10 玉の輿大作戦(グリンダ視点)

 先日のマティアス殿下とのお茶会以降、定期的に王宮へ招待される機会が増え、私は有頂天になっていた。

 これはきっと殿下の婚約者候補を見極める為のお茶会なのだわ。


 ──私は玉の輿に乗れるかどうかの、この機会を絶対に逃すわけにはいかない。


 だから私は登城する時は思いっきり粧し込み、顔に極上の笑顔を貼り付けるの。

 そうそう、キラキラのエフェクトも忘れない様にしなくっちゃ。

 私はこの国の貴族の中ではちょっと珍しい光属性の魔力持ちだったの。


 ──光属性なんて、私の為の魔法よね!


 私が大量の魔力を利用し、夜会の間中さりげなくエフェクトを発動させて、美しく見える様に演出しているのは内緒。


 ふんわりと微笑みを浮かべては溢れる様に、ダンスを踊る時は零れる様に。

 多種多様なエフェクトと、お母様譲りの自慢の美貌との相乗効果は抜群よ。

 その結果、貴族の令息たちは私に夢中になっているわ。

 争う様に愛を囁いたり、高価なプレゼントを贈って来たり。

 私の寵愛を得ようと気位の高い貴族が必死になる様は滑稽だわ。


 ──でも私はその様子を眺めるのがたまらなく好き。


 前回の晩餐会で、殿下にダンスを誘われた時は、チャンスとばかりに持ちうる全てのノウハウと経験を活かして、全力で殿下を堕としにかかったの。


 ──効果覿面だったわ。


 その甲斐あって、こうやってお茶会に呼んでくれる様になったんだから、意外と殿下もチョロかったのね。


 初めてお茶会に招待された時は、引き立て役でユーフェミアも一緒だったけど、殿下は既に私に夢中の様だったし、邪魔だったから今は屋敷で留守番をさせているわ。


 流石のユーフェミアも今頃は悔しい思いをしているでしょうね。


 私がこのまま殿下の婚約者になったなら、あのいつも澄ました顔が屈辱でぐちゃぐちゃになるところが見られるかもしれないわ。


 ──ああ、楽しみ!


 とにかくあの子、初めて会った時から気に入らなかったのよね。

 初めてユーフェミアを見た時の悔しさったら!

 流れる様な銀髪に、紫水晶の澄んだ瞳。透き通る白い肌にピンクのほっぺ、バラ色のくちびる……。

 周りの人間から可愛い、お人形さんみたいと褒め称えられ、「私より可愛い子なんていない」と自負していた私のプライドはズタズタに引き裂かれたわ。


 ──私より美しいなんて許せない!!


 だけど、私が受けた屈辱はそれだけじゃ無かったの。


 この国では、その年八歳になる子供は魔力測定を受けることになっている。

 もちろん、私とユーフェミアも一緒に受けることになったわ。

 結果、私は光属性だけだったけど、魔力量はかなり多いと判定されてとても鼻が高かったわ。

 でも、一人一属性、多くて二属性と言われている中、ユーフェミアは魔力量は普通だったものの、四属性も持っていたの。

 周囲が感嘆する中、驕ることなく凛としているその姿に、私はすごく惨めな気分にさせられた。

 そして魔力測定後、早速王家からユーフェミアに婚約の打診があったと聞いた時は耳を疑ったわ。


 私の方が魔力量が多いのに、四属性だからって魔力量が少ないユーフェミアが殿下の婚約者候補だなんて冗談じゃない!

 だから私はユーフェミアを使用人同様に扱ったり、元の顔がわからなくなるぐらい白粉を塗りたくってやるの。


 ──侯爵家令嬢としての尊厳を奪い、私が受けた屈辱を百倍にして返してやるためにね!


 今のところその復讐は上手く行っている様で、社交界でのユーフェミアの噂は散々みたい。


 下手するとあの女、結婚出来ないかもしれないわ。──いい気味!


