173 ぬりかべ令嬢、サロライネン王国を訪れる。
帝国へと向かう馬車の中で、マリアンヌと一緒にお守りのペンダントを作る事になった。
実際の工程を見せながら教えると、元々頭が良いマリアンヌはあっという間に覚えてしまう。本人のおっとりとした見た目や雰囲気に忘れそうになるけれど、高位貴族である侯爵家の使用人として雇用されていたのだから、そりゃハイスペックだよね。
手先も器用なマリアンヌのおかげでモブさん達のペンダントはあっという間に完成しそうだ。
「こういう小物作りって楽しいですよね! 推しキャラのアクセとか、レジンで良く手作りしたんですよー!」
「え? おしきゃら? れじん? って何?」
聞き慣れない言葉が聞こえてきたので思わず聞き返すと、マリアンヌはハッとした顔をして「いえ! すみません! 何でも無いです!!」と言って黙り込んでしまった。
以前からこういう事がよくあってその度に質問するけれど、結局マリアンヌは口を閉ざしてしまうのだ。
私だって一応貴族の娘なのだから、詳しい話を聞き出そうと思えば無理やり聞き出す事もできるけれど、実際そんな強引な方法を取るつもりは全くない。何故なら、そんな時のマリアンヌはいつも寂しそうに瞳を揺らすからだ。
いつも明るいマリアンヌだけれど、そう言う時だけはもう二度と逢えない、大切な人を思いだすかのような悲しげな表情をする。そんな彼女に事情を聞くのはとても憚られるので、私はいつかマリアンヌが自分から話してくれる時が来たらいいな、と思っている。
そうしてマリアンヌと一緒に革紐を編むことしばらく、モブさん達のペンダントが完成した。
今日一日時間が掛かるかもと思っていたけれど、今はお昼を少し過ぎた辺りだから、かなり早く仕上げる事が出来たと思う。マリアンヌが手伝ってくれてとても助かったよ。
後でモブさん達にお守りのペンダントを渡して、早く安心させてあげようっと。
本を読んでいたマリカと書類仕事をしていたディルクさんも丁度一区切りついたようで、たまには近くの街でお昼にしようという事になった。
ちなみに今、私達がいるこの場所はサロライネン王国という国の端っこにある街で、地図上ではナゼール王国とバルドゥル帝国の間にある。
ラウティアイネン大森林を迂回する陸路に於いて、中継ポイントに当たるこの街は旅人や商人が多く訪れ、サロライネン王国の王都並みに賑わっているそうだ。
ちなみにいつの間にか国境の検問を通過していて、いつ入国したのか全く気付かなかった。ランベルト商会の通行書は効力が絶大らしく、積荷の検分もされなかったと聞いて、商会の信用ってすごく高いんだなぁ、と感心した。
「サロライネン王国は帝国の友好国でね。この国の王太子とレオンハルト殿下は友人なんだよ」
「え……! ハルの……?」
私はディルクさんが教えてくれた内容に驚いた。
(ハルのお友達……!? うわぁ、どんな人なんだろう……?)
「でも、帝国の友好国とは言っても歴史がある国だからね。アルムストレイム教の神殿が各地にあるんだよ。だからミアさんはなるべく神殿に近づかないようにね」
「はい! 気を付けます!」
アルムストレイム教は世界中に神殿があり、最も多くの人に信仰されているので、その分神殿の数はかなり多い。逆に、法国に迫害されていた亜人達の国々が統合された帝国では亜人達の反発もあり、アルムストレイム教の神殿は全て廃止されたという。
ナゼール王国でもアルムストレイム教の国教を廃止しようとする動きがあるけれど、それはかなり稀な事で、未だに世界中でアルムストレイム教の権力は絶大だ。
サロライネン王国は帝国と隣接しているし国同士の関係も良好なので、帝国と仲が悪い法国にとってこの国は重要な拠点らしく、何かと法国の関係者がやって来ては王家に接触しているのだそうだ。
法国にとって帝国は目の上のたんこぶだから、どうにかして帝国を手に入れて併合したいのかもしれない。そのための拠点としてサロライネン王国を手駒にしたいのだろう。
「あちこちに法国の関係者がいると思うから、ミアさんにはいつもの髪飾りをつけて貰って、今日はこのストールを羽織ってくれるかな」
ディルクさんが馬車に持ち込んだ荷物の中から一つの箱を取り出した。そして蓋を開けると、フリンジが付いたストールを広げて見せてくれた。
そのストールはベージュで無地だからとてもシンプルだけれど、ざっくりとした編み目がとても可愛くてどの服装にも似合いそう。
「……えっと、とても可愛いストールですが、これは……?」
「これを羽織ると魔力を隠すことが出来る」
「え!? 魔力って隠せるの……? って言うか、これ、マリカが作ったの?」
「うん、術式は私。ストールはディルクが用意した」
マリカ曰く、このストールの内側に魔力隠蔽の術式が書いてあるのだそうだ。生地と同じ色で書かれているようで、どこに術式が書かれているのか私には全く分からない。
このストールを羽織ると、その人の魔力を包み込むように隠してくれらしい。
