09 ナゼール王国執務室にて(エリーアス視点)
楽しいお茶会がお開きになった後、殿下、側近二人と一緒に執務室へ戻ってきた。
「殿下、グリンダ嬢とは如何でしたか?」
私は殿下に今日の手応えを聞く。
「ああ、噂に違わず美しく、思いやりのある女性だったよ。ウォード侯爵の継子との事だけど、何も問題ないんじゃないかな」
思いやり……? 義姉であるユーフェミア嬢を差し置いて挨拶していた様だが……。
「本当に美しい令嬢でしたね。殿下とも良くお似合いでしたよ」
書記官のアルベルトが、グリンダ嬢の顔を思い出して言う。
確かに美しいとは思ったが……そんなに絶賛する程だろうか?
「では、グリンダ嬢を正式な婚約者に……!?」
殿下のお相手がなかなか決まらずやきもきしていた事務官のカールが食い気味に問いかける。
「待て待て。何も今すぐ決めなくても良いだろう。二人とも落ち着け」
暴走気味の二人を冷静にさせるべく嗜める。
「……そうだな。決めるには時期尚早かな。お互いゆっくり話したのは今日が初めてだしね」
「ユーフェミア嬢も候補に挙がっていましたが、彼女の事はよろしいのですか?」
彼女は四属性の魔力持ちと言う希少性と、侯爵家という爵位から候補に選ばれたと聞いている。
──王家としては取り込んで置きたい人材だろうが……。
「でも、殿下の希望で候補に挙がった訳では無いですし……」
どうやらアルベルトはグリンダ嬢推しらしい。
「そうです。元老院の考えは古いし時代錯誤です。同じ侯爵家の出ならグリンダ嬢でも問題ないと思います」
カールは口うるさい元老院が嫌いだからな。
「……まあ、僕としても伴侶は自分で選びたいかな」
殿下も優秀な血筋と言うだけで、勝手に将来の伴侶を決められるのはごめんなのだろう。
「では、これからは定期的にグリンダ嬢を王宮へ招待されるのですね?」
何となく気になるところはあるものの、殿下の気持ちもわかるのでこのまま話を進める事にする。
──何回か会ううちに、グリンダ嬢の人間性もわかってくるだろう。
「ああ、そのように手配を頼むよ」
「畏まりました」
私はこれから暫く忙しくなるな、と頭の中で予定を組み立てる。
「帝国からの使者を迎え入れる準備もあるのでしょう? ……僕倒れそう……大丈夫かな……」
アルベルトが心配そうに呟くが、彼は華奢な体格をしているものの、神経が結構図太いので大丈夫だろう。
それを知らない令嬢たちは彼に庇護欲を掻き立てられている様だが。
「そう言えば例の件、何か進捗はあったのかな?」
「その件ですが、未だ該当者は発見出来ておりません」
「……そうか。何とか使者が来る前に見つかれば良いのだけど……」
殿下が言う例の件とは、銀の髪と紫の瞳を持つ使用人らしい少女を見つけ次第、保護する事だ。
その意図は不明だが、帝国からの要請で王都中の貴族や商人を調べているものの、今のところ手掛かりは見つかっていない。
「捜索場所を、王都から各領地へ広げる必要がありますね」
カールがやれやれと言った調子でため息を吐く。
「でもわざわざ帝国からこの件で使者が送られて来るなんて……。余程重要な人間なのでしょうか?」
「……わからない。しかし帝国の上層部……若しくは皇族が関わっている可能性は考えておいた方が良いだろうな」
アルベルトの疑問に、ある程度予測していた考えを答えると、周りが息を飲んだ。
王国と帝国では国力の差がかなりあり、帝国の機嫌を損なうと、王国はたちまち立ち行かなくなってしまう。
それを痛い程理解しているので、帝国が探し求めているという目的の人物を見つけるために、我々は国を挙げて大捜索をしなければならない。
「でも銀髪って、平民にも居ない訳じゃないとはいえ、結構珍しいですよね? なのに手掛かりが全く無いなんて」
カールが不思議そうに呟く。
「成長に伴い、髪色が変わる事例もあるからな」
「ええ!? もしそうだとすればお手上げじゃ無いですか!」
アルベルトが悲鳴に近い声を上げる。
「そうなると、銀髪と言う条件ではなく、それに近い色の髪と紫の瞳で捜索しないといけないね」
殿下が両手を組んでため息混じりに言った。
これからの事を考えると頭が痛いのだろう。
「銀髪と紫の瞳といえば、今日いらしたユーフェミア嬢もそうでしたよね」
「確かに色合いだけ見ればそうだけど、さすがに侯爵令嬢と使用人では身分差があり過ぎるだろう」
私はカールとアルベルトが色々と考察しているのを眺める。
ユーフェミア嬢か……。
今日会った令嬢の事を思い出していると、こちらを見た殿下がニヤリと笑みを浮かべる。
「……で、ユーフェミア嬢はどうだった? 君にしては珍しく、随分気に入ったみたいだね?」
殿下の言葉にアルベルトとカールが食いついた。
「そうなんですよ、殿下! 僕、令嬢に微笑みかけるエリーアス様なんて初めて見ましたよ!」
「自らダンスに誘っていましたしね。俺も驚きましたよ」
興奮した二人が殿下に余計な話をする。
「へえ……。それはそれは」
殿下も興味津々らしく、珍しく話に乗って来たので、仕方なく答える事にする。
「……確かに珍しい令嬢でしたね。私に怯む事無く話していましたし」
どうやら私は他の令嬢から恐れられているらしいから、ユーフェミア嬢の反応は新鮮だった。
「でも彼女、エリーアス様と舌戦を展開していませんでした?」
「俺、あんな殺伐としたお茶会初めて見ましたよ……」
「それに僕、エリーアス様の微笑みに無反応な令嬢なんて初めてお会いしました」
「普通の令嬢なら頬を染めるのはもちろん、下手すると腰抜かすか失神するのですがね」
なんだかえらい言われ様だ。
「……それは流石に言い過ぎだろう」
大袈裟な二人に反論しようとすると何故か睨まれた。
「無自覚ですね……」
「あれで無自覚か……」
何やら二人が呟いているが聞こえない。
「しかしユーフェミア嬢か……いや、君とは家格的に釣り合っているけど……その……ねぇ」
殿下が何やら気まずそうに言う。
「まあ……何と言うか無機質な感じですよね。作り物めいたと言うか」
「どうしてもグリンダ嬢と比較されてしまいますよね。お可哀想に」
三人ともユーフェミア嬢の容姿がネックの様だ。
しかし私から見ると、何故そこまで言われるのかわからない。寧ろ顔の造作はとても良いのではないかと思う。
あの不自然な白粉をどうにかすれば、美しく変身しそうなのに……。あの化粧には何か理由でもあるのだろうか。
「……まあ、私としては彼女ともっと親睦を深めたいとは思っていますがね」
私の言葉が意外だったのか、部屋の空気が固まった。
「……! まさか……『冬帝』や『氷雪の貴公子』と称されるエリーアス様が……!?」
「令嬢に興味を持った……だと!?」
そんなに驚く事だろうか? 私も健康な成人男性の筈なのだが。
「エリーアス、不思議そうな顔をしているけどね、正直君は女性に興味が無いと僕は思っていたよ」
「普段優秀過ぎるくらいなのに、女性の機微には疎いですからね……あれだけ秋波を送られているって言うのに気付かないとか」
「実は男色なのではないかと一部の令嬢が盛り上がっていましたよ」
……ちょっと待て。
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