176 ぬりかべ令嬢、ソリス支店へ行く。

 モブさん達の憂いを取り払う事が出来た私達は、それぞれ飲み物を頼み一息ついたところでカフェを後にした。そしてレオさんが言っていたランベルト商会のソリス支店に向かう事にする。


 さっき歩いていた大通りをディルクさんに誘導されながらしばらく進むと、周りのお店の中でも一際立派な店構えの建物が目に入る。


「ここがうちの商会のソリス支店だよ」


(うわぁ……! 王都のお店も立派だったけれど、このお店もすごく大きい! でもこれが支店なんだったら、本店は一体……!?)


 ディルクさんに案内されたソリス支店は、「コフレ・ア・ビジュー」のような新しく明るいお店とはまた違った雰囲気で、如何にも老舗らしく歴史を感じさせるお店だった。


 お店の前にはドアマンがいて、入っていいのか戸惑ってしまうけれど、私達の姿を目にしたドアマンの二人は恭しくお辞儀すると、「ディルク様、お久しぶりでございます。この度は我がソリス支店にお越しいただき光栄でございます」と挨拶をした。


「やあ、久しぶりだね。もうレオは到着しているかな?」


「はい、中でお待ちでございます」


 ドアマンの人とディルクさんのやり取りを見た私は、何だかディルクさんを別人のように感じてしまう。


(あ、そうか! ディルクさんはランベルト商会の後継者なんだ……! そりゃ扱いは格別だよね。そんなにすごい人なのに全然偉ぶっていないから、つい忘れちゃう……)


 それからドアマン二人が洗練された所作で同時に扉を開けると、まるで別世界のような、そんな錯覚を起こしそうな光景が目の前に広がった。

 お店の入口正面には天井を埋め尽くすかのように大きなシャンデリアがあり、キラキラと光を反射させている。そんな光だけど全然下品ではなく、却ってお店の高級感を演出していた。


(すごい……! まるでお店中に光が降り注いでいるみたい! 綺麗……!)


 そんなキラキラと輝く光を見て、私はふとグリンダを思い出した。


(グリンダもキラキラしていて綺麗だったな……。今どうしているんだろう? 元気だったらいいな……)


 グリンダが向かった修道院は戒律が厳しいと有名だから、今までの生活から一転して苦労しているんじゃないかと心配になる。でも、見送った時のグリンダの様子を思い出すと結構大丈夫かもしれないな、と思い直す。

 ──それに心配するならお義母様の方かもしれない。

 最後のお別れの時、まるで抜け殻のようになってしまっていたけれど、そんな状態で監獄に入れられて大丈夫なのか心配で、体を壊していないか、酷い扱いを受けていないか、つい気になってしまう。


 ……彼女達から虐げられてきたのに、そんな事を思ってしまう私はきっと甘いのだろう。でも、それでも、犯してしまった罪から逃げずに、しっかりと自分と向き合い償って欲しいと、心から願う。


「ようこそ皆様、お待ちしておりました」


 聞き慣れない男性の声にはっと我に返る。

 声がした方へ顔を向けると、品の良い壮年の男性がにこやかに立っていた。きっとこの人がこのお店の店長なのだろうな、と雰囲気で分かる。


「私はこのソリス支店の店長を務めておりますカルヴィンと申します。皆様長旅でお疲れでしょう。どうぞ奥でお休みください。さあ、こちらへ」


 カルヴィンさんがそう言って案内してくれた部屋は、いかにも一級品だと分かる調度品で整えられていたけれど、不思議と落ち着いた雰囲気でセンスが良く、ゆっくり寛ぐ事が出来そうだった。


 私達がソファーに座ると、女性の使用人さんがやって来て「軽食や飲み物もご用意出来ますが、ご希望はありますか?」と言ってくれたけれど、先程カフェでお茶をしたところだったので丁寧にお断りした。


「カルヴィンも久しぶりだね、元気そうで何よりだよ。今日は大勢で押しかけてごめんね」


「いいえ、とんでもございません。私はランベルト商会に雇われ、店長という肩書をいただいた一店員に過ぎません。どうかここを我が家だと思い、ご自由にお使い下さい」


 カルヴィンさんと一通りの挨拶を交わしたディルクさんが、私達にカルヴィンさんを紹介してくれた。曰く、カルヴィンさんはランベルト商会立ち上げ時から働いてくれている人なのだそうだ。


