11 ぬりかべ令嬢、キレる。
王宮でのお茶会からしばらく、何度か貴族から夜会の招待状が届いたけれど、私は頑なに出席を拒否し続けた。
──全ては鬼畜眼鏡・エリーアス様と出くわさない為に!
出会ったら最後、ダンスをご一緒する羽目になるなんて、嫌がらせ以外の何物でもないわ。本人は社交辞令のつもりで本気じゃなかったかもしれないけど。
自意識過剰かなと思いつつ、目立ちたくない私にとってはどっちにしろ会いたくない人なのは確かだ。
そうして私が社交界から逃げ回ることしばらく……。
ついに今日、殿下の皇太子任命と婚約発表の場を兼ねた舞踏会が開催される。
その準備のため朝から怒涛の忙しさで、私は屋敷中を走り回っていた。
──淑女? そんなの気にしてたら間に合いませんわ。
口うるさいグリンダの準備を何とか終わらせて、私も仕方なく身支度を整える。
王宮からの招待を断れる貴族はいませんからね。
身支度を手伝ってくれる使用人のアメリに、いつもよりたっぷりと白粉を塗ってもらう。
最近はこのぬりかべメイクにも愛着が湧いてきたみたい。仮面を被っていると思えば便利だわ。
それに話しかけられたり、面倒なダンスに誘われることもないから意外と気楽。
初めはグリンダの嫌がらせから始まったのだけど、今は感謝しても良いぐらい。
──人間何事も前向きにならなくちゃね!
そして私は馬車に揺られながら、いつもより美しく飾り付けられた城へと到着した。
グリンダとお義母様を乗せた馬車は、城の衛兵に誘導されて奥の方へ消えて行った。婚約発表の準備があるのだろう。
私が会場に入ると、そこには何時にも増して煌びやかに着飾った令嬢たちの姿が。
……なんだか気合の入り方がすごい。
私はいつもの様に気配を消しながら壁側に移動して、令嬢たちの会話に耳を傾けると、何故彼女たちが気合いを入れているかの謎はすぐに解けた。
「帝国からの使者様って、すごくカッコ良いらしいわね!」
「お父様がチラッと拝見したらしいのだけれど、若くて凛々しい方なのですって」
「マティアス殿下はもう無理だけど、帝国の貴族に見初められれば……!」
「この国の貴族に嫁ぐより、よっぽど良い生活が出来るんでしょう? これはチャンスだわ」
……なるほど。帝国の使者の目に留まって、あわよくばって事ね。か弱げな見た目と違い、令嬢たちのメンタルが強くてすごい。
令嬢たちの話を聞いていると、会場中にファンファーレが響き渡り、王族たちが入場してきた。
そして国王陛下が挨拶の後、マティアス殿下の皇太子任命とグリンダとの婚約を発表する。正式な皇太子任命の儀は後日行われるそうだ。
湧き上がる会場に拍手が鳴り響く中、殿下とグリンダが入場して来て笑顔を振り撒く。
お互い微笑み合う仲睦まじい姿はとてもお似合いで、会場のあちこちから感嘆の溜息が聞こえて来る。
──グリンダと殿下の婚姻は一年後。
後一年経てばグリンダは侯爵家から居なくなる……のであれば、私はどうなるのだろう……? ふと考えてみる。
お義母様が屋敷に居るのであれば、このまま使用人扱いの後、何処かの貴族と政略結婚……かしら。
政略結婚でもお相手が若ければ良いけれど……。お義母様の事だから、とんでも無い嫁ぎ先を見つけて来そうだわね。
もういっその事、何処か別の国にでも行ってみようかしら……と、ぼんやり考えていると、周りが浮き立つ様に歓声を上げたので我に返った。
どうやら帝国からの使者を紹介していた様だ。すっかり見逃してしまった。
一目ご尊顔を拝見しようと思ったけれど、使者様の周りには沢山の人集りが出来ていて、とてもじゃ無いけど近付ける気がしない。
もう一つ出来ている人集りは言わずもがな、殿下とグリンダで、その近くにはエリーアス様の姿が……。
……うん、逃げよう。
そして私はスタコラ逃げた。エリーアス様に見つからない様に、壁と同化しながらスタコラ逃げた。
* * * * * *
王宮での婚約発表以来、グリンダはお妃教育のために王宮へ通う事になり、早速朝から登城して不在となっている。
おかげで今日のお昼はのんびりと平和に過ごす事ができた。
グリンダは登城したし、お義母様も何処かへ出かけたので、私は言いつけられた用事が終わった後、久しぶりにハーブの世話をしようと思い裏庭に向かう事にした。
私がハーブのお世話ができない時は庭師のエドさんが代わりにやってくれるけど、やっぱり自分でお世話してあげたいから。
気がつけば秋も中盤を過ぎ冬が近づいているはずなのに、今日は意外と日差しが強い。
これ以上日焼けをしない様にほっかむりをし、スコップ片手にしばらく土をいじる。
──ああ、癒される。
雑草を抜き、ハーブの剪定をしてからたっぷり水をあげる。
ハーブによっては水をあげ過ぎるのがダメな種類があったりと、水遣りでも結構難しかったりする。
でもこうやって植物や自然と触れ合っているうちに気分が落ち着いてくるのだ。