 私も初めはイケメンの高位貴族と玉の輿、なんて思っていたけれど、最近は本気で殿下と結婚したいと思う様になったわ。


 お茶会の参加者は私と殿下の二人だけど、殿下付きの側近も側に控えているものだからある意味逆ハーレム状態なのよね。


 ──容姿端麗、才色兼備なマティアス殿下。


 民から絶大な人気を誇り、国中の女性の誰もが憧れる王子様。柔らかな物腰で誰にでも優しく、仕草のすべてが気品に溢れているの。


 ──殿下に負けず劣らず人気のある美貌の宰相候補、エリーアス様。


 普段はクールな印象の彼が微笑むと、少し幼く柔らかい感じになるので、そのギャップにやられる令嬢が続出しているらしいの。

 エリーアス様は微笑みだけで令嬢を腰砕けにすると噂されていたけれど、眉唾ものだと思っていたのに本当だったなんて……。

 遠目で見ただけで腰を抜かしかけたもの。椅子に座っていて良かったわ。……まあ、しばらくは立てなかったけど。


 ──そして可愛いと人気の書記官、アルベルト様。


 目が大きく童顔で、とても年上とは思えない。天真爛漫なアルベルト様は思わず守ってあげたくなる愛らしさをお持ちなの。


 ──文官なのにたくましい身体の事務官、カール様。


 がっしりとした体型に男らしい顔つきで、とても包容力がありそうな雰囲気を持っている美形。一度あの腕に抱かれてダンスを踊ってみたいわ。


 そんなタイプの違うイケメン四人に囲まれて開催されるお茶会は私の至福の時間なの。

 こんな状況、普通の貴族と結婚したら不可能よね?

 しかも三人とも、私に気があるんじゃないかしら?

 エリーアス様は私のことをじっと見つめてくるし、アルベルト様は私の話を一生懸命聞いてくれるし、カール様は目が合うとすぐ逸らしてしまうのよ。見た目と違って照れ屋さんなのね。


 ──マティアス殿下と結婚したら、毎日こんな時間が過ごせるのかと思うと胸が高まるわ。


 これは何が何でも結婚に漕ぎ着けなくちゃ。ああ、その前に婚約者に選ばれないとね。

 その為に、私はどんな手段も厭わないつもり。


 ……でもある時、エリーアス様が私にユーフェミアの事を聞いてきたの。


 私がお茶会に参加している時でも、職務関係以外であの美声を聞いた事なんて無かったのに!


 なのにどうしてユーフェミアを気にかける様な事……。


 ──あ! もしかして……!


 ユーフェミアを口実に私とお話したいのかしら。

 エリーアス様があんなぬりかべ女に興味を持つなんて事、ある訳無いもの。

 ……きっとそうよね! マティアス様の手前、私とお話なんて出来ないから……。

 いいわ、エリーアス様の為にユーフェミアの事をたっぷりと教えて差しあげましょう。


 ──曰く、


 お義姉様は私が話しかけても無表情で、にこりとも笑ってくださらないの。

 返事をしても一言だけで、とても素っ気ないの。

 食事も一緒に摂って下さらないのよ。

 私のドレスや靴を持って行っちゃうの。

 馬車も別々で、一緒に乗ってくれないの。

 身体をひねられたり、髪を引っ張られたことだってあるわ。


 ──なんてね。


 ついでに涙目の上目遣いで、儚げなエフェクト付きで演出するのも忘れない。

 ちょっと大げさに言っちゃったかもしれないけれど、嘘は言っていないものね。


 ……まあ、本当のことも言っていないけど。


 私の予想通り、エリーアス様だけでなく、殿下もアルベルト様もカール様も眉をひそめていらしたわ。


 ふふ、これでユーフェミアは嫌われ者ね。


 ──ざまあみろ。


 辛い告白をして、悲しみに打ち拉がれているっぽく俯いている私の前に、殿下がそっと跪いたかと思うと、震えている様に見える私の手を殿下の大きな手が包み込んだ。


「……可哀想に……今まで辛かったんだね。それなのにいつも笑顔でいた君を僕はとても尊敬するよ。本当によく頑張ったね」


「……っ!」


 ──殿下からかけられた言葉に、俯いていた顔を上げて目を見張る。


 目に映ったのは、今まで見た事が無いぐらい優しく微笑んでいる殿下の顔で。


 ……どうして……!?


 ──どうしてその顔を見ると、切り裂かれたかの様に胸が痛むの──?


 私は自分の心の変化に気づかないよう目を伏せた。

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