95 断罪4(ハル視点)

※ご注意※

裁判のシーンがしばらく続きます。(全8話)所々おかしな箇所があるかと思いますが、その辺りはファンタジー世界の裁判という事で大目に見て下さい。裁判の雰囲気が伝われば嬉しいです。




* * * * * *



「……まあ! ステキ……!! そう、これよ! 私この『ミル・フルール』が欲しかったの! マリウス様ありがとう!」


 ビッチが欲しいと希望したもの──それはランベルト商会が七年前に限定で予約販売した香水、「ミル・フルール」だ。


「まあ! グリンダ、貴女それが欲しかったの?」


 ビッチがマリウスに告げた欲しいものが、限定の香水「ミル・フルール」だったと知ったビッチ母は少し呆れている。

 ……もっと高価なものを強請れとでも思っているのだろう。


「ええ、お母様! だってお母様は私がお願いしてもこの香水を貸して下さらなかったでしょう? だから私、昔から自分の物が欲しくて欲しくて……! 帝国のマリウス様に『ミル・フルール』をお願いしたのよ!」


 ビッチは「ミル・フルール」を周囲の貴族達に、自慢げに見せびらかしている。


 その様子に夫人たちからざわめきが起こっている。ビッチはその様子を羨ましがっていると勘違いしているようで、「フフン」と鼻で笑っている。


「……さて、審理を進めさせていただきます。ジュディ、先程のグリンダとの会話で貴女もこの『ミル・フルール』を所持している旨の発言がありましたが、それは本当ですか?」


「……え、ええ。それが何か……?」


「その『ミル・フルール』は何処で購入したのですか?」


「そんなの、ランベルト商会から購入したに決まっているでしょう?」


「なるほど。では、貴女はこの香水を予約していた、という事ですね?」


「……え? 予約……?」


 七年前は予約でしか手に入らない「ミル・フルール」をわざとミアに買いに行かせたと思いこんでいたが……どうやら本当に知らなかったらしい。


「ランベルト商会に問い合わせて予約リストを調べて貰いましたが、貴女の名前は無かったそうですよ?」


 此処に来て初めてビッチ母は七年前、ミアに「ミル・フルール」を買いに行かせた事を思い出したらしい。


「……う、ああ、そ、そうですわ! 私、この香水を知人から譲り受けたのですわ! すっかり勘違いしてしまって……」


「その知人とは?」


「い、今はもう外国に嫁いで行かれた方ですの。嫁ぎ先は忘れてしまいましたわ」


「そうですか。では代わりに証人としてランベルト商会会頭ハンス・ランベルトに証言していただきましょう。ジュディは席に戻って下さい」


 ウォード侯爵の言葉にビッチ母が狼狽えている。イマイチこの状況に付いて行けていないようだ。


 そして国王が再び証人を召喚する。


「では、これよりこの香水、「ミル・フルール」について証人尋問を開始する。証人は前へ」


 先程のマリカ同様にハンスが入廷して来て、証言台に立つ。


「ランベルト商会会頭、ハンス・ランベルト。この香水について詳しい説明を」


「はい、我が商会が七年前に発売しました「ミル・フルール」ですが、予約が殺到するほどの人気商品でして、当時は予約すら出来ないお客様がたくさんいらっしゃいました。その後、何度か再販の希望もいただきましたが全てお断りしておりまして、今はかなり希少な品になるのではないかと思われます」


「では、今グリンダが贈られたこの『ミル・フルール』は七年振りに制作されたものですね?」


「はい、マリウス・ハルツハイム様よりご注文いただきまして、今回特別に作らせていただきました。ただ……」


「ただ、何ですか? 気になる事や気づいた事があればどうぞ仰って下さい」


「はい、こちらの『ミル・フルール』ですが、予約販売した物とは瓶が違うのです。こちらは王妃様に献上するために作らせた特別製の瓶なのです。ですから、この瓶に入った『ミル・フルール』を持っているのは、王妃様と──ミアという少女だけの筈です」


 ハンスの証言に周りの貴族からも疑問の声があがる。


「私が持っている『ミル・フルール』と全く違う瓶ですわ!」


「私もよ! グリンダ様があの香水を『ミル・フルール』だと仰るから、不思議に思っていましたのよ」


「購入した物はあの様な見事な細工がされた瓶ではありませんものね」


 ハンスの証言と周りの夫人達の声を聞いたビッチ母は顔が真っ青になっている。しかしビッチはまだ状況が理解していないようで、一人キョトンとしている。


 ウォード侯爵はその美しい顔に、かすかな冷笑に似た笑みを浮かべてビッチ母に問いかけた。


「──さて、ジュディ、貴女はこの特別製の『ミル・フルール』を何処で手に入れたと言いましたか?」


「……あ、あぁ……! わた、私は……っ!」


 ウォード侯爵の質問にビッチ母はろくに答える事が出来ず、アワアワと何かを言っている。

 このままでは話が進まないと判断したウォード侯爵は、ハンスに説明を求める事にしたようだ。


「ハンス、この『ミル・フルール』をミアという少女に売った時の話を聞かせて下さい」


「はい、ハルツハイム様ともうお一人……名は明かせませんが、その方とミアと名乗るお嬢さんが我が商会へ『ミル・フルール』を買い求めに来店されたのです。しかし既に予約で完売しておりましたし、本来であればお断りするところではありましたが、ハルツハイム様ともうお一人の方からの強い要望と、私自身そのお嬢さんを気に入ったという事もあり、特別に王妃様への献上品の為の試作品をお嬢さんに譲ったのです」


