08 ぬりかべ令嬢、お茶会に参加する。

 夜に見た幻想的な雰囲気とは違い、太陽の光を受けた王宮は、おとぎ話に出てくる白亜のお城そのままだ。

 美しいその佇まいから、別名「白雪城」と呼ばれている……らしい。


 昼の王宮に初めて訪れた私は、豪華絢爛な回廊を抜け、中庭のバラ園に案内された。

 丁度バラの季節だったのか、バラの花は満開で、バラの華やかで美しく優雅に咲き誇る姿や、優美な甘い香りを楽しめた。

 庭園に置かれたテーブルの上は、小花柄の愛らしい食器や銀器が美しくセッティングされていて、三段トレーの上には旬のイチジクを使ったショートケーキに、芳醇な香りのモンブランのタルト、パンナコッタとブドウのミニパフェなど、季節の果実を贅沢に使ったスイーツがたくさん用意されていた。

 そしてセイボリーにはキノコのキッシュ、アボカドとチーズをのせて焼き上げたワッフルをはじめ、クロワッサンにブリアンゼッタハムとキュウリを挟んだオープンサンドが。


 ──王宮料理人の本気を見ましたわ。流石オーラが違います。

 

 グリンダと椅子に座って待っていると、マティアス王子が側近と近衛を連れて現れた。

 私とグリンダは席を立ち、優雅に見えるようカーテシーをする。


「本日は義姉共々お招きいただきありがとうございます、殿下」


「ありがとうございます」


 一応義姉である私を差し置いて、グリンダが殿下に挨拶をする。いつもの通りなのでもう慣れっこだけど。


「ああ、そう畏まらなくて良いよ。今日はプライベートなお茶会だからね」


 グリンダに爽やかな笑みを浮かべる殿下に、頬を染めて熱い眼差しを向けるグリンダ。

 そして始まったお茶会はそのまま二人の世界へと突入して行った。


 果たして私はここに居る意味が有るのかと疑問に思いながら、美味しいお菓子とお茶をいただく。

 いつもだったらお菓子に目がないグリンダも、殿下に夢中の様で未だ手に付けずにいる。

 これは帰ったら夜食を用意しなきゃいけないかも……と、私が考えている間に、二人は庭園の奥の方へ。

 一人取り残されてどうしたものかと思っていると、殿下の側近の一人──宰相のご子息であるエリーアス様が声をかけてきた。

 次期宰相として期待されている有望な方……らしい。


「こうしてお会いするのは初めてですね。ユーフェミア侯爵令嬢。王宮のお菓子はお気に召されませんでしたか?」


「──いいえ? 大変美味しゅうございます。さすが王宮の料理人ですわ」


 いつもデニスさんのお料理を食べているから、久しぶりに違う人のお料理を食べたので新鮮な気分。このお料理も本当に美味しいと思うけど、正直デニスさんのお料理の方が完成度が高い気がする。いつもは適当に作っているように見えるのに不思議。


 私なりに賛辞を贈ったつもりだったけど、エリーアス様は何故か困った様な苦笑いをしている。


「それなら良いのですが──失礼、貴女を見ているととても美味しそうには見えなくて……ご不満なのかと気になりましたので」


 白粉で塗り固められた顔で笑ったりしたらひび割れを起こしそうで、口以外動かす事が出来ないのです……なんて。

 そんな説明をエリーアス様に出来る訳もなく。


「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。私、この様なお茶会にお招きいただくのは初めてですの。きっと緊張してしまったのですわ」


 嘘と本当を混ぜた言い訳を考える。お茶会に行ったことは無いけれど、緊張はしていないのです。


「そういえば公の場で余りお会いした事がありませんね」


「……はい、社交界は正直苦手ですので」


 実際は参加するしないもお義母様とグリンダ次第なのだけど、苦手なのは本当。


「おや、それはそれは。まあ、魑魅魍魎が跋扈する社交界ですからね。貴女の様な方なら敬遠するのも無理はありませんね」


 貴族達の思惑が渦巻く社交界は、腹の探り合いが常の戦場の様なもの。

 情報収集の場でもある社交界で、私がどう噂されているかエリーアス様もご存知でしょうに。


 ──もしかして何か探りを入れられている?


 発言に注意しながら、エリーアス様と差し支えない世間話をしていると、じっと顔を見つめられる。


 ……白粉が取れてきたのかしら?


「何か……?」


 気になる事があるなら教えてほしくて、エリーアス様に問いかける。


「……いえ、とても見事な銀髪でしたので、つい見とれてしまいました」


「……はあ。……ありがとうございます?」


 エリーアス様でもお世辞を仰るのね。普段は眼鏡を掛けていらっしゃるからか、クールな印象だったので意外だわ。


「少しお伺いしたいのですが、ウォード侯爵の屋敷で、貴女の様な銀の髪と紫の瞳の使用人はいらっしゃいますか?」


「銀髪の……? そうですわねぇ……」


 エリーアス様は銀髪の女性がお好みなのかしら? 貴族の令嬢で該当する方は何人かいらっしゃるけれど。


「銀髪はおりませんわ。紫の瞳なら二名ほど居ますが、髪の色はこげ茶色と赤茶ですわね」


 その内の一人はお孫さんがいるけれど。年齢は関係ないのかしら?


「以前勤めていたと言う事は……?」


「記憶にございませんわ」


「……そうですか。教えて頂きありがとうございます」


 エリーアス様は少し残念そうに微笑んだ。


 ──もしかしてエリーアス様の大切な方だったりするのかしら? 


