98 断罪7(ハル視点)

 ビッチ母の裁判が終わってからも、まだ国王は退場しない。その様子に、まだ何かあるのかと大広間中がざわめいている。


 既に罪人であるヴァシレフとビッチ母は連行されてこの場には居ない。

 証言台なども撤去され、裁判所(仮)のような雰囲気が無くなり、いつもの空間に戻っている。


 母親が衛兵に連れて行かれているのを見たビッチは流石に驚いていたが、取り乱すこと無く意外と平気そうだった。


「これから行うのは裁判などではない。これからの事についてだ」


 国王が言うこれからの事とは、恐らくビッチの婚約についてだろう。

 大罪人の娘を将来の王妃にする訳にはいかないからな。


「王太子マティアスよ、ここへ」


「はい」


 国王に呼ばれたマティアス王太子が、ビッチの方へ歩いてくる。


「マティアス様……」


 ビッチが潤んだ瞳をマティアスに向けると、マティアスは優しくビッチに向かって微笑んだ。


「グリンダ、大変だったね。母君の事は残念だけれど、どうか……」


「マティアス様、ごめんなさい!!」


 ……んん? 何だ? ビッチが急に謝りだしたぞ?


「私……私、マティアス様と結婚できません!!」


 ああ、母親が罪を犯したから、娘である自分は婚約を辞退するとでも言うのだろうが……。まさか自分から言い出すとは思っていなかった。

 てっきり婚約者の座にしがみついて、意地でも王妃になってやる……位の事を考えていそうだったのに。


 ちょっとは見直してやっても……


「私、真実の愛を見つけてしまったの……っ!!」


 …………はあぁ!?


 ビッチは大声で叫ぶと、壇上に居るこちらの方に熱い視線を向けてきた。


 ……おいおいおいおい、まさかここでマリウスと結婚するとか言い出すんじゃねーだろうな、このクソビッチ!!


 大広間中の人間が呆気にとられている。国王やマティアスなんてポカーン顔だ。


 周りからそんな視線を向けられているのに気付いていないのか、ビッチは俺の後ろに控えているマリウスを情熱的な目で見つめながら、のっしのっしと近づいてくると、俺達の少し前で立ち止まった。


「マリウス様!!」


 ビッチに名前を叫ばれたマリウスが俺の後ろでビクッとなった気配がする。


「ごめんなさい!!」


 マティアス同様突然謝罪されたマリウスの「え? 何が?」と言う呟きが聞こえた。うん、分かるぞその気持ち!


 困惑する俺たちを置いて、ビッチはくるりと後ろを振り向くと、マティアスや大広間にいる貴族達に向かって言った。


「私、こちらにいらっしゃるレオンハルト殿下と結婚します!!」





 ……え?





 ビッチの言葉に、俺の頭の中が真っ白になった。


 え? 何で? 何でそう言う考えになるの? 俺、この姿でお前と会ったの二回目だよな? 何々? 地位がある奴なら誰でも良いの? この中で一番地位が高いのは俺だもんな?


 絶句する俺の前に、マリウスがビッチから守るように立ちはだかった。


 ……まさか俺をビッチから守ってくれているの……? ヤダ素敵! 惚れてまうやろー! 嘘だけど。


「グリンダ嬢、何故その様な考えになられたのか、お伺いしても?」


 マリウスの言葉にクソビッチは少し悲しそうな表情になる。


 いやいやいや!! 選ばれなかった理由を知りたい訳じゃないから!! お前の脳内が理解出来なくて聞いてるだけだから!!


「マリウス様……ごめんなさいっ……!!」


 いや、だから早く理由を言えよ! マリウスも笑いこらえてプルプル震えてんじゃねえぞ!! クソビッチが誤解してるじゃねーか!!


「私とレオンハルト殿下はお互い一目惚れしてしまったのです……!!」


 ……え? 何ソレ。どこの世界線の話?


「一目惚れ……? お互い……? 詳しく教えていただいても?」


 俺がビッチに一目惚れしたと聞いて、マリウスが不思議そうに尋ねる。


「はい……! レオンハルト殿下が王国へお越しになられた時、去り際に私と目が合ったのですが……その時、レオンハルト様は私に向かって凄く甘い顔で微笑んでくださったのです……! その時の衝撃ときたら……! 今思い出しても胸が高鳴って……!」



 ………………。



 ビッチの目はどうなってんだ? アレか? 魔眼の一種か? 見たものを自分の都合の良いように変換する機能でも付いてんのか?