 どうやらハンスは俺がミアと知り合いだという事を秘密にしてくれる様だ。確かにその方が危険も少なくて助かる。


「そのミアと言う少女はどの様な見た目と服装をしていましたか?」


「はい、見たところ八歳ぐらいの銀髪、紫眼の非常に可愛らしい少女でした。服装はお仕着せの使用人服だったかと。しかし、使用人の少女とは思えない程、教養や物を見る目、胆力がありました」


 ハンスが語るミアと言う少女と、ユーフェミア侯爵令嬢が同一人物であると、この場にいる人間全てが理解しただろう。

 しかし、ウォード侯爵はまだ攻撃の手を緩めない。


「ハンスの証言通りミアと言う少女がユーフェミアであるという事がほぼ証明されたと思いますが、もう少し確認したい事柄があります。マリウス・ハルツハイム殿、本来であれば証人として召喚するべきところを手続き無しで大変申し訳ありませんが、貴殿にお聞きしたい事があります。お答えいただく事は出来ますか?」


「答えられる範囲であれば、協力させていただきましょう」


 マリウスは二つ返事しそうな勢いで言う。何だか凄く嬉しそうな顔をしているのは気のせいじゃないんだろうな。


「有難うございます。では、ハルツハイム殿にお尋ねします。貴殿はユーフェミアとどうやって知り合いましたか? 知り合ったところから『ミル・フルール』を用意するに至るまでの経緯を教えて下さい」


「はい、私が王都に来たばかりの頃に、失くしものをしてしまったのですが、それを見つけてくれたのがミアさんでした。そして──……」


 それからマリウスはミアと店に行った事、ミアは予約と知らずに使いに出されていた事、たまたま王都にいたハンスに「ミル・フルール」を譲って貰った事などを説明した。……って言うか、俺は物扱いかよ!


「──という訳で、グリンダ嬢に所望された私は、ハンスにあの時の『ミル・フルール』を用意して欲しいと依頼したのです。そして先程のように、グリンダ嬢は一目見てこれが『ミル・フルール』だと仰いましたし、ウォード夫人もご存知の様でしたので、無事希望の品をお渡し出来たと安心したのですが……まさか瓶が違うとは思いませんでした」


 マリウスは首を振ってわざとらしくそう言うと、「以上です」と言って締めくくった。めっちゃ楽しんでんなコイツ。


 俺が王国へ来る前にハンスに急いで用意させたもの──それがこの特別製の「ミル・フルール」だ。特別製なだけあって、この瓶に施された彫金装飾のために職人たちがぶっ倒れたという……ホントご苦労さまです。そして有難う。役に立ったよ!


 そんなマリウスの話を聞いた貴族達は思い思いに話し始める。


「貴族街からランベルト商会の店までは随分距離がある筈なんだが……まさかあの距離を一人で歩かせたという事か」


「……まあ! 八歳の女の子にあの距離を? 半日は掛かるんじゃなくて?」


「あの香水瓶、見事な細工ですわね。もう手に入らないのかしら」


「王妃様への献上品ですもの。私達が手に入れようだなんて烏滸がましいですわ」


「それにしても、幼い頃からユーフェミア様を使用人扱いしていたなんて……なんてお可哀そうなのかしら」


「さらにあのアードラー伯爵に嫁がそうとは……子を持つ親の考える事ではありませんな!」


「まさかユーフェミア様のあのお姿も、わざとそうさせていたのかしら?」


「テレンス様とツェツィーリア様のお子様ですもの、きっと美しいご令嬢なのではないかしら」


「ううむ……。それが本当なら何という酷い事を……」


 貴族達がビッチ母を次々と非難する。しかもマリウスの証言で言い逃れの手段を失い、ユーフェミア嬢への虐待行為が決定的となったビッチ母は呆然としていた。これで強要罪の追加は確定だしな。


「ユーフェミアを使用人として扱っていた為に、その事を王家に知られたくなかった貴女は王家からの通達に『該当者なし』と返答したのですね? それともう一つの虚偽申告、『ユーフェミアを登城させよ』との王宮からの召喚にも『体調不良』を理由に拒否し続けていましたが、こちらの件も合わせて自分の罪を認めますか?」


 ウォード侯爵の質問に、もう否認する気力が無いのか、ビッチ母は小さい声で「はい」と呟き、頷くことで肯定した。


 何だかもう抜け殻なんだけど……大丈夫かな? まだ余罪残ってるのに。取り敢えず偽計業務妨害罪だな。




* * * あとがき * * *


お読みいただき有難うございます。


ビッチ母、もう後がありません。

グリンダちゃんへの贈り物、正解した方はいらっしゃるかなー?


まだまだ続きますので、お付き合いください。

どうぞよろしくお願いいたします!

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