161 ぬりかべ令嬢、野宿の準備をする。

 マリウスさんからハルの容体が安定していると聞いて、私の心は少し軽くなる。それでも目はまだ覚めていないようなので、早く帝国に行ってハルのそばに居たいと思う。


 ──そしてハルが目覚めた時、一番に私を見て欲しい──私が目覚めた時、ハルがそばにいてくれたように。


 そんな私の願いを叶えようとするみたいに、馬車達は帝国への距離を予定よりも早く縮めている。


 こんな強行な旅なのに、誰一人文句を言わずに協力してくれる──無理してくれている皆んなのためにも、野営の準備は手伝わせて貰いたい!


 私は手をぐっと握り、皆んなが少しでも快適に過ごせる様に頑張ろうと決意する。


 そうして何回か休憩をはさみながら進む事しばらく、空が暗くなる前に野営地に良さそうな開けた場所を見つけたので、そこで設営する事になった。


「じゃあ、ここに馬車を止めて、こっちにテントを張って……」


 レオさんが導線を考えたレイアウトを決めた後、テキパキと指示を飛ばす。

 そして野営の道具を入れた箱をフォンスさんとニックさんが出してくると、中から次々と道具が出てくる。その量は明らかに箱の大きさに見合っていない。


「これ、空間魔法が付与されている箱なんだね。マリカが作ったの?」


 私の質問に、マリカはふるふると首を横に振った。


「私じゃまだ無理。初歩の術式をかじった程度」


 マリカが作った集音の魔道具にも空間魔法が使われているけれど、それはどっちかと言うと風魔法の延長のようなものらしい。


「空間魔法を付与した鞄や箱なんかの入れ物系魔道具はまだまだ魔導国の独占状態だからね。マリカも色々調べているけど、再現は中々難しいみたいだよ」


 マリカの代りにディルクさんが説明してくれる。マリカでも再現が難しいだなんて……。集音の魔道具を作っていた時、一緒に作る過程を見ていたけれど、あれでも十分難しくて理解出来なかったのに、それが初歩の初歩だったなんて……。

 そう言えば空間魔法が付与された物って限られた術士にしか作ることが出来ないって言われていたっけ。


「とても便利だしね。需要がものすごく高いから、超高額にも関わらず五年以上の順番待ちみたいだよ」


 鞄一つで王都のお屋敷が買える程って言っていたものね。

 私がお父様から譲り受けた魔法鞄って、もしかして物凄い貴重品なのでは……?

 お父様はあの鞄を知り合いから譲り受けたって言っていたけれど、そんな軽く人に譲るようなものじゃないと思う。


 ──もしかしてお父様は術士の人と知り合いなのだろうか……なんて考えている間に、野営の準備が完了したようだ。


 流石と言うべきか、モブさん達はあっという間にテントとタープ──日差しや雨を防いで、居住空間を作る広い布──を連結させた設営を完成させていた。

 それぞれのテントの中を寝室、タープの下をリビングに見立て、人が動きやすいようにテーブルを設置。そしてその風下に焚き火台やグリルを配置して、とても快適に過ごせそうなスペースが完成する。


 ……何かお手伝い出来ればと思っていたけれど、逆に足手まといになっていたかも。


 さっきまでの決意は何処へやら、私はただ突っ立っている事しか出来なかった。


「次はこの一帯に魔物除けを設置しましょう。等間隔でこの杭を打ち付けて来て下さい」


 レオさんがベンさん達に言っているのを聞いて、私はこれだ!と思い付く。

 私はレグに「ちょっと待っててね」と言うと、ラリサさんに「少しの間レグをお願いできますか?」と言ってレグを預け、レオさんに声を掛けた。


「レオさん、私に結界を張らせて貰えませんか?」


「えっ? ミアさんが?」


 突然の申し出に驚いていたレオさんだったけど、何かを思い出した後、「じゃあ、お願いできますか?」と言ってくれたので、私は「はいっ!」と返事をして、結界をイメージする為に目を閉じる。


