174 ぬりかべ令嬢、人違いされる。
サロライネン王国のソリスという街に立ち寄った私達が、野営の食材や物資を調達しようと市場へ向かっていた時、「リアン!?」という声と共に誰かに肩を掴まれた。
「……えっ!?」
「──なっ!!」
突然肩を掴まれて驚いた私と、突然現れた人物に驚いたモブさん達の声が重なる。
モブさん達は神経を尖らせて警戒していたところに間合いに入られて驚愕していたけれど、それも一瞬の事で、私に声を掛けてきた人の腕を払うと、私を守るように間に入り荒々しく声を上げる。
「誰だっ!?」
モブさんとベンさんの間からそうっと様子を窺ってみると、そこには背が高くて立派な体格をした40歳ぐらいの男の人が立っていた。
その人は短く刈り上げた金髪に蒼い瞳をした精悍な顔つきの美丈夫で、立っているだけなのに隙がなく、只者でないと分かる雰囲気を纏っている。
私に戦った経験は無いけれど、何だかすごく強そうと言うか、この人にだけは絶対喧嘩を売っちゃダメだという事が不思議と理解出来た。
十分警戒してくれていた筈なのに、やすやすと私に接触したこの人にモブさん達は警戒レベルを最大限に引き上げたらしく、いつもの穏やかな雰囲気から一変、険しい表情を浮かべ戦闘態勢に入っている。
警戒を強めた私達を見て、その男の人はバツが悪そうな顔をすると、両手を上げて戦意がないというジェスチャーをした。
「……ああ、すまない。突然の無礼を許して欲しい。俺の名はウィルフレドと言う。怪しい者ではないのだが……生憎、証明出来るものがこれしかなくてな」
ウィルフレドと名乗った人は胸からペンダントを取り出すと、私達に見えるように顕示した。申し訳無さそうな表情で謝罪するその様子に、本人も思わず声を掛けてしまったのだろうという事が分かる。
「──!! それは……!! って、ウィルフレド……!? まさか……!!」
ウィルフレドさんが見せてくれたのは星の意匠が施された白金色のメダルがついたペンダントだった。そのペンダントを見たモブさん達が酷く動揺している。私の後ろにいたディルクさんとマリカも驚いたらしく二人から息を飲む気配がしたので、きっと意匠の意味が分かって驚愕しているのだろう。
「この『星章』をご存知のようだな。説明の手間が省けて助かる。今俺は所要でサロライネン王国を訪れていてな、見ての通り丸腰だ。貴殿らと争うつもりは全く無いので、警戒を解いて貰えると有り難いのだが」
ウィルフレドさんの言葉にモブさん達がお互い目配すると、フッと警戒を解く。
緊迫していた空気が霧散したと同時に肩の力が抜け、自分でも気付かない内に緊張していたのだと分かった。
「貴殿に悪意がない事は分かりました。それで? この御方に何か?」
警戒は解いたものの、油断は禁物だと言うように固い口調でモブさんがウィルフレドさんに問い掛ける。
私を「リアン」という名前の人と間違えたのだろうか。でも「リアン」って男の人の名前だよね……?
「ああ、そこのお嬢さんにお聞きしたい。もしかして貴女の御父上は『リアン』と言う名ではないだろうか?」
……なるほど。私に「リアン」さんの面影を見て思わず名前を呼んじゃったのか。
「いえ、違います。私の父はそのような名前ではありません」
私がきっぱり否定するとウィルフレドさんはがっくりと肩を落として「……そうか……」と、それはすごく残念そうに呟いた。
……何だか凄く悪い事をした気分になるんだけれど……! でもお父様の名前じゃないからどうしようもないよね……。
「えっと、何だか申し訳ありません。そんなに『リアン』さんと私は似ているのですか?」
「……いや、こちらこそ気を遣わせて申し訳ない。貴女とリアンは髪の色も瞳の色も違うのだが、顔と纏っている雰囲気や佇まいが良く似ていたのだ。差し支えなければ御父上の髪と瞳の色を教えていただけないだろうか……?」
それぐらいなら教えても大丈夫だろうと判断した私はウィルフレドさんの質問に答える事にした。
「父は薄い茶色の髪に紫の瞳をしています」
正直に父の持つ色を答えたのだけれど、何故かウィルフレドさんの顔が険しくなったので思わず身体が後ずさる。モブさん達がウィルフレドさんの様子に再び警戒態勢に入る。
「……ああ、重ね重ねすまない。いや、ちょっと昔の事を思い出してしまって……つい感情が漏れそうになってしまった。本当に申し訳ない」
顔の半分を片手で覆っていたウィルフレドさんは気を取り直すかのように顔を上げると、私達に向かって謝罪の言葉を述べた。
(余程嫌な思い出だったのか……それとも苦手な人を思い出したのかな?)