 殿下とはまた違ったタイプの美形のエリーアス様は、やはり年頃のお嬢様たちにはモテていらっしゃるけれど。


「お役に立てず申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ。不躾な質問をして申し訳ありませんでした」


 お互い謝り合うのが面白くてついクスッと笑ってしまった。


 ……とは言っても私は口の端を少し上に上げるのがやっとだけど。


 そんな私を面白そうに眺めてエリーアス様も微笑む。まあ、眼福ですわ。


「これはまだ正式ではありませんが、約三ヶ月後に殿下の王太子任命と婚約者を発表する場が設けられる予定なのですよ」


 ……これは……今現在、婚約者選定に入っていて、グリンダが候補になったという事ね。殿下の様子もまんざらでは無いようだし、もしかしてグリンダが選ばれる可能性が高いと言う事かしら……?


「これも非公式ですけどね、その時帝国から使者がお越しになる予定なのです」


「……帝国から……」


 帝国と聞けば、ついハルを思い出してドキッとした。白粉のおかげで表情には出なかったけれど。


「貴女にも招待状が届くと思いますので、是非ご参加下さい」


 社交界は苦手って今さっき言ったよね? なのに参加しろってこの人酷くない? まさか天然? どっちにしろ出席は強制だろうけど、出来れば行きたくないと切に思う。

 どう返事しようか考えていると、エリーアス様がにっこり微笑んだ。


「次お会いした暁には、私とダンスを踊って下さいね」


 いやいやいや! 無理無理! 絶対無理!!


 それは何かの罰ゲームかしら? さっきからこの人、私が嫌がる事ばかり言ってくるような……嫌がらせ? ……と思ったその時、私は理解した。


 ──あ、こう言う人の事を「鬼畜眼鏡」って言うんだわ、と。


 人が嫌がる表情がお好きなんでしたっけ? ん? どうだったかしら?

 とにかく、この方は関わっちゃいけない人種だったのね。

 年頃のかわいい使用人のマリアンヌが教えてくれたっけ。ありがとうマリアンヌ。


「ほほほ。エリーアス様とダンスなんて恐れ多いですわ。婚約者の方に申し訳ありませんし、そのお気持ちだけで十分ですわ」


 そんな気持ちもいらないけどね。

 本当はエリーアス様に婚約者がいない事は知っているけれど、ここは知らないふりをしておこう。


「ははは。残念ながら私はまだ婚約者が決まっていませんから、お気遣いは無用ですよ」


「まあ。ですが私、恥ずかしながらダンスに不慣れなものでして。エリーアス様の御御足を踏んでお怪我させてしまいますわ」


 そりゃもうザックリと。全体重を載せますよ?


「おや。怪我の心配をして下さるとは優しい方ですね。女性に踏まれた程度で怪我するほど私の体は柔ではありませんよ」


「そうなのですね。でも、エリーアス様は細身でいらっしゃるから、慣れていない私と踊ると疲れさせてしまいますわ」


 次の日は全身筋肉痛になりますよ?


「これでも一応鍛えていますからね。体力は有る方だと自負しています」


「まあ、それは頼もしい。私は体力が全くありませんの。楽しくダンスを踊れる方が羨ましいですわ」


 ダンスは疲れるし、楽しくないので別の方を誘ってくださいね。


「お疲れになられたら支えて差し上げますので、どうぞご安心下さい」


 いやー! やーめーてー! これ以上悪目立ちさせないでくれませんかね!?


 お互い一歩も譲らず、笑っていない目で微笑み合う。

 そんな私達を他の側近たちはビクビクして眺めていたけれど。

 見ていないで助けて欲しい……って、無理ですよね。わかります。


 エリーアス様と良くわからない攻防を繰り広げていると、殿下とグリンダが戻ってきた。


 ──グリンダを見て安心したのは今日が初めてかもしれない。


「いやあ、ユーフェミア嬢には待たせてしまって申し訳なかったね。しかしエリーアスと随分打ち解けていた様に見えたけど。気が合ったのなら良かったよ」


 殿下が自分の失態を誤魔化す様に話題を変える。しかも嫌な方向に。

 ……しかし何処を見たらそう思えるのだろう。この王子の目は節穴かしら? この国大丈夫?


「……まあ、ご冗談を。打ち解けるだなんてとんでもない。令嬢たち憧れのエリーアス様とご一緒させていただいて、もう胸がいっぱいで……ずっと緊張しっぱなしですのよ」


 ……だから早く帰らせてくれませんかね?


 何とかこの話題を終わらせて、一刻も早くこの場から帰りたいと願っている私を嘲笑うかの様に、エリーアス様が追い討ちをかけてきた。


「そうなんですよ、殿下。ユーフェミア嬢とは随分話し込んでしまいまして。今も次回の夜会でダンスをご一緒する約束をさせていただいたところなのです」


 ──ちょっと待て! ダンスの約束なんてした覚えはありませんが!? 寧ろさっきから断ってるよね!?


 ぎぎぎ、と言う音が聞こえてきそうな動きでエリーアス様を見る。

 怨みがましい私の目を見て、にっこりとエリーアス様が微笑む。


 ──なるほど。了承しない私への嫌がらせですね。やっぱり鬼畜眼鏡に関わってはいけないのね。肝に銘じとこう。


 しばらく夜会には絶対参加するもんか! と、私は心に誓い、拷問のようなお茶会はお開きになったのでした。



 そしてぐったりしながら屋敷に戻った後、予想通り私はグリンダに大量の夜食を作るように命じられたのだった。

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