96 断罪5(ハル視点)

※ご注意※

裁判のシーンがしばらく続きます。(全8話)所々おかしな箇所があるかと思いますが、その辺りはファンタジー世界の裁判という事で大目に見て下さい。裁判の雰囲気が伝われば嬉しいです。




* * * * * *



「うむ。では次の審理に入る。使用人への暴行についてだ。法官、罪状を」


「はい、被告人ジュディは使用人で女中頭であるダニエラに対し、濡れ衣を着せて不当な要求を行い、アードラー伯爵の元へ奉公させようと強要しました。そして嫌がるダニエラを階段から突き落としたのです」


「ううむ。……ジュディよ、使用人への暴行を認めるか?」


「……はい、認めます」


 もう抵抗を放棄したのか、すっかり大人しくなったビッチ母はアッサリと罪を認めた。暴行罪と強要罪もう一個追加だな。


「この件とは別に、使用人の私物を取り上げようともしていましたよね?」


 ……え、まだあったの? しかしウォード侯爵容赦無さ過ぎ。


 ウォード侯爵から更に追加でバラされた罪に、ビッチ母がギリッと侯爵を睨みながら「…………はい」と答えたが、まるで「余計なことを言うな!」と言う心の声が聞こえてきそうな顔だった。怖っ!


「──さて、長らく続いた審理も次で最後だな。法官、罪状を述べよ」


「はい、被告人ジュディは、当時ウォード侯爵夫人だったツェツィーリアに、良く効く薬だと偽り、呪いの種──<呪薬>を飲ませた疑いがあります。その<呪薬>を服用したツェツィーリアは徐々に身体が弱くなり、その七年後に亡くなりました」


 ミアの母親は病気で亡くなったと聞いていたが、本当は呪いで殺されたのか……。


「被告人ジュディよ、前ウォード侯爵夫人への<呪薬>の使用を認めるか?」


 ここまでの審理で散々精神的に痛めつけられたであろうビッチ母だったが、最後の審理では流石にすぐ認めようとしなかった……これ、重罪だしな。


「わ、私は何も知らなかったのですわ……! ただ、体調が良くないツェツィーリアを心配して、薬を用意しただけなのですっ!」


 あくまでしらを切る事にしたらしい。これ以上刑罰を増やしたくないのだろうが、素直に認めた方がまだマシだったのにな。


「その薬はどうやって手に入れたのですか? それとどの様な効能のある薬を用意したのですか?」


「え……っ!? そ、そんな昔の事は忘れましたわ! ただ、栄養を補うための薬だとしか」


「主治医の確認も取らず、自分でもよくわかっていない薬をツェツィーリアに飲ませた、と?」


 先程までの審理の時とは違い、ウォード侯爵の周りの空気が凍りついている気が……あれ? 本当に気温下がってない?


「無理やり飲ませた訳じゃ無いわ!! 私は渡しただけよ!! 薬を飲んだのはツェツィーリア自身じゃない!!」


 自分の夫の変化に焦ったのか、ビッチ母が言い訳がましく反論した。


「……そうだね。大人しいツェツィーリアはお人好しなところがあったから、きっと君の好意を断れなかったんだろうね。もし誰かが傍に居たのなら、そんな薬を飲ませる事も無かったのに……」


「……はあ!? 大人しくてお人好し!? ツェツィーリアが!? 冗談でしょう!? あんな娘、殺したって死にやしないわよ!! 七年もしぶとく生きたじゃない!! すぐ死ぬかと思ってたのに、とんだ計算ちが……!!!」


 ビッチ母が慌てて口を抑えたが、逆上して大声で喚いたもんだから、その言葉は大広間中に響き渡った。


 ウォード侯爵の口調の変化と誘導にまんまと引っ掛かったビッチ母の自白に、案の定大広間は大騒ぎ状態だ。


「本当にツェツィーリア様を殺したのか!!」


「なんて酷い女だ……!! まるで悪魔の様ではないか!!」


「暴行と虐待だけでなく殺人まで! 人間の所業ではないわ!!」


 うーむ。ここまでやらかしているとは……。流石の俺もドン引きだ。

 貴族達からも非難轟々で、罵声や怒号が大広間中に飛び交ってエライ事になっている。


「皆さんお静かに」


 貴族達が騒ぐ中、大広間に凛然たる声が響き渡る。


 その声の主ウォード侯爵から、まるで大気を凍てつかせるような凄まじい威圧を感じる。これでもかなり抑えているのだろうけど、尋常ならざるその雰囲気にアレだけ喧しかった空間がしんと静まり返る。