どうやら私が持つ聖属性を法国の関係者から隠す為にわざわざ用意してくれたのだろう。
「マリカもディルクさんも有難うございます! これで気兼ねなく外を歩けます!」
「でもこれは試作。長時間は持たない」
ストールに書かれた隠蔽の術式はまだまだ調整が必要らしく、半日ぐらいしか効果が無いそうだ。効果が切れたらもう一度術式を書き直さなければいけないらしい。
「半日も持ったら十分だと思うよ。でも使う度に術式を書かないといけないんだよね? 今使っちゃっていいの?」
「術式は覚えているから大丈夫」
術式は一つ間違えただけでも効果が無くなるので、書く時は慎重にならないといけないから簡単な術式でも結構時間がかかってしまうのだ。
特に隠蔽関係の術式はかなり複雑らしく、一つ書くだけで何日も掛かるのだけれど、そこはさすがマリカと言うべきか、術式を丸暗記しているから見本を見なくてもスイスイ書けるそうだ。
「ほえ〜……マリカさん凄いです……!」
マリカの規格外な才能にマリアンヌも絶句している。本当にマリカには不可能な事は無いんじゃないかな、と思う。
それからしばらくして、サロライネン王国のソリスという街に到着した。そして各地の有名店を知っているというニックさんオススメのお店で昼食を取る事になった。
しかしここで問題が発生してしまう。
宿と違い飲食店の中にレグを連れて行く訳には行かないので、レグには馬車の中でお留守番をして貰わないといけないのだ。
「レグ、悪いけど馬車の中で待っててくれる? レグにも美味しい食べ物を買ってくるね」
私がレグにそう言い聞かせると、レグは「わふ!」と返事をし、レグに用意した布を敷き詰めた籠の中に入ると、そのまま丸まって眠ってしまった。どうやら眠って待っている、という意思表示らしい。まだ小さいのにレグは本当に頭が良くて可愛い。
私はレグが大好きなお肉をお土産に買って帰ろうと心に決め、皆んなでお店に向かったのだった。
ニックさんが教えてくれたそのお店は山の幸をメインに使ったメニューが特徴で、山岳地帯で作られた黒豚の生ハムや肉厚のきのこの傘に腸詰のソーセージやにんにく、ハーブを詰めて焼いた料理など、初めて食べるものばかりでどれもすごく美味しかった。
ちなみにレグには黒豚のお肉をお土産に買って帰る事にした。
食事を終えた後、すぐ出発するのかと思ったけれど、今日の夜も野宿の予定だそうで、レオさん達は野営用の食材を調達しに市場へ行くとの事だった。
「市場へ行くんですか? あの、迷惑でなければ私もご一緒させていただきたいのですが……」
活気がある街の市場がすごく楽しそうなので、同行させて貰えないかお願いしてみる。人が多いだろうから、警護をしてくれるモブさん達には申し訳ないので、ダメ元だけれど。
「ずっと馬車の中も退屈でしょうし、変装もされているのなら大丈夫だと思いますよ。ミア様に悪意を持って近づいてくる輩がいたらすぐ気付きますし!」
「そうだね。たまには羽根を伸ばさないとね。魔力も上手く隠蔽できているし、モブさん達がいれば安心だと思うよ」
「……! 有難うございます!!」
モブさんとディルクさんが許可を出してくれたので、私とマリカ、マリアンヌも一緒に市場へ行く事になった。初めて行く市場にドキドキしてしまう。
私は馬車に戻るとレグにお肉を食べさせる。レグはしっぽを振ってとても嬉しそうに食べてくれた。市場に行くのにレグを連れて行くかどうか迷ったけれど、レグだって外を歩きたいだろうし首輪も付けているから大丈夫だと判断し、一緒に行く事にする。
目的の市場は昼食を摂ったお店からそう遠くない場所にあると言うことで、お店を出てから直接歩いて移動する。
大通りを市場に向かって歩くのだけれど、その大通りには冒険者のパーティーや商人らしい人、観光に訪れいている人達が大勢行き交っていてとても賑やかだ。
レグも初めての街に鼻をクンクンさせながらキョロキョロしている。
(うわぁ……! 王国の王都より人が多い……! 迷子にならないように気を付けないと!)
私が予想以上の人の多さに驚いていると、突然誰かに「リアン!?」と呼ばれて肩を掴まれた。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
次のお話は
「174 ぬりかべ令嬢、人違いされる。」です。
ミアに声を掛けた人物は誰やねん、なお話です。
次回の更新は未定です。
更新の報告はTwitterでお知らせしています。
そして書籍版1巻が発売中です!
大幅な加筆修正に追加エピソード満載でWEB版とはまた違った展開になっています。
詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3144
電子版(特典SS付)もありますので、どうぞよろしくお願いいたしますー!
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