 ビッチの思考にマリウスも大広間中の人間も絶句している。


「……え? それだけ?」


 マリウスが皆んなの心の中を代弁してくれている。


「それだけじゃありませんわ!! 裁判の間中、ずっと私を熱い眼差しで見つめて下さっていたわ!!」


 えー……。 それ、ミアを苛めた憎い相手を見る目なんですけど。


「それに、私が笑顔でマリウス様の名前を読んだ時、レオンハルト様はヤキモチを焼いて、しかめた顔を手で隠していましたわ!!」


 ……いや、ホント、何のこと? コイツ何言ってんの?


「……だ、そうですよ殿下。それは本当ですか?」


 マリウスが心底楽しそうに聞いてくる。答えなんか分かりきってるくせに、ホント性格悪りーな!!


「はああぁ!? 本当なわけねーだろ!! 何で俺がアイツにひと目惚れすんだよ!! 俺は普通に人間が好きなの!! って言うか、俺が好きなのは一人だけだ!! 誰がこんなクソデブビッチ好きになるかっ!!」


 ……思わず大声で叫んでしまった……どさくさに紛れて好きな人間がいる宣言まで……!


「……っ!? そ、そんな……ひどいっ……!!」


 俺の言葉を聞いてクソデブビッチが目をうるうるさせてブヒブヒ言っている。


「アホかっ!! ひどいのはお前の脳内だっ!! どこを見ればお前に惚れる男がいると思えるんだ!! お前んち鏡ねーの? 視力大丈夫?」


「うっ……! で、でも、マティアス様は私のこと、可愛いって……! それにアルベルト様やカール様だって……!!」


 コイツまじで無自覚か……? ミアと同じ無自覚でも、こっちの無自覚はアカン奴や!!


「マティアス王太子やその側近たちがお前に夢中なのはな、お前が光魔法の<魅了>を使っているからだよっ!!」


 俺の言葉に、再び大広間中が大騒ぎになる。


「な、何と!! レオンハルト殿下、それは本当ですか!?」


 国王が酷く慌てている。

 王族への<魅了>の使用は厳しく禁止されているし、使用したものには厳罰が下されるから、普通の思考の持ち主なら使用しようと思わないのだが……ああ、目の前のコイツ、普通の思考じゃ無かったわ。


「グリンダ……それは本当なの? 君は僕に<魅了>を……? そんな事をしたら厳罰を受けるのに、どうして……」


「ま、マティアス様!? <魅了>って……? それに厳罰……? 何の事だか私には……!」


 しかもクソデブビッチ、そのあたりの教育を受けている筈なのに覚えてないのかよ!! 常識だろうが!! あ、でも教育しても意味ないって義父に言われてたか。


「グリンダよ。王族への<魅了>の使用は厳禁されている。その様に教育を受けているはずだが……。グリンダの教育係よ。王妃教育の進捗状況はどうなっている?」


 クソデブビッチの教育係が呼ばれたが、少し年配のその女性は少しやつれ気味の顔を青くして国王の質問に答える。


「はい、グリンダ様の王妃教育ですが、婚約から一ヶ月以上経っているものの、一向に進んでおらず……進捗状況は一割にも及んでおりません」


 ああ、クソデブビッチはいつも逃げ出してたもんな……。それをまたマティアスが庇ったりしていたし。

 うん、この人は悪くない! むしろクソデブビッチ相手に頑張っている!!


「国王陛下、発言をお許し下さい」


 そこでマティアスの側近であるエリーアスが声をあげた。


「まあ……! エリーアス様……!!」


 クソデブビッチがエリーアスの事を期待を込めた眼差しで見つめている。


「教育係のハルフォード伯爵夫人に罪はありません。いや、それどころか諦めずに頑張って下さっております。その事は王宮中の人間が証人となりましょう」


 エリーアスの言葉に、そのハルフォード伯爵夫人は涙ぐんでいる。


「……なっ!? エリーアス様!?」


 エリーアスが自分を庇ってくれなかった事にクソデブビッチが酷くショックを受けている。


 いやいやいや、お前自分の取った行動覚えてねーの? 散々逃げ回ってて、どうして庇ってもらえると思えるんだ?


 エリーアス達の様子を見て国王が眉間にシワを寄せて、厳しい表情をしている。


「……うぅむ。無自覚とは言え、<魅了>を使っているのは事実。ならば厳罰を与えねばなるまいが……」


 死罪までは行かないとしても、厳しい罰を与えないといけないのは確かだろう。




* * * あとがき * * *


お読みいただき有難うございます。


断罪は次で終わりです。

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