99 断罪8(ハル視点)
国王の厳罰という言葉にびびったクソデブビッチが慌てて弁解する。
「わ、私は<魅了>なんて使っていません!! 私が美し過ぎるから、そんな事を……!!」
うーん? 何かおかしくね? 昔ならともかく、流石に今の姿を見て自分を美しいなんて思えるとは……まさか……。
俺は今思いついた仮説を検証するため、国王に提案した。
「ナゼール国王、この件について試したい事があるのだが、いいか?」
突然の提案にも関わらず、国王はしっかりと頷いてくれた。
「はい、レオンハルト殿下の御心のままに」
国王から許可をとった俺は、王宮の使用人に大きめの鏡を持ってくるように命令した。
しばらくすると、人間の身長よりも大きい鏡が俺達の前に運ばれてきた。
「……では、今から<魅了>を解除するので、クソデ……グリンダ嬢の術に掛かっていると思われる者をここへ集めて来て欲しい」
すると、マティアスの側近や文官等の若い男達が集まってきた。ちなみにその中にメガネを掛けている者たちはいなかった。
俺は大広間中に効果があるように魔力を調整し、状態異常回復の魔法をかける。
「<幻光呪解>」
これは光魔法である魅了の効果を消すものに加えて光魔法を解除する魔法だ。もちろん俺のオリジナル複合魔法な!
俺の魔法の光が止むと、辺りが一瞬シン……となった後、マティアスや集まった者達を中心に悲鳴のようなどよめきが起こった。あ、貴族達の方からも。
「……うわぁっ!? お、お前は誰だ……!!」
「ぎゃっ!!」
「……アレ? アレ???」
「……嘘、だろ……?」
大広間全員の視線がクソデブビッチに注がれる中、その本人は鏡を見て呆然としている。
「……え? これ誰……? 私と同じドレス? 髪の毛だって……えっ……??」
──やはりな。普段から無意識に<魅了>を使用していたクソデブビッチの事だからもしやと思っていたが……鏡を見る度に、ずっと自分で自分に<魅了>を掛けていたのだろう。
だから自分は美しく、誰もが自分を讃え、愛しているのだと思い込んでいたのかもしれない。
自分と同じ動きをする鏡の中の醜い女が自分だと気付いたのだろう、クソデブビッチが呻き声のようなものをあげる。
「う、嘘っ! こ、こんな……っ!! こんな醜い女、わたっ私じゃ、ないっ!!」
自分の本当の姿に混乱しているクソデブビッチの元へ、マティアスがフラフラと近づいた。
「ま、まさか……グリンダなのかい……? え、でもそんな……」
マティアスが自分の醜い姿をその瞳に映しているのに気付いたクソデブビッチが絶叫する。
「いやああぁあっ!! 見ないでえぇっ!! 見ないでえぇぇええっ!!」
大広間の真ん中で、自分を隠すように座り込むクソデブビッチと、そんな変わり果てた婚約者の姿を見つめるマティアスが、放心状態で佇んでいる。
マティアス……可哀想に。お前には何も非は無いのにな。
取り敢えず状態異常は解除できたものの、正気に戻った者たちがショックを受けたり倒れたりと阿鼻叫喚だったので、全員落ち着くまで休憩室や医務室で休ませる事になった。
同じ様に、取り乱して手に負えなくなったクソデブビッチと抜け殻のようなマティアスも近衛に大広間から連れ出されて行った。
何とも言えない雰囲気が大広間中に漂っている。
国王の方も予想外の出来事にショックが大きかったのか、何だか白く燃え尽きている。
「……この様な事になるとは思わなかったが……どっちにしろ、マティアスとグリンダの婚約は破棄とする。王族に<魅了>を使ったグリンダへの罰は追って沙汰する。──以上だ」
さすがは一国の主というべきか。燃え尽きたと思っていた国王が、大広間中に響く、威厳のある声で宣言した。
……しかし、今回の事件の混乱が収束するまで、しばらく時間がかかるだろうが、ここからこの国がどう向かうかは──マティアス次第だろうな。
今はショックだろうけど、マティアスには何とか立ち直って頑張って欲しい、と心から思う……この国はミアの故郷だしな!