 ……えーっと、このテントの周りから少し広めの範囲に、悪意ある邪なものが近づかないような、そんな壁の様なものをイメージする。

 魔物が触れたら弾く……うーん、違うな。<穢れを纏う闇>がたくさん来ても、燃やし尽くすような堅牢なもの……そして、中にいる人達が安らげて、身体を癒やしてくれるものがいい。


 私は作りたい結界のイメージを固めると、手のひらに魔力を集めていく。そして集めた魔力を地面に注ぐと、光り輝く魔力が大地に染み渡っていくかのように、光がどんどん広がっていく。

 まるで光の波の中にいるような光景に、商会の人達やモブさん達はポカーンとした顔で固まっていた。

 光の波がイメージした範囲まで広がると、今度は光の壁のようなものが大地から伸びて、私達がいる付近一帯を包み込んでいく。

 しばらくすると光はだんだんと収まっていき、元の森の光景に戻っていった。


 ……ふぅ。これで結界の範囲内なら皆んな安心して過ごせるはず! 疲れもとれるようにイメージしたし、明日起きたら元気になっていてくれたら良いな。


 久しぶりに全力を出し切った、清々しい気分の私に、マリカがぽんと肩をたたいた。


「……ミア、やり過ぎ」


 呆れたようなマリカの言葉に、私はがーんとショックを受ける。


「え!? どうして? 皆んなが安心して過ごせるならそれに越したことはないよね?」


 効果が足りないならまだしも野宿なのだから、どんな危険があるかわからない。むしろやりすぎな方が良いと思ったのだけれど。


 そんな私にマリカは「あれ」と言って指をさす。マリカの指の先には、赤い色をした球形の実を房状につけた木々が。


 ……あれ? あんな果実っぽいの、こんな所にあったっけ……?


 私が不思議そうに見ていると、ラウさんが実のなっている木に近づいていった。


「あ! これ、春に実がつくクラベットベリーですよ!! 今は秋も終わりなのに……!!」


 ラウさんはクラベットベリーだと思われるものを一粒つまむと、怯むこと無く口の中に放り込んだ。


「うん、美味しいです! 甘酸っぱくて味が濃いですね! 僕、こんなに美味しいクラベットベリー食べたの初めてです!!」


 ラウさんはそう言うと嬉しそうにクラベットベリーを次々と食べていく。その様子を見たモブさん達も「おい! 独り占めすんなよ!」と言って実がなっている木のもとへ。


「うおっ! 甘えなこれ!」


「本当はもっと酸っぱいはずなのに、不思議ですね」


「あっ! 本当だ! 美味しい〜! いつもはジャムにするんですけど、このままでも十分美味しいですね!」


 いつの間にかラリサさんやリシェさん達も混ざってクラベットベリーを食べている。レグはくんくんと匂いを嗅いで、食べて大丈夫か確かめているみたい。


 ……いいなー、美味しそう。でも、春になる実がこの季節になるなんて不思議だなあ……なんて。


 そんな現実逃避した私を引きずり戻したのはやっぱりマリカだった。


「この空間内だけ位相がずれている。だから季節感が皆無」


 ──はい、私のせいですね! ホントすみませんでしたー!!




* * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次のお話は

「162 ぬりかべ令嬢、ルーツを知る。」です。


しばらくミアのターンです。

次回もどうぞよろしくお願い致します!


発売するまでしつこく宣伝させていただきます。


拙作「ぬりかべ令嬢、介護要員として嫁いだ先で幸せになる。」が、

「ぬりかべ令嬢、嫁いだ先で幸せになる」とタイトルを変更し、

フロンティアワークス様のレーベル、アリアンローズから書籍化していただける事になりました。

発売日は6/11(金)となっています。


公式サイト様:https://arianrose.jp/


応援して下さった皆様、本当にありがとうございます!

特典など、詳細がわかりましたらまた報告させていただきます。


内容はWEB版から加筆修正をし、ミアとハルのすれ違い(物理)エピソードも追加しています。他にも書き下ろしエピソードあります。

興味をお持ちいただけましたら是非ともお手に取って貰えると嬉しいです。

既に各書籍販売サイト様で予約も始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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