「ナゼール王国の『コフレ・ア・ビジュー』の噂はこちらにも届いておりますよ。特に奇跡の化粧水と言われている『クレール・ド・リュヌ』は私共の店にも問い合わせが来る程です」


 えっ……あの化粧水、今はそんな風に呼ばれているんだ……全然知らなかったよ……! でも「奇跡の化粧水」って、何だか仰々しいなぁ。


「確かに、あの化粧水の人気は落ち着くどころか更に高まっているからね。ナゼール王国の店だけでは手が回らないから、帝国の本店でも製造出来ないか計画中なんだよ。だから──」


 ディルクさんは私に向かって「本当は帝国に着いてからゆっくりと交渉したかったんだけれど」と、前置きして言った。


「無事帝国に着いて殿下の容体が良くなったら、ミアさんにはもう一度化粧水作りに協力して貰いたいんだ」


 ディルクさんの話では、今や「クレール・ド・リュヌ」は大陸中で人気と言っても過言ではない程売れているらしく、小さい研究棟だけでは製造が全く追いついていないらしい。

 だからディルクさんはマリカと一緒に帝国の本店に戻るのをきっかけに、化粧水の生産体制を整えたいのだそうだ。


「それはもちろん、私で役に立てるなら喜んでお手伝いさせて貰いますよ」


 散々ディルクさんにはお世話になっているのだから、私に出来る事ならどんな事でも協力させて貰うつもりで快諾すると、ディルクさんはホッとした表情を浮かべて「ミアさんならそう言ってくれると思っていたけれど、益々話が大きくなってきたからね。ちょっと心配だったんだ」と言った。


 自分でもこんなに売れるとは思っていなかったから正直驚いてはいるけれど、私は化粧水を作っただけで、実際売るために頑張ってくれたのはディルクさんだ。彼の尽力なくてはこれ程まで売れていなかっただろうな、と思う。


「おお……! やはり貴女が『クレール・ド・リュヌ』を作られた方なのですね。お噂はかねがねお聞きしていますよ。お会いできて光栄です」


 カルヴィンさんは「話には聞いていましたが、こんなに可愛いお嬢さんがあの化粧水を作られたとは……驚きました」と、感嘆の声をあげる。


「基本は私が作りましたが、それを量産出来るようにしてくれたのはマリカですし、販路を広げてくれたのはディルクさんですから……」


 それにニコお爺ちゃんも魔道具を作ってくれたし、リクさんも手伝ってくれたのだ。私一人だけの力ではとてもじゃないけど売れなかっただろう。そう考えると、ランベルト商会で働く事が出来たのは本当に運が良かったのだと何度でも思う。


 そんな会話をしているとコンコンと扉がノックされ、カルヴィンさんが入室を促すと、いくつかの箱を持ったレオさんが入ってきた。


「お話中失礼します。こちらにお守り用の資材をご用意させていただきましたのでどうぞご確認下さい。お気に召したものがありましたら遠慮なく仰って下さい」


 私はマリアンヌのお守り用にいくつかの魔石や革紐が欲しいとレオさんに伝えていたのだけれど、どうやらレオさんは積荷からではなくこのお店の在庫を持って来てくれたらしい。


「レオさん、わざわざ有難うございます! わぁ……! こんなに沢山!」


 布が敷かれた箱の中には魔石が綺麗に並べられていた。宝石と言われても納得してしまいそう。


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

ソリス支店のお話が意外と長くなってしまったので分割しました。


次回のお話は

「177 ぬりかべ令嬢、職人になる。」です。

何の職人になるかお楽しみにー!( ´ ▽ ` )ノ

どうぞよろしくお願いいたします!


次回の更新は未定です。

更新の報告はTwitterでお知らせしています。


【お知らせ】

近況ノートにもお知らせさせていただきましたが、

11月12日(金)に書籍版2巻が発売されます!

大幅な加筆修正に追加エピソード満載です。改稿頑張った!

特に豚屋敷編ではあの人が乱入する展開になってます。

詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461

書影に特典情報などはまた後日お知らせさせていただきます。

何卒、よろしくお願いいたしますー!

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