* * * * * *
──そして裁判の後、国王より今回起こった一連の事件の関係者に沙汰が下された。
ヴァシレフに協力していた貴族達は全員国境近くの鉱山へ労働者として送られる事になり、過酷で劣悪な労働環境の元、逃げ出すことも叶わず死ぬまで働かされる事となった。
王国には奴隷制度は無いものの、貴族達は平民よりも下の犯罪奴隷とほぼ同じ扱いを受ける事になる。
今まで散々平民を見下してきた人間が、その平民に奴隷のように扱われるのは、貴族達にとっては耐え難い屈辱だろう。
しかもコイツ等、平民以外の人間にも相当な恨みを買っているらしく、鉱山へ行ったらあまり長く持たないだろうと言われている。
偽アードラー伯爵──ヴァシレフは、俺預りとなり帝国へ移送する事になった。
今回の件で王国から何か礼がしたいと言われたので、ヴァシレフの身柄を要求したのだ。
王国に蔓延っていた裏組織も、実質のトップ二人が捕まったので、各領地に潜んでいる仲間たちが捕まるのも時間の問題だろう。
さ〜て、帝国に戻ったらたっぷりと法国の事をお話して貰おうか。
我が帝国の尋問官が元とは言え法国の尋問官相手にどう挑むのか楽しみだ。
ヴァシレフと言えば、法国からも身柄の要求をされている。あっちはあっちで色々調べたい事があるのだろうが、王国で犯した犯罪であるという事を強調して国王が断ってくれた。
それと同時に、ヴァシレフの処刑が成されていなかった事や、後ろ盾となった大司教の事などに関する問い合わせの親書が王国から法国へ送られたそうだ。ちゃんと返事が有ればいいけどな。法国だしなー。
ちなみにこの事件がきっかけで、ナゼール王国では法国に対する不信感が高まってきているらしい。
今までも色々あったらしいのだが、今回の件でその不満が噴出したようだ。王国の信者数、更に減るんじゃね?
そして、ビッチ母──ジュディは、王国の重犯罪者が集められる辺境の監獄に一生幽閉される事になった。もちろん恩赦とか適用外の最重犯罪者枠だ。
一生と言っても重犯罪者が集まる監獄に、貴族の女が送られて無事で済まされる訳がなく、囚人たちに嬲り殺されてしまうだろうとの事。
正直、極刑で無いことに驚いたが……その話を聞いてある意味極刑の方が随分マシだったのだと教えられた……ウォード侯爵に。
俺がビッチ母の刑罰を王国に委ねたのはこのウォード侯爵から頼まれたからだ。
「どうかミアの義母──ジュディの量刑は私に任せていただけないでしょうか?」と。
何よりも大事なミアの父親からの頼みだし、将来の義父になる予定……って、予定にするつもりはないが、その義父の頼みであれば……と、今回は譲る事にした。
……ほら、家族仲は良いに越したことはないし? 好印象を持って貰おうと思うのも仕方ないし? ……要は、ミアとの関係を反対されたくないと言う下心なんだけど。
そして最期にクソデブビッチ──グリンダは、故意で<魅了>を使った訳ではない事、自分も<魅了>に掛かっており、自己喪失していた可能性を考慮され、戒律が厳しいと有名な修道院へ送られる事となった。
一度そこへ入ると一生外へ出ることが出来ず、今までの贅沢とは無縁で質素な生活を送る事になる。
本来なら重罪で母親と同じ様に監獄行きではと言う意見もあったそうだが、ある意味一番の犠牲者であるマティアスたっての望みで、修道院送りで済んだらしい。
……マティアス、良いやつ……!! お前は幸せになれよ!!
* * * * * *
──そして翌日、俺は全てが終わった報告に、ミアが眠っているランベルト商会の部屋へやって来た。
「……ミア」
花緑青色の光の中で、ミアはあの日から変わらず眠り続けている。
「ミアを苦しめていた奴らは粛清してやったからな。だから、もう安心していいぞ」
聞こえていないと分かっていても、それでも俺はミアに話しかける。
「……だから、起きても大丈夫だぞ」
やはりミアはピクリとも動かない。
「……ミア」
<神の揺り籠>の中にいる間は、まるで時間が止まったかのように、見た目に変化が無い。この中にいれば、食事を与える必要も無いと聞く。
だからミアも、俺が寝かせた時そのままの姿で眠っている。
そうして暫くの間、ミアの顔を眺めていると、誰かに呼ばれた様な気がして部屋を見渡す。
……気のせいか……。
もしかして、ミアが俺を呼んでいるのかも、なんて思ったのは俺の願望の現れか。
いつもはミアの顔を見ているだけだったのに、憂い事が無くなったからか、ミアに触れたくて堪らなくなった俺は花緑青色の光の中に足を踏み込んだ。
もしかしたら弾かれるかなと思っていたけれど、そんな事も無くすんなり入ることが出来た俺は、ミアが眠るベッドの縁に腰を下ろすと、ミアの手を取り、なめらかなその手に口づける。
「ミア」
俺は眠っているミアに届くように、祈りながら、その名前を呼んだ。
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