「……しかし、そうか……貴女は御父上に似ておられるのだな……では、本当に俺の勘違いだったようだ」
ウィルフレドさんは何かを諦めるかのように力なく笑うと、「時間を取らせてすまなかった。何か詫びをしたいのだが……」と申し訳無さそうに言うと、ゴソゴソとポケットを漁りだしたので慌てて声を掛ける。
「いえいえ! 大丈夫ですから! どうかお気に病まないで下さい!」
「……いや、しかし……」
このままだとお金でも出してきそうな勢いのウィルフレドさんに、「では、私達はこれで失礼します!」と告げてペコリと頭を下げると、私達は逃げるようにその場から離れた。
* * * * * *
去って行く少女達を見送る形になってしまったウィルフレドは、「しまったな。名前を聞きそびれた」と後悔した。
人探しの任務でサロライネン王国へやって来たウィルフレドは、その任務中に見覚えのある人物を見かけ、思わず声を掛けてしまう。
ウィルフレドの記憶の中にある人物はリアンという名の少年であったが、声を掛けた人物はまだあどけなさが残っている可愛い少女で、髪の色も瞳の色も全く違っていたものの、その存在感と雰囲気がリアンそっくりだったのだ。
ウィルフレドの目から見てもかなりの手練であろう護衛を三人も連れていた事から、その少女は大商会の令嬢か、もしくはお忍びの貴族の令嬢なのかもしれない。そうなるとリアンと関係がない令嬢の可能性の方が高かったが、ウィルフレドはどうしてもその少女と話してみたかったのだ。
ウィルフレドが先程の事を思い返していると、「あ、いたいた! 団長ー!」と彼を呼ぶ声がした。
「ちょっと団長ー! 突然いなくならないでくださいよ……って、あれ? どうしたんですか?」
ウィルフレドに声を掛けてきたのは彼の部下の一人だった。供に行動していたウィルフレドが突然消えたので慌てて追いかけて来たらしい。
「ああ、ドニか……すまない。昔馴染みによく似た人物を見かけたのでな、てっきり彼の縁者かと思ったのだが……」
「団長の昔馴染みですか……? そんな人がサロライネン王国に?」
「いや、結局人違いだった上、嫌な奴の事まで思い出してしまってな……失敗した」
ウィルフレドの部下であるドニは、いつも冷静沈着であり、団員の間で「氷雪の騎士団長」と称されているウィルフレドの意外な姿を見て驚いた。いつもの鉄仮面が剥がれ、その表情に感情を乗せていたからだ。
「……団長がそんなに嫌う人間がいたなんて驚きました。もしかして極悪人なんですか?」
ドニは誰に対しても分け隔てなく接する彼に、表情に出るほど嫌いな人物がいるということに驚いた。
「極悪人ではないのだが……掴みどころがないと言うか変わっていると言うか……俺が唯一負けた相手でな。いつかリベンジしたかったのに、奴はいつの間にか魔法騎士団を辞していたんだ」
「……!? 団長が負けたって……!! それはまさか冥闇魔法騎士団の元副団長だったあの──!?」
ドニの思い当たった人物に、ウィルフレドは正解だと言うかのように頷いた。
「そうだ、『氷竜』の二つ名を持つ魔法騎士──テレンスだ」
ウィルフレドが口にした名前に、ドニは悔しそうな顔をする。ウィルフレドを尊敬する彼等にとって、テレンスの話題は禁忌なのだ。しかしそれはウィルフレドの事を思っての措置であったが、本人は全く気にしていないようだった。
「確か、彼がまだ冥闇魔法騎士団に在籍していた時、我々と相まみえた事があったんですよね」
「──そうだ。奴と対峙してからしばらく、団の中でゴタゴタがあってな……貴重な戦力であった人間が突然退団したり、色々あったんだ」
ウィルフレドはドニにそう言うと、ふっと空を見上げた。そして思い出すのは、銀の髪に緑の瞳の可憐な少年の姿。ウィルフレドは記憶にある「リアン」を思い浮かべると、先程出会った少女の姿と重ねてみる。
(……それにしても良く似ている……本当にあの少女は血縁者ではないのか? しかし少女が嘘を言っているようには見えなかった。それに魔力もほとんど感じなかったしな……)
ウィルフレドの知っているリアンは魔力量が多く、その強さも当時の団の中で群を抜いていた。もし先程の少女がリアンの縁者なのであれば、その魔力量もかなり多いだろう。
(やはり人違いか……リアンの手掛かりが掴めたと思ったのだがな)
そうしてウィルフレドはかつての仲間だったリアンの姿を頭から振り払うと、もと来た道へと戻って行ったのだった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
この謎の団長の正体は次話で明かされますので、どうぞお楽しみにー!( ´ ▽ ` )ノ
(もうバレバレ)
そんな次回のお話は
「175 ぬりかべ令嬢、罰を下す。」です。
ミアの怒りの鉄拳が炸☆裂です。そしてソリスの街が火の海に!(なんでやねん)
どうぞよろしくお願いいたします!
次回の更新は未定です。
更新の報告はTwitterでお知らせしています。
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書籍版1巻が発売中です!
大幅な加筆修正に追加エピソード満載でWEB版とはまた違った展開になっています。
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