167 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国4

 アルムストレイム神聖王国のオーケリエルム大神殿内にある円卓の間に使徒座──各聖省を統括する長達が集結していた。この短期間に再び使徒座が集結するなど、長い歴史があるアルムストレイム教の中でも前代未聞の事だ。

 しかし、それ程迄に急を要する事態が法国で起こっていたのだ。


「──アルムストレイム様がその御身を神隠されるなど有り得ん! 不埒な輩に拐かされたのではあるまいな!? 教会聖省は何をしていた!?」


 いつもは厳かな雰囲気の円卓の間であったが、今はその円卓の間にホルムクヴィスト枢機卿の怒鳴り声が響いていた。使徒座を纏める首座として、いつも冷静沈着なホルムクヴィスト枢機卿にしては珍しい姿であった。

 しかしそれは仕方がない事なのだと、ここにいる誰しもが思っているだろう。何故なら彼らが敬愛するアルムストレイムがその姿をくらませてしまったのだから。


「そんな事言われてもなー。俺たちゃ、ちゃんと神殿内の警備も監視もしていたし、衛兵だって四六時中目を光らせてたんだぜー? こりゃもう、聖下自ら神隠されたとしか思えねぇよ」


 教会聖省は法国の安全と秩序の維持を責務とする機関である。聖騎士団を統括する教理聖省と並ぶ法国の実力組織であり、練度も高い。そんな教会聖省の警隊がアルムストレイムが誘拐されるのを見逃すはずがない。


「……だがしかし! 忌み子を神去らすための計画を実行している大切な時に神隠れられるなど、余程──……」


 ──大切な事があるのか──……と、続けようとしたホルムクヴィスト枢機卿の言葉が止まる。


「……ま、まさか……! 聖下は、『聖母』を……!?」


 以前からアルムストレイムが「聖母」を渇望していた事をホルムクヴィスト枢機卿は嫌というほど知っている。自分が不甲斐ないせいでアルムストレイムの望みを未だに叶えられていない事も、嫌というほど自覚している。


「聖下にとって『聖母』は唯一無二の存在、魂の半身であらせられますもの」


「聖下の御魂が半身を強く求めていらっしゃるのでしょう。その想いを我々がお止めする事は不敬に値するのでは?」


 奉献聖省の長と列聖省の長が声を上げる。二人の長はアルムストレイムの行動を仕方がないものと捉えているらしい。


「……だが、万が一聖下にもしもの事があれば──……」


「その考えこそが不敬だよ。神の代理者であり、神の寵愛を受けた存在である聖下にもしもの事など起こり得ないよ」


 修道聖省の長がアルムストレイムの身を案じるが、聖堂聖省の長がそれに否を唱える。


「聖下の為される事には全て意味がお有りなのです。我々はただその時まで、祈りながら聖下のお帰りをお待ちしましょう」


 布教聖省の長の言葉に、ホルムクヴィスト枢機卿は「うぅむ……」と唸っていたが、使徒座達の言葉にも一理あるか、と考えを改める。


「では、アルムストレイム様が戻られるまで、我々使徒座が出来る事を成さなければならない訳だが……その前に、帝国と獣王国の件についてだ」


 ホルムクヴィスト枢機卿が使徒座達に現状を報告するが、彼のその顔はとても作戦が成功した者がするような表情ではなかった。


「まず、忌み子の件からだ。我が統括する福音聖省の暗部『八虐の使徒』と『悪の爪<マレブランケ>』はヴェステルマルク魔導国の協力の下、忌み子と師団員達の分断に成功した。そして忌み子を追い詰め、第十三神具を起動させたものの、『八虐の使徒』は全滅、忌み子は重症を負い意識不明ながらもその生命に別状はない……という結果になった」


