97 断罪6(ハル視点)

※ご注意※

引き続き裁判のシーンです。所々おかしな箇所があるかと思いますが、その辺りはファンタジー世界の裁判という事で大目に見て下さい。裁判の雰囲気が伝われば嬉しいです。




* * * * * *



「ツェツィーリアは奇跡的に七年も生きる事が出来ました。それは我が娘を立派に育てたいという母親の愛情が、恐ろしい呪いの効果を抑えていたのかもしれません」


 ウォード侯爵は領地経営の合間にミアの母親の身体を治す方法を探していたらしい。……結局、解呪が出来ないままミアの母親は亡くなってしまったのだが。


「早く<呪印>に気付いていれば、何か対策が出来たかもしれません。しかしツェツィーリアに現れた<呪印>は、呪いが進行するに従って痣が浮かび上がるものでした。なので、気づくのが遅れてしまったというのも原因です」


 随分悪質な呪いだな……。女の嫉妬で使うような呪いじゃ無いだろうに。


「そんな恐ろしい<呪薬>を、当時伯爵令嬢であったジュディが何処で手に入れたのか、それがずっと謎だったのです。しかし、私の領地に存在していた犯罪組織を一掃した時に捕まえた主犯格の自白と、今回の公文書偽造の件でやっとその謎が解けました」


 そしてウォード侯爵が証言台の隣りにいるヴァシレフに目を向ける。その冷たい視線にヴァシレフは「ヒッ」と小さい悲鳴を漏らした。


 ……ホント、コイツその時の立場によって態度が変わるよな。弱者の前ではあんなに偉そうなのに。


「ヴァシレフ、ジュディに<呪薬>を渡したのは貴方ですよね?」


「し、知らん! そんなもの私は知らん!」


「では、ジーモンと言う名は?」


「……っ!」


 ウォード侯爵が告げた名前にヴァシレフが反応する。

 バレると思っていなかった罪をいくつも暴かれ続け、精神ダメージがかなり大きいのだろう、今のヴァシレフには元尋問官だったという姿は見る影もない。


「私が捕縛した犯罪組織の主犯格がジーモンと言う者なのですが、そのジーモンはこのヴァシレフの部下だそうです。王国の裏社会に蔓延る犯罪組織で、王都をヴァシレフが、アールグレーン領をジーモンが取り仕切っていました」


 ヴァシレフ──アードラー伯爵に纏わる噂はほとんどが本当だった様だ。と言っても、人身売買をヴァシレフが、違法薬の販売をジーモンが担当していたらしい。


「元薬師だったジーモンに、貴方は秘薬の製法が書かれた稀覯書を渡し、<呪薬>を作らせ、ジュディに使用するよう指示したのでは?」


 稀覯書……? 神々の知識をまとめた文献『生命の聖伝』の対となる、邪法が記された文献が何処かに存在すると聞いた事があるが、まさかそれか……!?


 エフィムに貸した魔導書と言い、ヴァシレフはそんな貴重な本を一体どこで手に入れた──?


 さっきまで関与を否定していたヴァシレフも、今はただ無言を貫いている。これ以上は何を言っても自分の首を絞めるだけだと理解したのだろう。


「ウォード侯爵、アードラー……いや、ヴァシレフとジュディは何処で関わりを? <呪薬>など、そう簡単に人に渡すものではなかろうに」


「はい、私が調査しましたところ、ジュディの実家であるシュグネウス伯爵家の前当主──既に故人であるジュディの祖父は、生前それはもう孫娘のジュディを溺愛していたそうです。その孫娘から相談を受けた前当主は懇意にしていたヴァシレフ──アードラー伯爵に、孫娘を悲しませた相手に罰としてそれ相応の苦しみを与えたいと相談したのです。……最愛の孫娘の幸せを奪った相手からも幸せを奪おうと思ったのでしょう」


 昔はビッチ母も可愛げがあったんだろうな……時間とは恐ろしいものだ。


「その相談を受けたアードラー伯爵は、前当主に<呪薬>の使用を提案したのです。自分たちに危険がなく、しかも効果的に相手を不幸に出来る……ならば、と前当主はアードラー伯爵に<呪薬>の作成を依頼し、ジュディにそれを使うよう言い含めました」


「前シュグネウス伯爵がアードラー伯爵と懇意だったとは……社交界でその様な素振りは全く無かったが……」


「前シュグネウス伯爵は当時の元老院のメンバーで、熱心なアルムストレイム教の信者でした。王都のアルムストレイム教神殿にもよく礼拝に行っていたそうです。前任の司祭とは随分懇意にしていたそうです」


