175 ぬりかべ令嬢、罰を下す。

 ウィルフレドさんと別れて市場へ向かっていた私達だけれど、何だかモブさん達の様子がおかしい。心なしかガッカリしているような、意気消沈しているような……要はとても落ち込んでいるのだ。


(やっぱりウィルフレドさんに遅れを取った事を気にしているんだろうな……)


 ウィルフレドさんは悪い人じゃなかったし、私も肩を掴まれただけで何かされた訳ではないけれど、きっとそう言う問題ではないのだろう。私に見知らぬ人間を接触させた事が問題なのだ。


 ここで私が「気にするな」という事は簡単だけれど、でもそれは彼らに言ってはいけない言葉だ。モブさん達はハルの命令を守れなかった事を悔やんでいるのだから。

 だからと言ってこのまま暗い雰囲気なのも困るし、どうしようかと思っていると、お洒落なカフェが目に入った。


「えっと、すみませんがちょっと休憩したいのであそこのカフェで休ませて貰っていいですか?」


 突然の私の提案にモブさん達が戸惑っているけれど、私の考えを察したであろうマリカも「何か飲みたい」と言って協力してくれた。有難うマリカ!!

 レオさんも便乗してくれて「では、私達は市場で材料や資材を調達して参ります。休憩が終わられましたらランベルト商会のソリス支店までお越しいただけますか?」と提案してくれたので、有り難くその提案をのませていただく。


 そうして二手に分かれ、私と師団員の三人にディルクさん、マリカとマリアンヌの七人でカフェに向かう。

 ディルクさんがお店の人に交渉すると、個室を貸して貰える事になった。話の内容が内容なだけにとても助かる。


 通された個室は大きい窓から光が差し込んでいる、とても落ち着いた雰囲気の綺麗な部屋だった。そして個室の扉がしまった瞬間、モブさん達三人がいきなりガバっとその場にひれ伏した。おでこが床に付くほど低い姿勢にびっくりする。


「……!? え、ええっ!? ど、どうしたんですか……!?」


「「「この度は大変申し訳ありませんでした!!」」」


 モブさん達三人はひれ伏したまま同時に謝罪の言葉を叫ぶ。それはとても悲痛な声で、心から後悔しているのが伝わってくる。


「殿下よりミア様を守れという勅命を奉じていたにも関わらず、危険にさらしてしまったのは我々の落ち度です……!! 如何様に処分いただいて構いません!! 我々の命などで償えるのであれば、喜んで差し出します!!」


 ウィルフレドさんに悪意があったなら、今私は生きていなかった──その事実が彼らの、飛竜師団員としての矜持が許さないのだろう。


「帝国式上級謝罪型……『ドゲザ』」


 マリカが彼らの様子を見てポツリと呟いた……「帝国式上級謝罪型」って……帝国にはそんなモノがあるんだ。


「ちなみに最上級謝罪型は『セップク』」


 ……んん? 「セップク」? これより更に上の謝罪型が……? って、今はそんな話じゃなく!


「ミア様が望まれるなら勿論、我々は『セップク』も辞さない所存です! ただ、そうなりますとここで行うには少し問題がありまして……!!」


 モブさん達は本当はその「セップク」を以てお詫びとしたいのだろう。だけどそれはカフェで出来るようなものじゃないらしい。


「『セップク』は自らの腹部を短剣で切り裂いて死ぬ事で許しを請う方法」


「えっ!? 自分でお腹を……!? いやいや! 私はそんな事を望んでいませんから!! モブさん達も顔を上げて下さい!」


 マリカが教えてくれた「セップク」の内容に血の気が引く。モブさんが言った命で償うと言うのはこの事だったのだろう。


「いや、しかし我々にはこうしてお詫びするしか方法が……!!」


 だからと言って私が彼らの命を取る訳がない。モブさん達の処遇を決める事が出来るのはハルだけなのだ。でもこのままでは埒が明かないので、私は取り敢えず妥協して貰えそうな罰を考える。


「──では、ウィルフレドさんより強くなって下さい」


 私の言葉を聞いた三人がハッとした表情で顔を上げ、私を見る。


「……命を捧げる程の覚悟があるのなら、その命が尽きるまで自らを鍛えて、もっと強くなって下さい。それが私からの罰です」


 更に続けた私の言葉に、モブさんは「彼より……」と呟き、一瞬だけギュッと目を瞑ると、覚悟を決めた目で私を射抜く。ベンさんやラウさんも同じ様に真剣な眼差しを私に向ける。


「分かりました……! ミア様の温情に感謝を!」


 モブさん達三人は再び上級謝罪型だという「ドゲザ」をする。そして「必ずや、ウィルフレド団長より強くなります!! そしてミア様をお守り致します!!」と、私に誓いを立てた。


 何とか「セップク」させずに済んで安堵していた私に、マリカやディルクさんが感心したように言った。


「あれより強く……中々の無茶振り」


「ウィルフレド団長より強く、か……。いや、中々の難題だけれど、モブさん達なら本当に強くなれると思うよ」


 そう言えばさっきモブさんも「ウィルフレド団長」って言っていたけれど……。どこの団長だろう? 団長と言っても色々あるし。


「えっと、ウィルフレドさんはどういう人なんですか? 団長とは?」


 どうやらウィルフレドさんの事を知らないのは私とマリアンヌだけのようだ。他の人達はウィルフレドさんが身分を証明する時に見せたペンダントの意味を知っていたらしい。


「彼はね、アルムストレイム神聖王国が誇る聖騎士団の第一位──大聖アムレアン騎士団の団長だよ」


「──っ!!」


 私はウィルフレドさんの正体を知って驚愕する。


 ──えっ!? あの大聖アムレアン騎士団!? その団長だったなんて……!!


