言っても服従ではなく、あくまで許可すると言う意味であり、過去王位に就いたものの『聖獣』の不興を買い、退位させられた王も存在する。

 そして『聖獣』に認められさえすれば、たとえそれが平民であっても奴隷であっても王になれる。今の王家も、たまたま続けて『聖獣』に認められた者が輩出されただけで、血統で選ばれている訳ではないのだ。


「現在の獣王国は丁度<ディーレクトゥス>が行われる時期ではないか?」


「今の獣王国国王はお爺ちゃんだもんねー。早く<ディーレクトゥス>を行って後継を決めないと空位になっちゃうよね」


 典礼聖省の長と司教聖省の長が言う<ディーレクトゥス>とは、獣王国に於ける王を選ぶ儀式──国中から猛者を集め、『聖獣』に認められるかを試す儀式の事である。

 国王が在位中に後継者が選ばれないと、空位時代となり国が乱れてしまうため、国の重鎮たちは<ディーレクトゥス>の開催を待ち望んでいる。

 だが、『聖獣』が行方不明となった今、<ディーレクトゥス>は開催する事が出来ず、このままでは獣王国は混迷の時代を迎えるだろう。


「獣王国の守護神である『聖獣』が獣王国を滅ぼす事になるなんて、皮肉ですわね」


「獣なんぞに頼るからそうなるのだ。獣人共の自業自得であるな」


 奉献聖省の長と修道聖省の長は使徒座の中でも純血主義であり、獣人や亜人を特に忌み嫌っている。


「その『聖獣』が姿をくらませた場所は何処ですか? 目立つ姿なのであれば目撃情報も多いでしょう? 獣王国に保護される前に見つけ出さねば」


「うむ、『悪の爪』が消息を断ったのはレフラの森周辺だ。既に『聖獣』を捕獲するための手は打ってある。特別製のマーナガルムを数体放ったので、すぐに見付かると思われる」


 聖堂聖省の長の質問にホルムクヴィスト枢機卿が答える。特別製のマーナガルムにかなり自信があるようだ。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「169 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国6」です。

更に悪巧みしてる奴らです。(超適当)

次回で報告会は終わりです。(誤字ではない)

どうぞよろしくお願いいたします!


もう書籍版1巻が発売されて二週間が経ちました!はやーい。

お手に取って下さった皆様に楽しんでいただけたら幸いです。


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