 ホルムクヴィスト枢機卿の説明に使徒座達は驚愕する。


「な、何だよそれ!! 必中必殺の神具を使ってまで殺せなかったって事!?」


「<死神>は魂の核を破壊する程の威力を持つ神具。その威光が忌み子には通じなかったと?」


「<穢れを纏う闇>も使用したのであろう? それすらも奴を仕留められ無かったということか!?」


 司教聖省の長から始まり、使徒座達が次々とホルムクヴィスト枢機卿に問いかける。誰もが今回の作戦で忌み子を神去らせると信じて疑わなかったのだ。それなのに、実際蓋を開けてみると、第十三神具は行方不明、『八虐の使徒』は全滅、『悪の爪』も師団員達に生き残った者達を捕縛され、帝国に身柄を拘束されているという。


「第十三神具の回収すら叶わなかったと? 神の威光を示す神具の遺失はわがアルムストレイム教に於いても大問題なのでは?」


 百年以上秘匿していた聖櫃の封印を解いてまで開放した神具──神の御業を具現化した奇跡の道具を失うなど神への冒涜だと、列聖省の長は憤りを感じているようだ。いつもは穏やかな性格の彼女が珍しく強い口調で抗議する。


「しかもヴァシレフは奪還ならず、口封じせねばならなかったとは……帝国の飛竜師団も噂に違わず精鋭揃いだったという事か……」


「秘跡聖省は<聖鏡>で見ていたのでしょう? 忌み子はどうやって<死神>や<穢れを纏う闇>から逃れられたのです?」


 布教聖省の長が秘跡聖省の長に確認を取る。秘跡聖省の長はゆっくりと頷き、<聖鏡>で見た事を使徒座達に伝えた。


 師団員達から引き離され、孤立した忌み子であったが、身体能力が高く剣の腕が立っていた事、魔法戦も光魔法を上手く使用して『八虐の使徒』を翻弄していた事、魔力量が膨大で使徒達の方が魔力切れを起こしそうだった事……。


 秘跡聖省の長の言葉に、使徒座達が苦々しい表情をする。「世界最強」と謳われていたのは伊達ではなかったのだ、と理解したのだろう。


「忌み子の潜在能力の高さは理解した。誇張された噂だと思っていたが、その実力は本物だという事もな。しかし<穢れを纏う闇>は? アレは実力云々で討伐出来るものではあるまい?」


「私が<聖鏡>で見たところ、忌み子は聖具のようなものを身に着けていたように思う。聖火で<穢れを纏う闇>が燃やされていたから」


 秘跡聖省の長が言う聖具とはアルムストレイム教の司教以上が持つ事を許される首飾り型の魔道具だ。聖属性の魔力が付与された貴重なもので、簡単に手に入るようなものではない。


「何だと!? 聖具をだと!?」


「……我が法国と帝国の間に同盟は結ばれておらんのに……忌み子はどこで聖具を手に入れたというのか……」


「もしかしてよー。イグナートが渡したとかはないよなー?」


 教会聖省の長が言うイグナートとは、ナゼール王国の大神殿に赴任している司教の名だ。忌み子がしばらくの間王国に滞在していたので、その時何らかの形でイグナートから聖具を手に入れたのではないか、と彼は疑っているのだ。


「それはありえぬな。イグナートはむしろ帝国嫌いであるのでな。王国に忌み子が来るのを凄く嫌がっておったしな」


 修道聖省の長が教会聖省の長の言葉を否定する。修道聖省は各教会の人事も担っているため、イグナート司教の人となりを知っているのだ。


「ならば、一体何処で……? 聖具紛失の届けも出されておりませんのに」


 列聖省の長が不思議そうにしている。聖具の入手経路が分からず困惑しているのだ。しかし、その問いに答えてくれる者は、今この場にいない。


 ──そうして誰も真実に辿り着けないまま、時間だけが過ぎていくのであった。




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「168 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国5」です。

ひたすら悪巧みしてる奴らです。(適当)

どうぞよろしくお願いいたします!


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