12 帝国からの使者(マティアス視点)
ナゼール王国の第一王子である僕は、間も無く迎える成人の儀において皇太子に任命される事になっている。
皇太子に任命された僕に、次に必要となるのは伴侶の存在だ。通常であれば既に婚約者がいてもおかしくは無いのだけれど、未だ僕には婚約者がいなかった。
王国の名だたる名門貴族にも年齢が近い令嬢が何名かいるが、婚約者候補止まりとなっている。それぞれの令嬢とは何度か顔を合わせた事があったけど、伴侶として選ぶには今ひとつ決め手に欠けていた。
婚約者候補の中で最有力とされていたのがユーフェミア・ウォード・アールグレーン侯爵令嬢だ。
彼女は稀有な四属性の魔力を持つ上に、申し分ない爵位の貴族令嬢だ。容姿的に相応しく無いなど色々な噂があるものの、僕としてもこのまま彼女が婚約者に決定かな、と思っていた。
だが、ある時バルドゥル帝国から親書が届き、その内容に対応するため僕自身も動く必要があり、婚約者の件は一旦保留となった。
バルドゥル帝国は特異な信仰を持ち、複数の民族・種族を支配下に置いており、広大な地域を領有する資源大国だ。
多種多様な文化が共存しながらも独自の文化を発展させ、伝統を保ちつつも新しい技術が次々と生まれており、今や流行と文化の発信地となっているこの世界でも有数の超大国だ。
人々の信仰を集め、多大な影響を持つ法国と、魔法の技術革新で大国となった魔導国と張り合えるのは帝国ぐらいだろう。
一方、我がナゼール王国は気候こそ安定しているものの、いわゆる農業国であり、帝国との国力差は歴然だ。正直、いつ帝国に取り込まれてもおかしくない状況ではあるが、今代の皇帝は争いを好まない性格らしく、そのおかげでここしばらく両国間では良好な関係を築けている。
その帝国からの親書だ。さぞかし重要な内容に違いないと思われたそれは、「人探し」の要請だった。
──銀髪、紫眼の「ミア」と名乗る十五歳前後の少女を保護されたし
見た目と名前以外は不明確であるものの、使用人の服を着用していたことから王都の商家や貴族に雇用されている可能性が高い、と言う事だった。
平民で銀髪と言うのはそう多くは無いので、目的の人物はすぐ見つかるであろうと思われたし、元老院が婚約者の選定を催促して来たので、僕は捜索と同時に社交界にも参加を余儀なくされてしまった。
しかし嫌々参加した舞踏会で彼女──グリンダ・ウォード・アールグレーン侯爵令嬢と出会えたのは僥倖だったかもしれない。
グリンダ嬢との逢瀬を重ねつつ指揮を取っていたとはいえ、予想以上に捜索は難航してしまった。
王都中を探しても「ミア」と言う少女は見つからなかったのだ。
早々に少女を見つけ、帝国に恩を売ろうと画策していた我々は困惑する事になる。中々良い返事が出来ない王国に痺れを切らした帝国が、後日使者を送ると通達してきたからだ。
使者が到着する前に何とか見つけ出したかった我々は、捜査範囲を王都から王国中に広げ、対象を「王都で暮らした事がある十五歳前後の紫眼の少女」に変更したのだが……。
何人かの少女が該当したものの、結局手掛かりを見つける事は出来ず仕舞いであった。
そして「ミア」を見つけられないままに、帝国からの使者が到着した。
──マリウス・ハルツハイム。
思わぬ大物の登場に緊張が走る。
灰色の髪と目をした彼は次期皇帝と誉れ高い、レオンハルト・ティセリウス・エルネスト・バルドゥルの右腕と称される男だったからだ。
来賓を迎えるための王宮にある迎賓館でお互い軽く挨拶を交わした後、早速本題に入る。どうやらこの一件は帝国側にとってかなり急務な案件なのだろう。
「この度は我が国の急な要請に応じていただきありがとうございます」
マリウス殿が申し訳なさそうに眉を下げて、薄く笑う。
「いえ、我が国としましても重要な同盟国である貴国からのご依頼ともなれば、ご協力させていただくのは当然のこと。しかし王都のみならず各領地まで捜索の範囲を広げてみたものの、かの少女を発見するに至らず……誠、ご期待に沿えず申し訳ありません」
この国の宰相でエリーアスの父、アーベル・ネルリンガーがマリウス殿に残念そうに告げる。
しかし、宰相からの言葉にマリウス殿から気落ちした様子は見られなかったが、後ろに控えていた側近からは残念そうな雰囲気が伝わってきた。色々苦労しているのかも知れない。
「そうでしょうね。彼女を見つけ出すのはかなり困難な事だろう、と言うのはある程度予想していましたから」