 前任の司祭……コイツが当時のシュグネウス伯爵とヴァシレフを引き合わせたのか。


「ヴァシレフが法国で不祥事を起こした時は獣王国の手前もあり、本人は処刑したと各国に通達されたものの、実際ヴァシレフは処刑されていませんでした。しかし、法国に居る訳もいかない行き場を失った彼を、シュグネウス伯爵は司祭のたっての頼みという事もあり、アードラー伯爵と入れ替われるよう便宜を図ったのです」


「何だと……!? そう言えばアードラー伯爵家とシュグネウス伯爵家は親類の関係だったか……?」


 国王の言葉に、俺が偽アードラーの調査結果を見た時に感じた疑問が晴れた。

 全くの他人が伯爵となるのに、親族からの反発が全く無い事に違和感を感じていたのだ。その時は闇魔法でどうにかしたと思っていたが……。王国の貴族に、また別の協力者が居たわけか。


「ヴァシレフはその時の礼としてジュディに<呪薬>を提供したのでしょう」


 大広間中がざわめく中、今まで黙っていたビッチ母がポツリと呟いた。


「……どうして……どうして貴方はそこまで……お祖父様の事まで知っているの……?」


「どうしてって……調べていたからだよ。シュグネウス伯爵家の事を。八年間ずっと、ね」


 ウォード侯爵の言葉に、ビッチ母が驚きで目を見開く。


「……な、何故……? 八年間……? もしかして……初めから、私を疑って……? だから、その為に、私と……?」


 ──それは俺も不思議に思っていた。


 何故、溺愛していた妻と死別してすぐにビッチ母と再婚したのか……?

 経済的理由でもあるのかと思ったが、むしろ侯爵家の方が格上で裕福だったし、ウォード侯爵なら初婚の令嬢でも喜んで嫁いできただろうに。

 わざわざ離縁されて出戻った母娘を、何故侯爵家に迎え入れたのかがどうしても分からなかったのだ。


「もう答えは分かっているんだろう? 愛しい娘と僕から、最愛の母親と妻を奪った犯人を見つけるために、だよ」


 ウォード侯爵が初めからビッチ母を疑っていた事、それを実証するためだけに再婚した事を告げられたビッチ母は、茫然自失となっている。


「貴女の父上の信頼を得るために、予想以上に長い時間が掛かったよ。随分と疑い深い方だからね。そして苦労の末、前当主の残した書類や手記を保管している部屋への入室を許可されてね、必死に調べたんだよ」


 ウォード侯爵は仕事の合間を縫って領地と王都を、侯爵家の屋敷と伯爵家の屋敷を行ったり来たりとしていたらしい。……すごい執念だ。


「正直、この時ほど自分の身分が疎ましいと思ったことはありませんでした。なかなか進まない調査に随分歯がゆい思いをしたものです」


 あ、ソコ俺も同感! 下手に高い身分って逆に自由が無いんだよな。それだけ責任がかかっているから仕方無い事だと頭では分かっているけれど。


「ジュディの祖父は本当に孫娘が可愛かったのでしょう、彼の残した手記には孫娘の事がたくさん綴られていましたよ」


 だからこそ、その孫娘が恋する相手を奪ったミアの母親が憎かったのだろう。やり過ぎだと思うぐらいの強力な呪いをかけてやろうと思う程に。


「……お祖父様……」


 ビッチ母は祖父を偲んでいるのか、ハラハラと涙を流していた。


「前当主は入れ変わったアードラー伯爵のことを手記にヴァシレフと記載していました。その為、調査するのに時間がかかってしまったのです。そしてヴァシレフとアードラー伯爵が同一人物だと判明したのとほぼ同時に、今度はユーフェミアとアードラー伯爵の婚姻届が提出されている、とアーベルから聞きましてね……流石に驚きました」


 ウォード侯爵が言うアーベルとは、現宰相でエリーアスの父親だ。この二人仲良かったんだな。


「ううむ……そうであったか……。ウォード侯爵よ、大儀であった。では、被告人ヴァシレフとジュディ、前侯爵夫人ツェツィーリアに<呪薬>を使用した事を認めるか? 沈黙は肯定と取るぞ」


「………………」


「………………」


 国王の怒りを含んだ声に、被告人の二人は答える事無く、ただ沈黙するしか無いようだった。

 その様子を見た国王は「うむ」と頷いた後、高らかに宣言した。


「二人には追って沙汰を申し渡す故、それまで待つがいい。では、これを以って閉廷する」




* * * あとがき * * *


お読みいただき有難うございます。


今回で裁判は終わりです。


でも断罪はまだ続きますので、もうしばらくお付き合いください。

どうぞよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る