そろそろ新しいアロマオイルを作りたいわね。次はどんなハーブを植えようかしら? ……なんて事を考えるのもすごく楽しい。
──青空のもと、太陽の光を浴びて汗をかきながらする作業って、とっても気持ちいい。
ご機嫌な私は鼻歌を歌いながら、土をザクザク掘り進めて行った。
しばらく夢中になっていると、屋敷の方から慌てた様子のアメリがやって来た。
アメリはマリアンヌと同じく、私と仲良くしてくれる使用人だ。普段おっとりとしているのに、今は珍しく狼狽えている様に見える。
「ユ、ユーフェミア様!」
「アメリ、どうしたの……?」
「奥様がお呼びなのですが……!」
お義母様は買い物に行ったとばかり思っていたけれど、帰りが早過ぎるので買い物では無かったらしい。
ただお義母様が呼んでいるにしてはアメリの様子がおかしい。……何だかすごく嫌な予感がする。
「とにかく落ち着いて? お義母様のところへ行けば良いのね?」
「それはそうなのですが、お客様をお連れになっていて……その方が、あのアードラー伯爵なんです……!」
アメリが口に出した名前を聞いて、何故彼女が慌てているのかを察した。
アードラー伯爵には常に悪い噂が付き纏っている。王国では禁止されている奴隷や違法薬の密売、闇オークションの元締め等など……。なのに証拠が不十分だとして未だ除籍されずにいる。
しかも私生活では五回も結婚を繰り返していて、その全てが死別。
アードラー伯爵に嫁ぐと言うことは死刑宣告と同義、と言うのが社交界の認識となっている。
「……ユーフェミア様……」
アメリが涙目になっている。彼女もアードラー伯爵来訪の理由を察したのだろう。
「……とりあえずお義母様のところへ行くわ。お手伝いしてくれる?」
いつものぬりかべメイクをさらに酷くすれば、アードラー伯爵も呆れるかもしれない。
……なんて、あのお義母様に、そんな甘い考えが通用するはずも無く。
「……それが……着替えたら化粧はせず、直ぐお連れする様にと……」
そうして、ささやかな抵抗すら封じられた私は、アードラー伯爵と対面する事となった。
ドレスに着替えて応接間へ入ると、お義母様とアードラー伯爵らしき人物が談笑していた。
初めて見たアードラー伯爵は、残り少ない白髪混じりの髪の毛を無理矢理撫でつけた髪型に、身体中の脂肪が弛みきった中年男性で、貴族の品格が微塵も感じられない人だった。
「あら、やっと来たのねユーフェミア。こちらはアードラー伯爵よ。ご挨拶なさい」
お義母様に促され、アードラー伯爵にカーテシーする。
「初めまして。ユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します」
顔を上げてアードラー伯爵を見ると、ねっとりと舐めまわす様な視線で私を見ていて、その視線に思わず鳥肌が立つ。
「これはこれは……! この令嬢があの? 随分噂と違いますなあ! これは美しい! それにハリのある良い身体をしておる……これは久しぶりに楽しめそうだ!」
アードラー伯爵は興奮しているのを隠そうともせず、私の顔や身体を値踏みする様に見つめている。何だか視線だけで汚された様な気になる。
「あらあら、アードラー伯爵ったら。ユーフェミアをお気に召しまして?」
「良いね良いね! 是非とも私のところに来て欲しいね! こんなに若くて美しいお嬢さんを娶れるなら幾らでも出すよ! 初物だったら最高だね!」
「それはもちろん、ご期待に添えましてよ? 身体も健康ですし、ご満足いただけるかと思いますわ」
二人の会話に吐き気がする。余りの物言いに絶句してしまう。
きっと私の顔色は青を通り越して白色になっているかも知れない。これは確かにメイク不要だったな、と自虐して現実逃避せずにはいられない。
私が呆然としている間に二人は話を纏めたらしく、アードラー伯爵は最後までねちっこい視線を私に向け、舌舐めずりしながら名残り惜しそうに帰って行った。
アードラー伯爵の視線から解放されて、緊張の糸が切れた途端身体が震えて止まらなくなる。
──ハル……!
私は服の上から指輪を握りしめ、ずっと心の支えになっていた男の子の顔を思い出す。
そんな私にお義母様が心底楽しそうな笑みを浮かべて言い放った。
「アードラー伯爵ってばすっかり貴女を気に入ったみたいね。喜んで貴女を娶ってくれるそうよ。良かったわね」
「グリンダと違って結婚出来ないであろう貴女には勿体無いぐらいの縁談ね」
「アードラー伯爵が支度金をたっぷり出して下さるんですって。その分貴女もしっかりご奉仕しなさいな」
次々と浴びせられる酷い言葉に、私の中の何かが切れた。
──もうこれ以上、大切なものを奪わせない……! ハルとの夢も希望も未来も。
私はお母様との思い出が詰まったこの侯爵邸から、姿を消す決意をした。
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