マリウス殿の物言いから察するに、彼は「ミア」と言う少女に会った事があるらしい。
「お伺いしますが、捜査の対象はどのような条件で?」
「あ、はい、以前は『銀髪、紫眼の「ミア」という名前の王都で使用人をしている十五歳前後の平民の少女』でしたが残念ながら発見できなかったため、現在は『紫眼の「ミア」と言う名前の王都に滞在経験のある平民の少女』に条件を変更して捜索しています」
宰相が書類を確認しながら返答すると、マリウス殿は少し考えるような素振りをしながら言った。
「では、申し訳有りませんが対象を平民から貴族と貴族の血縁者に変更いただけますか?」
「……もちろんお望みとあれば。しかしながら理由をお聞かせいただいても?」
「ええ。私は彼女と面識が有りまして。私が見た彼女は確かに使用人の服を着用していましたが……。当時から私は違和感を覚えておりました」
「違和感、ですか?」
「そうです。立ち振る舞いは使用人より貴族の令嬢のそれでしたし、かなり教養も高い様でした。その様子から私は、彼女は高レベルの教育を受けていたのではないかと推測しているのですよ」
マリウス殿が背もたれに身体を預けて目を閉じる。昔を思い出しているのだろう。
「……ですので、彼女は元貴族の娘……若しくは何かしら貴族と縁がある家系の出であろうと思っています」
マリウス殿の言葉に、宰相も納得した様に頷く。
「なるほど、承知しました。では直ぐにでもそのように手配いたします」
宰相が控えていた文官に指示を出し、自身もマリウス殿に退出の挨拶をした後、部屋から出て行った。
「マリウス殿、『ミア』と言う少女を保護した後は、やはり貴国へ?」
「そうですね。我が国へお迎えし、丁重におもてなしさせていただくつもりですよ」
流石に不当な扱いはされないだろうと思っていたものの、マリウス殿から言質を取れたことに安堵していると、彼が少し言い難そうに口を開いた。
「……ちなみにお伺いしますが、貴国で月輝石のアクセサリーを所持している貴族や商家をご存知ですか?」
「月輝石……ですか? あの希少な石を持っているとなれば、社交界で噂になるかと思いますが……そのような話は聞きませんね」
「……そうですか」
心なしかがっかりした様に見えるけれど、『ミア』と月輝石に何か関係があるのだろうか……?
「それにしても……貴国がそれ程欲する『ミア』と言う少女は一体何者なのですか?」
核心を突く質問をされて少しは表情を崩すかと思ったけれど、その質問すら想定内だったのか、マリウス殿はにこやかに微笑んだ。ここに女性がいれば黄色い声が上がったかもしれない。
しかしマリウス殿とは逆に、マリウス殿の背後に控えていた側近が警戒を強めたのか威圧を発し掛けた。瞬間、マリウス殿が片手を上げてそれを制す。ハッとした側近は大人しくなり、一歩下がって控え直していた。
この側近は少し気が荒いのかも知れないな、と思っているとマリウス殿が口を開いたので意識がそちらに向かう。
「我が国の者が大変失礼致しました。どうかご容赦の程を。ちなみに『ミア』ですが、一言で表すなら『恩人』ですね」
「……それは一体どう言う……?」
──恩人。その言葉の意味を考える。何に対しての「恩人」なのか。マリウス殿の? それとも他の誰か……?
『帝国の上層部……若しくは皇族が関わっている可能性は考えておいた方が良いだろうな』
ふと、以前エリーアスが言った言葉を思い出す。
まさか皇族なんて事は……。
「我が国としましても何分時間が限られておりまして、貴国には無理を承知でお願いする以外方法も無く、大変心苦しい限りですが……。この件が無事解決した暁には貴国へ十分な対価をお支払いすると約束いたします」
マリウス殿はこちらの質問に答えるつもりはないらしく、話はそこで終了となった。
帝国にとってこの件はかなり重要なものらしく、しかも時間がないと来た。暫くの間は寝る間も惜しんで調べる必要がありそうだ。
そうして捜索の対象を貴族とその血族に変更し、何名かの令嬢がリストに挙がる。
その中にはユーフェミア・ウォード・アールグレーン侯爵令嬢も名を連ねているのだが……。
──王宮からの再三の召喚にも関わらず、彼女がそれに応える事は無かったのだった。
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