「あの、大聖アムレアン騎士団って魔王すら逃げ出すと言われている騎士団ですよね……そこの団長って事は、もう世界最強なんじゃ……?」


(もしかして私、モブさん達に世界最強より強くなれと誓わせてしまったのーー!?)


 知らなかったとは言え、何という約束をさせてしまったのだろう……そう自覚すると、自分の顔から段々と血の気が引いていく。


「いえ、ミア様それは違います! 世界最強は我がバルドゥル帝国皇太子レオンハルト殿下です!! 殿下より強くなれと言われるより、ウィルフレド団長より強くなれと言われた方がまだ希望があります!!」


 あ、そうなんだ。


「正直、ウィルフレド団長に遅れを取ったのは仕方ないと思ったけれどね。でもそこで仕方ないと済ませずに、更に上を目指す姿勢を示させたのは彼等のために良かったと思うよ」


 モブさんとディルクさんにフォローされ、慌てふためいた私の心が静まっていく。そうして落ち着いて考えてみると……あれ? もしかしてウィルフレドさんはお母様の元同僚……?

 そう思い当たった時、ウィルフレドさんが探しているらしい「リアン」という名前を思い出す。


 ──あっ!! あの「リアン」って、まさか──……お母様の事……?


 私の髪の色はお母様譲りの銀髪だけれど、今は魔道具で色を変えていたんだっけ……すっかり忘れてたよ。


 ウィルフレドさんはお母様が男装していた事は知らなかったみたいだけど、もう会う事もないだろうし……もし会ったとしてもわざわざ言う必要ない……よね。

 ──うん、この事は忘れよう!


 私が心の中でさっきの出来事の整理を終えると、レグが足元にやって来て抱っこをせがんできたので、そっと抱き上げた。


(そう言えばレグも大人しかったな……ウィルフレドさんに悪意がなかったからかな?)


 レグを撫でながら考えていると、ふと首輪に付いている魔石が目に入る。そう言えばお守りが出来たからモブさん達に渡そうと思っていたんだった。


 私はレグに「ちょっとごめんね」と言うと床に下ろし、鞄からお守りのペンダントを取り出した。


「あの、モブさん達にお守りを作ったんです。良ければ身につけて下さい」


 私が三つのペンダントを見せると、モブさん達は目を輝かせて喜んでくれた。


「ミア様……!! 早速作って下さったのですか……!? 有難うございます!!」


「何と神々しい……! まるで昔話に出てくる聖宝のようです……!!」


「このような素晴らしいものを私達のために……? ありがたき幸せ……! 家宝にします!!」


 彼等のあまりの喜びようにちょっと困惑する。そんなに大したものでは……いや、大したものなのかな? 最上級の守り石らしいものね。


「……えっと、このお守りは邪なものから身を守ってくれますが、だからと言って油断しないで下さいね」


 私の言葉に、モブさん達は跪いて頭を垂れると、「ミア様……! 無礼を承知で申し上げます! もしよろしければ、ミア様の御手ずから我々に加護をいただけませんでしょうか……!?」と言い出した。


 え? 私自ら加護を? えっと、それってどうすればいいのかな……?


「それは、私がこのペンダントを首にかければ良いという事ですか?」


「「「はい!! 是非!! お願いします!!」」」


 何だかよく分からないけれど、モブさん達が望むのならと、私は一人ひとりにお守りのペンダントを首にかけていく。


「ミア様有難うございます!! 我々の望みを叶えていただき至極光栄に存じます!!」


「我ら一同、命を懸けてミア様をお守りいたします!!」


「我々の忠誠をレオンハルト殿下と桜妃であらせられるミア様に捧げます!!」





 …………えぇ〜……。


 すごく喜んでくれるのは嬉しいけれど、忠誠まで誓われるのはちょっと……。ウィルフレドさんの事もあるのだろうけれど、何もそこまでしなくても……。


「……今ココに聖女ユーフェミア騎士団が誕生した」


 ──ええっ!? また!? マリカはもうーーーーっ!! ホントにやーめーてー!!


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

法国の驚異となる騎士団誕生の瞬間です。(あんま話に関係ない)


次回のお話は

「176 ぬりかべ令嬢、ソリス支店へ行く。」です。

ランベルト商会の支店へ行く話です。(まんま)

どうぞよろしくお願いいたします!


次回の更新は未定です。

更新の報告はTwitterでお知らせしています。


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ただいま書籍版1巻が発売中です!

大幅な加筆修正に追加エピソード満載でWEB版とはまた違った展開になっています。

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