「う、うむ。審理を続行する。皆のものは静かに傍聴するように」


 国王の言葉に、広間中の人間がコクコクと頷いた。

 誰もがウォード侯爵をこれ以上怒らせるとヤバイと思ったようで、とばっちりを受けないように大人しくする事にしたらしい。


 ──しかしミアの父親は水属性の上位属性、氷属性か……俺と相性最悪やん。


 大広間中を凍てつかせたウォード侯爵が、再びビッチ母に問いかける。


「……さて、被告人ジュディは<呪薬>の使用を認めましたが、まだ問題が残っています。ジュディ、もう一度聞きますが、貴女はこの薬を何処で手に入れましたか?」


 ウォード侯爵の質問にビッチ母が視線を彷徨わせているが……その視線の多くが、証言台の横に放置されているヴァシレフに降り注いでいる。


「……! な、何だ! こっちを見るな……!! 私は関係ないだろう!?」


 ビッチ母が自分を見ているのに気付いたヴァシレフが、ビッチ母との関係を一生懸命否定するが、ここまで来たらそれすらも嘘くさい。


「……ジュディ、もういいでしょう? 今更隠しても、貴女の罪が重くなるだけですよ? そこに居るヴァシレフが、貴女に呪薬──<反転する恩寵>を渡したのでしょう?」


 ウォード侯爵の口から出た呪薬の名前にビッチ母とヴァシレフの身体がビクッと震える。


「法官……ウォード侯爵、<反転する恩寵>と言う呪薬がどの様なものなのか説明してくれ」


「はい。<反転する恩寵>と言うのは法国に古より伝わる秘薬の一種です。この場合の恩寵とは、神から与えられた恵み──神の無償の愛によって与えられる真の至福、幸福を表します。どの様な意図で作られたかは不明ですが、これを飲んだ人間は幸福を感じれば感じるほど生命力を失っていくのです。最早これは薬というより呪いと言った方が良いでしょう。──そう、幸せな人間を不幸に落とすための呪い、と」


 ……幸せな人間を不幸にする呪い? しかも幸せを感じればその分反動が来るとは……正に<反転する恩寵>と言う名前通りだな。


 ちなみにこの世界では、呪いを受けた者は身体の何処かに<呪印>が浮かび上がると聞いた事がある。形や場所は人それぞれだが、共通しているのは黒い痣のようなものらしい。


「ううむ……ウォード侯爵、ツェツィーリアが<呪薬>で亡くなった経緯を」


「はい。結婚した私達は幸せに暮らしていました。そしてしばらくしてユーフェミアを授かったツェツィーリアは、それはもう大喜びで出産する日をとても楽しみにしていたのですが、つわりなどもありしばらく床に伏せていたのです。友人達もツェツィーリアの懐妊を喜び、体調の良い日には面会もしていたのですが、ある日突然ジュディが屋敷を訪ねて来たのです」


 ウォード侯爵の話に、ビッチ母は青ざめた顔で震えている。自分の犯した罪を暴かれていくのだから当然か。


「当時の私は領地と王都を行ったり来たりしていましたので、王都の屋敷は不在がちでした。しかもその日はどうしても外せない用件があったのです。ジュディは私の不在時を狙ったのでしょう、人手が少ないその日に突然前触れもなくやって来たそうです。本来であればお引取りいただくところですが、それでも折角来てくれたのだから、とツェツィーリアはジュディを迎え入れたそうです」


 それからしばらく、ウォード侯爵の説明が続いた。


 ビッチ母は、お見舞いの品と言って、ミアの母親にいろいろ差し入れを持ってきたそうだ。

 さっぱり系のフルーツにジュース、リラックス効果があるハーブティーに、ハーブのクッキー等など……。

 その中から、栄養があり体力もつくからと言って、ビッチ母がある薬を出してきたらしい。しかしミアの母親は妊娠中に主治医から処方されたもの以外の薬を飲む訳にはいかないから、と服用を断ったそうだ。


「薬が飲めないと言ったツェツィーリアに、ジュディはハーブクッキーならどうかと勧めたそうです。折角の薬を断ったツェツィーリアは申し訳なく思ったのでしょう、勧められたクッキーを言われるがまま一つ食べたのです」


 ビッチ母は、ウォード侯爵の説明をじっと聞いているが、広間の気温は下がっているはずなのに、酷く汗をかいている。


「ジュディが用意した薬は彼女の言う通り、栄養が摂れるものでした。本当の呪薬はツェツィーリアが食べたハーブクッキーに仕込まれていたのです」


 薬は囮で、本命がクッキーの方だったのか。ビッチ母にしては計画的だな。


「その後は大体ご想像どおりだと思います。ツェツィーリアの身体は日に日に衰弱していきました。出産も危ぶまれ、医師には母子共に命の保証は無いと告げられたのです。本来であれば、愛しい子供を宿した喜びや、子供が胎内で成長していく様子に幸せを実感出来た筈なのに……。そんな幸せを感じれば感じるほど蝕まれる身体──何と残酷な事でしょう」


 大広間にはミアの母親を偲んでいるのか、すすり泣く声があちこちから聞こえてくる。




* * * あとがき * * *


お読みいただき有難うございます。


もう少し続きますので、お付き合いください。

どうぞよろしくお願いいたします!

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